米国大統領と在沖米軍トップの日本人にたいする謝罪が話題になった。
飲食店などで客が店員を呼ぶとき「すみません」という言葉がよくつかわれる。
「すみません」とは本来「申し訳ない、すまない」という謝罪の意味だ。
客は店員の手を煩わすのが「すまない」という意味で使っていたのだろうが、現在では謝罪の意味で使う客はまずいないだろう。
日本人は生活のあらゆる面で謝罪する。 交通事故を起こし、日頃の習慣でつい「すみません」と言ったため、その一言が謝罪と取られ、賠償責任を取らされたという話も聞く。
一方、訴訟社会と言われるアメリカでは自分が悪いと思われる交通事故でも、謝罪どころか先ず相手の非を主張するところから交渉は始まると言う。
オバマ米大統領が広島の原爆慰霊碑に献花し、哀悼の意を表したが、謝罪のメッセージがなかったことで、「何のための広島訪問か、被爆を愚弄するために行ったのか」などと極端な意見を述べる人もいる。
米国大統領と言う立場のオバマ氏が、米国内でも政治的に微妙な問題である原爆投下を、謝罪するはずはないと、筆者は思っていた。
謝罪はなくとも、オバマ氏の広島訪問は現職の米国大統領としてはトルーマン氏のお孫さんも言うとおり、非常に勇気のある行動だと敬意を表したい。
もう一つの米国側の日本側に対する謝罪は、女性遺体遺棄事件に関する在沖四軍調整官の県への謝罪だ。
「事件は全て私の責任」 四軍調整官、県に謝罪 地位協定適用認める琉球新報 2016年5月20日 16:19
訴訟社会の米国ではめったなことで謝罪はしないはずだが、報道を見る限り在日米軍のトップが深々と頭を下げて謝罪しているではないか。
シンザト容疑者は、兵役の経験があるとはいえ、現在民間人として基地の外の民間地域に住む民間会社に勤務する「会社員」である。日本人の一般常識でいえば軍属とはいわないはずだ。
ところが、シンザトの務めるコンピューター会社が基地内にあるため、評判の悪い地位協定の規定では軍属に含まれるという。
在沖四軍調整官は、地位協定では勤務時間外の事件なので、地位協定の適用はないはずの事件を、わざわざ「地位協定の適用される人物」とコメントした上で「事件は全て私の責任だ」と謝罪している。
被害者の立場から言えば、在日米軍トップが謝罪してくれたことは歓迎すべきだが、あえて米軍の立場に立てば、哀悼の意は表しても謝罪しないで済ますことも出来たのではないか。
例えば、哀悼の言葉を述べた後こう言うのだ。
「容疑者は民間地域に住み、事件も勤務時間外に起きたので、地位協定の適用はない。 確かに地位協定の規定上、軍属ではあるが、現在基地外に居住し、勤務時間外に起きた事件に対しては、地位協定の適用外であり軍の監督責任はない」と。
もちろんこのように木で鼻をくくったような「謝罪拒否」ではなく、「謝罪社会」の日本人の感情に訴える哀悼の意や倫理上の責任論を取り混ぜ、て深々と頭をたれたら、どうだろう。
地位協定の適用を逆手にとって、米軍トップがこのような態度に出たら、当初は謝罪がないなどと批判を浴びるだろうが、そのうち感情論も収まる可能性もある。
シンザト容疑者のように、民間人として民間住宅に居住しながら民間地域で事件を犯す不届きな米国人を、地位協定の上の「軍属」だからと言って軍が監督・監視することは実際問題として、極めて困難である。
では、在沖米軍トップが「事件は全て私の責任だ」と謝罪した理由はなにか。
前にも書いたがつもりだが、県民感情を抑える意味もあるが、賠償責任を考慮しての謝罪ではなかったのか。
賠償責任はシンザト個人に降りかかるが、さらにシンザト容疑者と夫人が離婚したら、貧民外出身といわれるシンザトに賠償能力は期待できない。
そこで、米軍トップは、刑事事件としては「地位協定の適用外」だが、賠償を伴う民事事件としては「地協定の適用内」で、軍の責任としたのではないか。
結局、地位協定外の事件を損害賠償の点では、地位協定内の事件として軍が賠償責任を持ち、県民感情に訴えるということだ。
