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GOVAP便り

プノンペンからモンドルキリに、その前はTAY NINH省--AN GING省--HCM市GO VAP

新学期

2007-09-04 22:44:55 | 天気
二連休を恐ろしく駄らけて過ごしてしまいました。TVのない生活故ダラダラとブラウン管を眺めることからは逃れられてもPCがあれば同じようなもの。その気になりかけた好調マリナーズはまさかの9連敗。イチローの姿だけでも、と思っても「Yahoo!動画は日本国内でのみ視聴できます」のメッセージなので、ユーチューブの動画を見たりしてました。せめて掃除ぐらいはしなければ、とは思いつつ自炊して洗濯機を回すのが精一杯。二日も時間があるからとの余裕が却ってアダです。独立記念日が日曜と重なり振り替え連休となったわけですが、TVも新聞も見なかったのでその雰囲気もありません。九月二日の独立記念日とは即ち日本支配からの独立でもあるわけなのに、そのことすら忘れてしまっているかのよう。

中国の国慶節は日本の新聞でも「国慶節」と書かれますが、ベトナムのNgày Quốc khánh(国慶日)は何故か独立記念日と訳されるようです。ベトナムではなぜ「節」でなく「日」なのでしょう。そう言えば日本も戦前は「紀元節」というのがあったとか。その同じ日を今はなせ「建国記念日」と呼ぶのかも可笑しなものです。

連休明けに学校の夏休み明けが重なり、道路の混雑もなお更です。事務所の近くに中学校があり、新一年生(6年生)がぞろぞろ道路に溢れてました。5・4・3制のため中一でも日本の小六の年齢でかなり幼い印象を受けます。それが10年生ともなると制服のまま堂々と5000ドン持って雑貨屋へ煙草のバラ買いに来るようにもなります。

ベトナムの中学一年生が幼い理由のもう一つは新学年の始まりが九月で、その年内に満11歳になる子が入学するため九月から十二月生まれの子供は満年齢が日本の小学5年生に相当するからです。九月以降生まれた子供は、日本で言うところの「不利な早生まれ」になり、しかも6歳に満たない上、比率も単純計算で1/4ではなく1/3。個人差があるとしても統計的にはある年数までは月数の差が「成績」にも表れるそうですから少子化と進学率の高まりにつれ1月生まれが増えるかも知れません。

かつてベトナム旅行を一緒にした時、イノマタさんから「本当は1月生まれなんだけど、親が4月で出生届を出した」と聞かされました。それが功を奏してか無事有名国立大に入れたわけですが、まだ受験競争なる言葉もなかった頃でなかったかと思います。今日のトゥイチェ紙にはホーチミン市にあるグエン・クエンという私立高校が他省からの入学も多いほど人気だと書かれてました。
Trường tư thục Nguyễn Khuyến: Vì sao “hút” học sinh?
大学進学率を誇る私立高校の登場、ということのようです。

連休中も夜半からの雨は強く相変わらず市内の道路は冠水したとのこと。大雨の中をずぶ濡れになってはしゃぎ回ったり、冠水した道路にたらいに乗って遊んだりというのは、自分が子供の頃に雪が降ってソリで遊んだのと変わらぬノリなのでしょう。



九月の雨

2007-09-02 02:07:12 | 天気
昨夜に続き今晩も雨です。昨夜はダラダラと降り続く雨でしたが、きょうは雷鳴を轟かせながら雨音も激しく、それでいてやっと静かになったかと思えば再び土砂降り。日が暮れてから降り続ける雨の日が多くなると「秋の長雨」という言葉を思い出します。はたしてサイゴンでもそうなのかどうかは知りません。毎年、月毎の降雨量の統計を見てもバラツキが多いようですから。それでもこの季節になると、「september rain 九月の雨はひつこくてー」と70年代の歌謡曲を口ずさんでしまうので、やはり雨期と言っても月によって雨の降り方に違いがあることは確かです。

