爲吏者長子孫、居官者以爲姓號。故有倉氏・庫氏。人人自愛、而重犯法。然罔疏民富、或至驕溢。兼并之徒、武斷郷曲。宗室有土、公卿以下、奢侈無度。物盛而衰、固其變也。帝崩。在位一十七年、有中元・後元。太子立。是爲世宗孝武皇帝。
吏となる者は子孫を長じ、官に居る者は以って姓号となす。故に倉氏・庫氏あり。人々自愛して、法を犯すを重(はばか)る。然れども罔(もう) 疏(そ)に、民富み、或いは驕溢(きょういつ)に至る。兼并(けんぺい)の徒、郷曲(きょうきょく)に武断(ぶだん)し、宗室有土、公卿以下、奢侈度無し。物盛んにして衰うる、固(もと)よりその変なり。
帝崩ず。在位一十七年、中元・後元有り。太子立つ。是を世宗孝武皇帝となす。
官吏と名がつく者はその禄によって子や孫まで養育し、官職にあるものはその官職を姓として名乗る者まであらわれた。倉氏、庫氏のごときである。人々はそれぞれ自分の身を大切にして、法を犯さぬよう心がけた。けれども法がゆるみ、民にゆとりができると、中には驕りに耽る者、貧しい者から田畑を買い占めた富豪が、村里を勝手に処分した者もあらわれた。皇族、諸侯、大臣以下、はてしなく奢侈に耽ったのである。
すべて繁栄を極めれば必ず衰えるということは、自然の変化である。
景帝が崩じた。在位十七年、その間に中元と後元と二度元年と称したものがあった。皇太子が即位した、世宗孝武皇帝(武帝)という。
重 おそれる、はばかるの意がある。 罔 網、法の網。 疏 まばら。 驕溢 驕りたかぶって分に過ぎること。 兼并 兼併、併せて一つにすること、人の土地や財産をうばって自分のものに併せる。 郷曲 むらざと、曲はかたよった所の意。武断 武力によって処置すること。