今朝の沖縄タイムス一面トップにはこんな関連見出しが。
再発防止具体策示さず
遺体遺棄事件 四軍調整官会見
琉球新報は次のように報じているが・・・。
在沖米軍トップが30日間の飲酒・外出規制発表 「沖縄の人と喪に服す」と強調
米軍属女性遺棄事件を受け、在沖米軍トップのローレンス・ニコルソン在沖米四軍調整官が28日午前9時、キャンプ・瑞慶覧で記者会見し、被害女性の冥福を祈り、県民と共に喪に服すとして、27日から30日間の「寄り添い、哀悼する期間」を設けたと発表した。同期間は基地外での飲酒や祝宴、午前0時から5時までの外出などを自粛する。米軍人は従う義務があり、直接の指揮下にない軍属には同行動を「強く促す」としている。
ニコルソン氏は記者会見で「事件に対する沖縄と米国の立場に違いはない。身の毛のよだつ犯罪で、到底受け入れられるものではない」などと述べた。
一方、事件を受けて県議会が在沖米海兵隊の撤退を求める決議を可決したことに関する受け止めを問う質問には「より大きな問題であり、きょうの会見には適さない」として言及を避けた。【琉球新報電子版】
☆
毎回米兵による事件が起きるたびに、県民感情の考慮や、新聞等の政治利用を防止するため「外出禁止」が実施される。
だが、外出禁止が長引くと真っ先に悲鳴を上げるのは米兵ではなく、彼らの外出を待ち望んでいる飲食店などの民間業者である。
先ず営業不振に陥った民間業者の代表が軍に外出禁止の解除を要請、それを報じる報道を見て、軍が「解除」に応じる。 恒例行事である。
そもそも、シンザト容疑者のような民間住宅地に住む、カッコつきの「軍属」は、外出禁止をしても何の影響もない。
つまりシンザトのよう人物は、軍の監督責任の埒外の「元海兵隊で軍属」ということになる。
シンザトとはこういう人物だ。
「容疑者は民間地域に住み、事件も勤務時間外に起きたので、地位協定の適用はない。 確かに地位協定の規定上、軍属ではあるが、現在基地外に居住し、勤務時間外に起きた事件に対しては、地位協定の適用外であり軍の監督責任はない」
【おまけ】
米国人による日本人女性の「死体遺棄事件」。
沖縄で起きた「島袋さん遺体遺棄事件」のことではない。
米国人が日本女性を「死体遺棄」した事件が米基地のある神奈川県でもあったようだが、沖縄のように「政治利用」を目論むプロ市民や沖縄2紙のような発狂報道は起きなかった。
下記の事件が起きたのは、今回の報道で初めて知ったが、筆者が驚いているのは、「死体遺棄」より「生き埋め」に近い、生きたままの遺棄の方が罪が軽いと言う事実だ。
それにしても、神奈川新聞はこの事件が起きたとき号外を出しただろうか、
神奈川県民は抗議の県民大会を開いただろうか、
米軍トップが県知事に謝罪をしただろうか、
【日本人女性死体遺棄】 米国人「海に投げ入れた時点では生きてた」 → 懲役1年6ヶ月の判決
アメリカ人のグレゴリー・グモ被告(41)は、去年7月、三浦市三崎町小網代の漁港で、知人で東京・目黒区の契約社員、秋田谷まり子さん(42)の遺体を袋に入れ海に投げ入れたとして、死体遺棄の罪に問われています。
検察は懲役2年6か月を求刑したのに対して、弁護側は「被害者は海に投げ入れられた時点では生存していたので、死体遺棄罪は成立しない」として無罪を主張しました。
25日の裁判で、横浜地方裁判所の深沢茂之裁判長は「被告は、被害者を沈め、簡単に発見できないようにする意図があった。遺棄した当初は死亡していなかったとしても最終段階で、意図したとおりの結果になっており死体遺棄罪は成立する」と指摘しました。
その上で「被告は事前に遺体を入れる袋を用意するなど、犯行は計画的で、死者の尊厳を踏みにじるものであり、酌量の余地はない」と指摘し、懲役1年6か月の判決を言い渡しました。
http://www3.nhk.or.jp/lnews/yokohama/1056960261.html