雨音が大きいので屋根の上を飛ぶ航空機の騒音も聞こえません。雨音に打ち消されているのか、それとも余りの悪天候に着陸を見合わせているのかは分りません。もっとも、何時間も上空で待機してるわけにはいかないでしょうから、雨が吹き込まないようにと窓を閉めているせいかも知れません。

このところ一週間、一ヶ月が過ぎるのがやたら早く、とうとう九月を迎えてしまいました。前回K君に会った時に「もう月餅の季節かよ」と言われても「販売シーズンは1ヶ月半もあるんだから中秋祭はまだまだ先だぜ」と思っていた余裕も消え失せました。未だに八月だからというだけで何処かに夏休みの気分が染み付いてたみたいです。

昨日は月末で、会計の処理も確認するつもりでしたが、人の採用や営業準備に意識を割かれてしまい、帰りがけに気が付くと新人の子は何もしてないことが判明。「明日でいいから買掛金と売掛金をチェックして請求書送って電話しといて」と言ってあったのに、今日の12時になってもたった4枚の請求書が作れません。幾ら慣れてないからと言っても10分で終わる仕事に4時間もかけられては堪りません。このペースに3週間も付き合わされて来たわけですから八月があっという間に過ぎ去ったと感じるのも当然。

怒りを堪えて「もう12時だから連休明けで良いよ」と諦めたところ、彼女に「田舎に帰るので少し給料ください」と言われました。「はぁ~?」と不機嫌に聞き返すしかありません。「何で帰り間際にそういうことを言うんだよ」と言っても仕方なく、50万ドンを渡しました。

子供の頃、夏休みが終わることが寂しくても九月が始まることが憂鬱だったわけではありませんでした。夏休みを取らずに過ごして迎えた今年の九月、わが心象に相応しい雨音がまだ続いています。

16番目の月

2007-08-30 02:11:12 | 天気
昨夜は日本から月食が見られると知って、ベトナムから見ても少しは欠けるのだろうかと思っていたところに大雨。米も切らしてるので近所の皿飯屋に食べに行くつもりが外に出られず、一年も前に買ってそのまま残っていた長粒米を炊きました。水加減も炊き方も日本米と同じにしてガスレンジに掛けると吹きこぼれる水分の量はかなり大目です。炊き上がりもパサパサしてる分だけあって水を吸わないからのようです。外の店で長粒米を食べるのには何の抵抗もないのに、自分で炊いて食べる時には何故かガッカリするものがあります。

昨夜の雨は激しい雨音の割りには長続きせず、9時過ぎに外に出てみると薄い雲の向こうに満月が輝いていました。雲が流れ、くっきりした姿を凝視しても何処も欠けてません。月食は確かもっと早い時間だと書いてありました。前日が十五夜でしたからこの月は16番目の月の筈。夜空に輝く満月を見て何番目の月かを当てることは難しいと思うわけですが、新井由美の「14番目の月」では「次の夜から欠ける満月より14番目の月が・・・」などと歌われていました。で、この歌は月を見て作ったんじゃないなーという気がして来ます。

雨上がりの涼しい夜にのんびり散歩する人々の姿がありました。時折アクセルを吹かして騒音を撒き散らしながら住宅街を疾走する青少年のバイクも相変わらず通るわけですが、概ね誰もが昼間の暑さが大雨に打ち消され、そして雨も上がって怒りも憂鬱も過ぎ去ったかのような穏やかな気分でいるようでした。

読みかけの本を持ってコーヒーでも飲みたい気分なのに、本が読めるような明るさの店はないし、それにこのところ足の向くカフェもありません。可愛い女の子を揃えた店は7000~8000ドン。6000ドンの店は店員が少なかったり接客態度が悪かったり。ぶらぶら歩いて住宅街の5000ドンの店に座りました。客はカップルや中年ばかりで通りに面した店と雰囲気が少し違います。

