以劉寛爲尚書令。寛嘗歴典三郡、多仁恕。吏民有過、以蒲鞭罰之。
初上爲侯時、受學於甘陵周福。及即位、擢爲尚書。時同郡房植有名。郷人謡曰、天下規矩房伯武、因師獲印周仲進。二家賓客、互相譏揣成隙。由是有甘陵南北部。黨人之議始此。汝南太守宗資、以范滂爲功曹、南陽太守成瑨、以岑晊爲功曹。皆襃善糾違。滂尤剛勁、疾惡如讎。二郡謡曰、如南太守范猛博。南陽宗資主畫諾。南陽太守岑公孝。弘農成瑨但坐嘯。太學諸生三萬餘人、郭泰・賈彪爲之冠。與陳蕃・李膺更相推重。學中語曰、天下模楷李元禮、不畏強禦陳仲擧。於是中外承風、競以臧否相尚。
劉寛を以って尚書令と為す。寛嘗て三郡を歴典(れきてん)し、仁如(じんじょ)多し。吏民過ち有れば、蒲鞭(ほべん)を以ってこれを罰す。
初め上(しょう)、侯たりし時、学を甘陵の周福に受く。位に即くに及んで、擢(ぬき)んでて尚書と為す。時に同郡の房植(ぼうしょく)名有り。郷人謡って曰く、
天下の規矩(きく)は房伯武、師たるに因って印を獲(え)しは周仲進。
二家の賓客、互いに相譏揣(きし)して隙(げき)を成す。是に由って甘陵の南北部有り。党人の議此(ここ)に始まる。汝南の太守宗資、范滂(はんぼう)を以って功曹(こうそう)と為し、南陽の太守成瑨(せいしん)、岑晊(しんしつ)を以って功曹と為す。皆善を襃(ほう)して緯を糾す。滂尤(もっと)も剛勁(ごうけい)、悪を疾(にく)むこと讎(あだ)の如し、二郡謡って曰く、
汝南の太守は范猛博。南陽の宗資(そうし)は画諾(かくだく)を主(つかさど)る。南陽 の太守は 岑公孝。弘農の成瑨(せいしん)は但(た)だ坐嘯(ざしょう)す。
太学の諸生三万余人、郭泰(かくたい)・賈彪(かひょう)之が冠たり。陳蕃(ちんばん)・李膺(りよう)と更(たがい)に相推重(すいちょう)す。学中語って曰く、
「天下の模楷(ぼかい)は李元礼、強禦(きょうぎょ)を畏(おそ)れざるは陳仲挙」と。
是(ここ)に於いて中外風(ふう)を承け、競って臧否(ぞうひ)を以って相尚(とうと)ぶ。
歴典 歴任、典はつかさどる。 仁如 思いやりがある。 蒲鞭 がまの鞭、形だけの罰。 規矩 模範。 房伯武 房植のあざな。 周仲進 周福のあざな。 譏揣 譏はそしる、揣は計り、長短をくらべて誹謗する。 党人 政治上の派で仲間を組むひと。 功曹 郡の属吏。 剛勁 ともに強い。 范猛博 范滂。 画諾 諾と画くこと、めくら判。 岑公孝 岑晊。 弘農 弘農郡。 坐嘯 何もしないで、詩歌をくちずさむこと。 推重 尊び重んじること。 模楷 模範。 李元礼 李膺。 強禦 手ごわい悪人。 陳仲挙 陳蕃。 臧否 善悪。
次回につづく。