2024.10.06
今回は、前回№187の続きとなります。
相続財産の評価について相続税法第22条(注1)は時価で評価することを定め、土地・建物・有価証券等に関する具体的な評価方法は、国税庁「財産評価基本通達」(以下、評基通という。)を参照することになっています。
納税者は評基通に基づいて財産を評価して相続税の申告をしますが、納税者が著しく不適当な評価をしたときは、国税側が総則6項(注2)で否認できるようになっています。
総則6項は過度な節税対策をした納税者に適用されますが、今回は総則6が争点となった課税を巡り、国税側が勝訴した令和4年4月19日最高裁判決(前回№187参照)と国側が敗訴した令和6年8月28日東京高裁判決(最高裁への上告はなく判決が確定)を比較して研究したいと思います。
(注1)相続税法第22条
「相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。」
(注2)財産評価基本通達第1章総則6項
「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」
1. 最高裁令和4・4・19、令和2(行ヒ)283、民集第76巻4号411頁・・・国側勝訴
(事実の概要)
相続人らは、被相続人が約13.9億円(うち銀行借入約10.6億円)で取得したマンション2棟を評基通で定める路線価約3.3億円で評価し申告した。なお、相続後に相続人は1棟のマンションを取得価額とほぼ同額で売却している。
税務署は不動産鑑定をしたマンション2棟の評価額は約12.7億となるので、路線価による評価は適当ではないと判断し、相続人に2.4億円を追徴する更正処分をした。
相続人は本件更正処分の取り消しを求めて提訴した。
(判決要旨)
相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評基通の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、当該財産の価額を上記通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは租税法上の一般原則としての平等原則に違反しない。
(1) 当該不動産は、被相続人が購入資金を借り入れた上で購入したものであるところ、上記の購入及び借入れが行われなければ被相続人の相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、・・・当該不動産の価額を上記通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になる。
(2) 被相続人及び共同相続人らは、上記(1)の購入及び借入れが近い将来発生することが予想される・・・相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて当該購入及び借入れを企画して実行した。
(小括)
この最高裁判決は、
(1) 実質的な租税負担の公平に反する場合には路線価以外の合理的な方法で評価することが許される。
(2) 近い将来に相続が発生することを予想して、相続税の負担を減らすためにマンションを購入したと認定し、税務署が主張する不動産鑑定価格で評価することが妥当である。
と判示しました。
2.東京高裁令和6・8・28、令3(行ウ)22号、Westlaw Japan・・・国側敗訴
(事実の概要)
非上場会社の株式21,400 株を保有していたAは、生前に進めていたM&Aによる株式売却の基本合意締結後に死亡した。基本合意における譲渡予定価額かつ実際の譲渡価額は1株105,068円であった。
Aの相続人らが、相続により取得した21,400 株を、評基通に基づき1 株8,186 円(総額約1.7 億円)と評価して相続税の申告をしたところ、課税庁から総則6 項によって1 株80,373 円(総額約17.2 億円)の評価額に基づく更正処分等を受けた。
相続人らは、この更正処分等の取り消しを求めて提訴した。
(判決要旨)
(1) 総則6の適用に租税回避の意図は要件としていない旨を示した上で、相続開始日以前から被相続人が株式の売却の交渉をしており、譲渡予定価格まで基本合意していた事情について以下(2)のとおり判断し、特段の事情(の一部)ということはできないとした。
(2) 本件相続株式について、譲渡予定価格(10万5068円)と本件算定報告額(8万0373円)が比較的近く、これらが本件通達評価額(8186円)と大きくかい離しているからといって、更正処分の時点にさかのぼって、譲渡予定価格が交換価値を反映したものであるとして、評基通の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情(特段の事情)が存在していたということにはならない。
と判示しました。
(小括)
東京高裁は租税回避の意図は要件としていない旨を示した上で、評基通による評価が、実質的な租税負担の公平に反するという事情はないとして、国税側が敗訴しました。これは、総則6の適用が認められなかった初めての判示となります。
つまり節税策が可能な人とできない人との間に見過ごせないほどの違いがみられる場合に総則6項が適用されると示したわけです。
3.二つの裁判例の比較と今後の注意点
上記二つの裁判例を比較すると、総則6項の適用は他の納税者との租税負担の公平性の観点から「特段の事情」があった場合に適用されることになります。
さらに、総則6項の適用は被相続人等が相続税の負担を減じ又は免れさせることを期待して行ったか否かが争点になります。したがって、下記(1)~(4)に留意すべきと思われます。
(1) 評基通で評価した金額と実際の時価に大きな差異がないか
(2) 近い将来の相続対策として全体のスキームが計画されていないか
(3) 財産の取得時に借入金が発生していないか
(4) 相続後にすぐに財産を売却していないか
令和4年の最高裁では、相続税の負担を減じ又は免れさせることを期待して行った「特段の事情」があると判断され、総則6項が適用されました。
一方、令和6年の東京高裁では、相続発生前に既にM&Aの基本合意が契約されており「特段の事情」はないとし、総則6項は適用されませんでした。