一人で来てる客がいなかったせいか、少々太めでそれなりの年齢の店員が隣の椅子に座り話し掛けて来ました。嫌々ながらも適当に返事をしているうちに下手なベトナム語を見破られ何故か携帯電話に文字を表示させて質問して来ました。「韓国人それとも台湾人」?可愛い女の子にこうして話掛けられた時はそれなりの会話意欲も涌くのでしょうが、ただひたすら「早くあっちに行ってくれないかなー」と思うばかり。暗くてこちらの不愉快な表情も見えないせいか敵は益々エスカレートして来ます。歳は?仕事は?ベトナム人の奥さんは?ボソ、ボソと一単語で無愛想に答えると、今度はそれを周りの客に言い触らしています。晒し者にされた挙句に「ベトナム人の奥さんいないんなら私どう?9年前に夫を亡くしてるのよー」

5000ドンのコーヒーは他の店に劣る味ではありません。しかし二度とあの店に近寄るのは御免です。一人でコーヒーを飲む客が居なかったのも納得です。

降れば川

2007-08-24 17:53:40 | 天気
サイゴン川を海と勘違いした日本人もいましたが、豪雨の後のサイゴンの路地は至るところ川状態。きょうも昼飯に出かけようと傘を用意したもののあっという間に水嵩が増し出られなくなってしまいました。1時間ほどで雨も小降りになり水も引いてきたものの歩いてみると途中でまだ靴がずっぽり浸からずには進めない状態で引き返しかありません。こういう時はサンダル履きの方が便利。それでもゴミや犬の糞も流れる中を裸足で歩くべきか、靴の中がグジュグジュに濡れるのを我慢すべきかは迷います。先月貰った日本製の水虫の薬を塗り続けてやっと症状も治まったところなのに。

それでも今日は朝からバイクで出かけていたのでその間に降られなかったのは助かりました。印刷の発注も電話で済ますことが出来ず、会社まで行って納期の打ち合わせをして半額の前金を支払い、更に断裁の担当者へ再度の念押し。もう4・5年も続いてる仕事なのに気を抜くと使い物にならない印刷をしてくれます。日本に居る頃から印刷のトラブルの多さには腰の引けるものがありました。なるべくなら印刷には関わりたくないとの思いでしたが、何も印刷に限ったことではなく、何から何までトラブル続きのここではそんな思いも何処へやら。客先へは今月中と返事をしてしまったのに、印刷会社の返事は「連休明け」。建国記念日の9月2日が日曜に重なるので3日の月曜は振替休日で連休です。

「Arrival Notes」のFAXが届き、日本から送られて来たサンプル機器の引取り手続きのため空港近くの業者に向かいました。一番最初の輸入通関手続きは自分でやったところ丸一日潰れて懲り懲り。それ以後はプロに任せてストレスを減らそう、としてるわけですが委託しても面倒が差ほど減るわけでもありません。一方通行の道路規制が度々変わるように税関の対応もその都度どう変わるかは予測を超えます。今回は初めての機種のため輸入製品コードもわかりません。昨日は頼んだ業者から電話があり、インボイスに英文で書かれた製品名のベトナム語を知りたいとのこと。「何で日本人にベトナム語を訊くんだよー」とムっとしました。

チュン・ソン通りに面した事務所を訪れると道路の前方、空港近くに白バイと交通警官の姿が見えました。その前を通りたくはないけど中央分離帯があるので仕方ありません。見ていると3車線の真ん中車線を走るバイクを呼び止めています。が、交通警官2名ですから処理能力に限界があり、呼び止められるバイクは違反者の2割程度。違反をしたから捉まるというよりは運が悪く捉まるという感じです。思えばここ1年ほどは交通警官に捉まることもなく来ています。どうにか大体のチェックポイントを把握したということでもあるようです。或いは雨期のため降りそうになる前に白バイが引き上げてしまうからかも知れません。


暑さ復活

2007-08-16 02:22:56 | 天気
日本が寝苦しい暑さと聞き、サイゴンの方が余程涼しいなどとメールを書いた途端です。意地悪く雨も降らず、いつもの暑さに戻ってしまいました。昼間の室内気温32度、夜は30度。このくらいが「普通」と言うべきかも知れません。昨日は帰り道で東の空に稲光を見たので、てっきり一雨来ると期待しましたが、大ハズレでした。降りそうな兆候がありながらも降らない時、降りそうで降らない時が堪らない暑さです。その気がありそうな素振りを見せられながら期待した返事が返ってこない、てなことにも似て、初めから期待しなければ落胆もないのでしょうけど。

この暑さのせいか、先日買ったアボカドはすっかり熟れてしまい、スプーンで潰してコンデンスミルクとヨーグルトを混ぜて食べて見ました。糖分が少ないのでコンデンスミルクは多めに入れないと美味しくありません。ジュース屋で飲むより安上がりです。わざわざミキサーに掛けるまでもないわけですが、あっという間に食べ終わってしまうので物足りなさが残ります。やはりクラッシュした氷と一緒にミキサーに掛けシェイク状態にしたほうが時間を掛けて飲めそうです。と、いうことでミキサーを買うつもりです。

ベトナム語でアボカドは「Bơ」と呼ばれ、バターと同じ単語です。アボカドがバターみたいだからなのか、バターがアボカドみたいだからなのかは知りません。ベトナムでは野菜扱いなのか、果物扱いなのか知り合いに聞いてみたところ、やはり果物だそうで、ジュースで飲むことが多く、料理ではサラダに入れるそうです。日本では料理にしか使われなければ野菜扱いされても仕方ないような気もします。などという話をしていると、「一番難しいのがパイナップル」とのこと。消費量の何割が料理に使われるかは知りませんが、厨房・台所に置いてあるパイナップルは90%以上の確率で料理用だそうです。パイナップルを野菜と言う日本人は滅多に居ないと思うのですが、生っている姿を実際に見た人も少ないわけで、「パイナップルの木」などと不用意に口走ったりもしてしまいます。

豊富な熱帯の果物にも飽きてしまい、今年はまだドリアンも食べてません。ドリアンは、自分で食べるより食べたことのない日本人に食べさせて反応を面白がることの方が多くなってしまいました。果物に限らずですが、一人で食べるのは楽しいものではありません。子供の頃、暑い日本の夏に冷えた日本のスイカを食べた記憶が蘇ります。

洪水被害

2007-08-11 17:05:32 | 天気
死者56名・行方不明8名

7日~8日、Bão2号のもたらした豪雨よる洪水被害者数統計は増加し、10日の正式発表によると死者の内訳は以下の如くです。

ハティン省(Hà Tĩnh): 19 名
グアンビン省(Quảng Bình): 14 名
クアンチ省(Quảng Trị): 1 名
フーエン省(Phú Yên): 1 名
ダクラック省(Đắk Lắk): 14 名
ザライ省(Gia Lai): 1 名
ダクノン省(Đắk Nông): 1 名
ラムドン省(Lâm Đồng): 5 名

全壊家屋270軒、浸水家屋48,837軒、内クアンビン省が最多で40,000軒が1~3mの浸水。65,709ヘクタールの農地が浸水し、推定損害額1,000億ドン超。8日のベトナム通信社によるとハティン省だけで損害額は660億ドンに達するそうです。

ハノイを流れる紅河の歴史は「洪水との闘いの歴史」と聞いたこともありますが、今回氾濫したクアンビン省を流れるGianh川の名を聞いたのは初めてです。北中部のハティン、クアンビン省の名は共にサイゴンに住んでいると馴染みは薄く、仕事で訪れたこともありません。ハティン省は、ベトナム共産党の創生期、1930年のゲティン・ソビエト蜂起の「ティン」で、今あるゲアン省とハティン省も1976~1991年まではゲティン(Nghệ Tĩnh)省という名だったそうです。