(完)
今回は、前回№187の続きとなります。
相続財産の評価について相続税法第22条(注1)は時価で評価することを定め、土地・建物・有価証券等に関する具体的な評価方法は、国税庁「財産評価基本通達」(以下、評基通という。)を参照することになっています。
納税者は評基通に基づいて財産を評価して相続税の申告をしますが、納税者が著しく不適当な評価をしたときは、国税側が総則6項(注2)で否認できるようになっています。
総則6項は過度な節税対策をした納税者に適用されますが、今回は総則6が争点となった課税を巡り、国税側が勝訴した令和4年4月19日最高裁判決(前回№187参照)と国側が敗訴した令和6年8月28日東京高裁判決(最高裁への上告はなく判決が確定)を比較して研究したいと思います。
(注1)相続税法第22条
「相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。」
(注2)財産評価基本通達第1章総則6項
「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」
1. 最高裁令和4・4・19、令和2(行ヒ)283、民集第76巻4号411頁・・・国側勝訴
(事実の概要)
相続人らは、被相続人が約13.9億円(うち銀行借入約10.6億円)で取得したマンション2棟を評基通で定める路線価約3.3億円で評価し申告した。なお、相続後に相続人は1棟のマンションを取得価額とほぼ同額で売却している。
税務署は不動産鑑定をしたマンション2棟の評価額は約12.7億となるので、路線価による評価は適当ではないと判断し、相続人に2.4億円を追徴する更正処分をした。
相続人は本件更正処分の取り消しを求めて提訴した。
(判決要旨)
相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評基通の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、当該財産の価額を上記通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは租税法上の一般原則としての平等原則に違反しない。
(1) 当該不動産は、被相続人が購入資金を借り入れた上で購入したものであるところ、上記の購入及び借入れが行われなければ被相続人の相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、・・・当該不動産の価額を上記通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になる。
(2) 被相続人及び共同相続人らは、上記(1)の購入及び借入れが近い将来発生することが予想される・・・相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて当該購入及び借入れを企画して実行した。
(小括)
この最高裁判決は、
(1) 実質的な租税負担の公平に反する場合には路線価以外の合理的な方法で評価することが許される。
(2) 近い将来に相続が発生することを予想して、相続税の負担を減らすためにマンションを購入したと認定し、税務署が主張する不動産鑑定価格で評価することが妥当である。
と判示しました。
2.東京高裁令和6・8・28、令3(行ウ)22号、Westlaw Japan・・・国側敗訴
(事実の概要)
非上場会社の株式21,400 株を保有していたAは、生前に進めていたM&Aによる株式売却の基本合意締結後に死亡した。基本合意における譲渡予定価額かつ実際の譲渡価額は1株105,068円であった。
Aの相続人らが、相続により取得した21,400 株を、評基通に基づき1 株8,186 円(総額約1.7 億円)と評価して相続税の申告をしたところ、課税庁から総則6 項によって1 株80,373 円(総額約17.2 億円)の評価額に基づく更正処分等を受けた。
相続人らは、この更正処分等の取り消しを求めて提訴した。
(判決要旨)
(1) 総則6の適用に租税回避の意図は要件としていない旨を示した上で、相続開始日以前から被相続人が株式の売却の交渉をしており、譲渡予定価格まで基本合意していた事情について以下(2)のとおり判断し、特段の事情(の一部)ということはできないとした。
(2) 本件相続株式について、譲渡予定価格(10万5068円)と本件算定報告額(8万0373円)が比較的近く、これらが本件通達評価額(8186円)と大きくかい離しているからといって、更正処分の時点にさかのぼって、譲渡予定価格が交換価値を反映したものであるとして、評基通の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情(特段の事情)が存在していたということにはならない。
と判示しました。
(小括)
東京高裁は租税回避の意図は要件としていない旨を示した上で、評基通による評価が、実質的な租税負担の公平に反するという事情はないとして、国税側が敗訴しました。これは、総則6の適用が認められなかった初めての判示となります。
つまり節税策が可能な人とできない人との間に見過ごせないほどの違いがみられる場合に総則6項が適用されると示したわけです。
3.二つの裁判例の比較と今後の注意点
上記二つの裁判例を比較すると、総則6項の適用は他の納税者との租税負担の公平性の観点から「特段の事情」があった場合に適用されることになります。
さらに、総則6項の適用は被相続人等が相続税の負担を減じ又は免れさせることを期待して行ったか否かが争点になります。したがって、下記(1)~(4)に留意すべきと思われます。
(1) 評基通で評価した金額と実際の時価に大きな差異がないか
(2) 近い将来の相続対策として全体のスキームが計画されていないか
(3) 財産の取得時に借入金が発生していないか
(4) 相続後にすぐに財産を売却していないか
令和4年の最高裁では、相続税の負担を減じ又は免れさせることを期待して行った「特段の事情」があると判断され、総則6項が適用されました。
一方、令和6年の東京高裁では、相続発生前に既にM&Aの基本合意が契約されており「特段の事情」はないとし、総則6項は適用されませんでした。
(完)