今回初めてハティン、クアンビン省の地図を開いて見ました。被害が大きかったクアンビン省北部のトゥエンホア県とクアンチャ県はハティン省に接し、西北から流れる幾つかの川が合流して河口近くでGianh川となっています。クアンビン省へは10数年前に一度ドンホイへ立ち寄ったことがありました。ハノイから夜行列車に乗り、翌朝ドンホイに着いて下車したのですが、まだ貧しさに覆われていた頃で旅行客にはとても居た堪れない暗い雰囲気でした。その時が湿疹発症の始まりだったこともあり、個人的な印象は最悪の部類です。クアンビン省の南が北緯17度線で、これを超えたクアンチ省とは当時、雰囲気がまったく違っているのに驚きました。クアンチへはその後何度も訪れました。
今はフエから「ホンニャ洞窟」へのツアーも多いようですから、クアンビンへの外国人観光客は増えているようですが。

洪水のニュースを聞くと、何故かTVドラマ「岸辺のアルバム」の映像が蘇ります。今回は何万冊ものアルバムがGianh川に流されてしまった、ということなのでしょう。

熱帯性低気圧

2007-08-06 02:25:33 | 天気
今年7月のホーチミン市の降雨量と日照時間の数値はどの程度なのだろうか、などと気になったりもしてましたが、8月に入っても雨は多く涼しい夜が続き、家の中も26度近くまで気温が下がり、蛇口からの水も冷たく感じます。

「Bão số 2 cách Bình Định - Quảng Ngãi 50 km」とトゥイチェ紙のサイトにありましたから熱帯性低気圧が発達して「Bão」になったようです。しかし日本の気象庁の台風情報を見ると「台風」ではなく「熱帯性低気圧b」と記されています。数日前、ランさんと電話で話した時はダナンは晴れて暑いとのことでしたが、今はBãoの通過で大雨かも知れません。

「熱帯性低気圧b」は、中心付近の最大風速 15m/s(30kt)だそうで、低気圧域内の最大風速(10分間平均)がおよそ17m/s(34ノット,風力8)以上のものを「台風」と呼ぶため、この規定では少々数値が足らないということのようです。

それでは、ベトナムの気象庁の「Bão」の意味はどうなのか、と知らべてみると、「Một định nghĩa khí tượng chặt về một cơn bão là có cấp gió Beaufort lớn hơn hoặc bằng 10, (89 km/h). Ở Việt Nam, gió xoáy có cấp Beaufort từ 6 đến 7 trên một diện rộng gọi là áp thấp nhiệt đới. Gió xoáy từ cấp 8 trở lên trên một diện rộng, có thể kèm theo mưa lớn gọi chung là bão.」とのことで、やはり風力8以上のものを「Bão nhiệt đới」と呼ぶようです。

雨続きのため、この週末も何処へも出掛けず仕舞いでした。午前中は雨は上がっていたのですが、このところ胃の働きが弱いようなので、少し運動がてらに自転車でGoVap区探索でも、と思い立った途端に雨が降って来ました。その代わりに大根が胃に良さそうに思えたので、一本買って煮物を作りました。醤油をケチって少々薄味になってしまいましたが、胃の調子は幾分回復したようです。



求人活動

2007-07-31 20:31:44 | 天気
事務所を出ようとするとまた雨です。

先週はロアンさんの姪に3日ほど手伝って貰い、昨日からは新しく一人雇うことになったのですが、午前中は何とか我慢できたものの午後には、やはりお引取り頂くことになってしまいました。したがって、きょうは自分で朝から求人活動の一日。手っ取り早いのはNgười Lao Động 紙の求職者欄を探し電話する方法です。以前は無料で求職者の電話番号を教えて貰えたのですが、最近は携帯メールで問い合わせ、その都度携帯通話料金から15000ドンが徴収されるシステムになっています。

携帯メールには不慣れだし、今までは誰かに頼んで問い合わせていたわけですが、きょうは頼む相手もなく、また見知らぬ求職者へも自分で電話する他ありませんでした。5・6年前であれば当たり前の如くできたことなのに、今更という気があるのか旨く喋れません。自転車で通っていたところをバイクに変えてしまうのと同じで、一度楽をしてしまうと簡単には元に戻れないようで、太腿の筋肉が痛む代わりに発音が通ぜずに冷や汗。もっとも電話で話しただけで一緒に仕事ができるかどうかもある程度はわかる気がします。

計6人に電話をし、きょう1人、明日は3人面接の予定です。銀行や郵便局の窓口でもここよりは遥かに良い条件でありながら仕事振りは我慢のできないものが多いのですから期待できないことは分かってるつもりです。しかし、溜まってしまった履歴書の束を見れば、分かってるつもりで分かっていないと言われても仕方のない現状です。

ここ数日、益々我慢ができなくなってしまっているようで、先週末はViettelのADSL料金を払いに行き、接続できないので点検を頼むつもりでしたが、窓口の店員が使用電話をしながら対応するのに腹を立て日本語で怒鳴りつけて帰って来てしまいました。お陰で家ではネットに接続できず仕舞い。昨日は銀行へ入金しに行ったところ、300枚の紙幣を2度機械に通した後、一枚ずつ指でなぞったり、透かしたりしながらの目視検査。時折首を傾げたり険しい目をしたりの表情を見ていて腹立ちました。しかし、それもお仕事だからと我慢してたところに今度は別の客が来て、他の行員が対応したわけですが、わが担当は手を休め、そっちの客の端末画面を見つめています。そこでプッツン切れてしまい、黙って店を出てしいまいました。入金伝票を受け取らないとこちらに被害が及ぶのですが。

ネット接続ができないので週末はDVD三昧でした。近所のレンタル店で借りた「どろろ」と「スケバン刑事」にはどうにも勘弁でした。「どろろ」は3000ドンのレンタル料なら諦められますが、「スケバン・・」は3000ドンも惜しまれます。「青の炎」を観て、何だか自分の日本人の部分を呼覚まされたような気がしました。と、言うかここの日常にはない異文化としての日本みたいなものかも知れません。そういう日本に触れてしまうと余計にベトナムの現実が受け入れ難く感じられるみたいです。

カフェは満員

2007-07-13 22:50:43 | 天気
胃の調子が今一つスッキリしません。きょうは外食を避け、米を炊いて豆腐と味噌汁。日本-UAE戦まではまだ時間もあるし、と米を研ぎ始めたところで突然の停電。一昨日の深夜にも停電だったのでローソクは出したままでした。ブログを書いていて投稿前に前に停電になるよりはまだマシです。 昨年買った電気釜は半年ほどで壊れてしまったので米も鍋をガスコンロで炊いてるし、とりあえず支障もなく、20分ほどで電気も点きました。そういえば、きょうは電気料金の集金日。使用電力107KWh、69,047ドンで一安心。電気料が100KWh以下の時などは電話とADSL料金を足しても1000円以下。

ダイヤルアップで繋いでる時も雨が降るとネット接続が不調になりがちでした。ADSLになっても似たような傾向にあるようで、ここ数日時間帯によっては繋がらないことが増えてます。以前ビエンホアの工場でも落雷で電話交換機の基盤が頻繁に壊れてました。それと同じで雨というよりも落雷の影響が何処かにあるようです。

昨日はドンナイから帰ると定食屋で食事を済ませ、カフェに直行。ベトナム-カタール戦を後半から観ました。ベトナムが最初のUAE戦で勝ったためか、カタール戦はカフェも満員。バイクに腰掛けていたカフェの女の子に「もう椅子がない」とつれなく断られてしまいました。「じゃあ、君の膝の上で良いや」などと自分でも寒くなる冗談をを吐いてしまいました。100個以上はある椅子は本当に空席がなく、暫く立って壁に寄りかかって観ていると何処からか椅子を持って来てくれました。

これだけの人数で女の子は3人。しかも試合終了と同時に客は一斉に店を出るので、この日ばかりはコーヒーが運ばれると同時に料金6000ドンを徴収されました。シュートを打っては拍手。ボールを奪っても拍手。相手がゴールを外しても拍手と盛り上がっていましたが、カタールのゴールが決まった瞬間から一斉に沈黙と静寂。悔しがったり、落胆したりの声がありません。

同じような環境で日本人の反応がどうなのかは経験がありませんが、これとは違うような気がします。勝ってる時は行け行けドンドンですが、形勢が逆転すると固まってしまうかのようです。他の場でも同じで、都合が悪くなると固まってしまい、返事もせずに黙って立っているという場面はちょくちょく目にします。民族性というか国民性というか知りませんが、自らの過ちなり、敗北を受け入れられない体質というのがあるのでは、などと思ってしまいました。

竹竿

2007-07-13 02:43:04 | 天気
二日続けてドンナイ省へクレーム処理に出掛けました。納品した機器は必ずトラブルが発生していますから予想できなかったわけではありませんが、既に何度も出向いて打ち合わせをしておいたのにこの様です。北部や中部へ行くことを思えば交通費などの経費も少なくて済み、気の重さも差ほどではありません。が、「念のために代替機を持って来い」との仰せ付けでレンタカーをチャーターせねばなりませんでした。タクシーを使っても40km×7000ドンの往復で80万ドンを超えてしまいます。

昨日は朝一番で呼び出され、機器の調整をして作業の終わる夕方5時までへばり付きでした。学校とは言え、50haを超える広大な敷地を持ち、芝生や雑木林に取り囲まれた恵まれた環境です。喧騒に満ちたサイゴンの狭苦しい世界に暮らしていることが愚かに思えて来ました。その上儲からない商売をして神経をすり減らしているわけですから。「やはり早急にサイゴン脱出計画を立て、地方に仕事と生活の拠点を移すべき」、などと考えていたのもつかの間。生憎激しい雨が降りはじめ、トタン屋根を激しく叩きつけます。風も強く、緑の景色は灰色のフィルターに覆われてしまいました。雨風の強さは自然の中ではある種の恐怖感を呼び覚まします。街中でも雨漏りや道路の冠水の心配をすることがありますが、それは自然への恐れとは別物です。

待機させられた隣の部屋は半分物置に使われている場所で、床にはペンキの痕が残ったり、竹竿などが積まれていて、かつて見た何処かのサークル室を思い出しました。構内にはあちこちに標語が飾られていたりもしますから、この部屋で書いたものかも知れません。尤も標語の内容は数十年前から変わらぬようなものばかりで、外国人がベトナム語の勉強のために読むには良いのでしょうが、実際には親が子供に「勉強しろ」と言うのと変わらぬ効果しかないのでは・・・と思ってしまいます。置いてあった竹竿を一本取り出して握ってみました。ベトナムの竹の種類は多く、古くは漢の時代から美竹の産地としても知られていたそうで、節が1mもの間隔のものもあるそうです。積まれていた竹は細くて肉厚の多いもので、通常ベトナムでは梯子に使われているものでした。

竹竿を握って外に出て振り回してみたくなりましたが、やはり長さがあるので振るには適しません。数十年前にこれを握って突いた記憶なども蘇り、「いゃー昔さー」と言いかけて言葉を変え「アメリカとの戦争の最後の頃、日本は本土決戦を準備したそうなんだけど、その頃もう残ってた武器は竹槍しかなかったらしい。原爆に竹槍で立ち向かおうとしたわけだね」などと話しかけてしまいました。すると「ベトナムもそうだよ。1940年頃は武器は竹槍ばかりだったって」との答えが返って来ました。

竹槍しかないところから始めてフランスとアメリカを追い出し独立を統一に至ったベトナムの歴史と華々しい真珠湾攻撃とゼロ戦の活躍に始まり最後は竹槍で人民総武装の玉砕を覚悟せざるを得なかった日本とでは竹槍の意味合いも異なるわけですが、何となく相通じるものがあったような気にはなりました。