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GOVAP便り

プノンペンからモンドルキリに、その前はTAY NINH省--AN GING省--HCM市GO VAP

逃亡ワニ、総数不明

2007-11-25 01:31:50 | 天気
洪水の写真を見る度に家畜や家禽はどうしたのだろか、と思ってしまうのですが、牛や豚、水牛や鶏を船に乗せて避難してる写真は見たことがありません。以前、大田竜だかが「家畜解放」とかの本を書いてたようにも覚えてますが、洪水によって解放された家畜たちは生きていくことができるのでしょうか。

今回の中部の洪水では魚の養殖池なども被害があったのではないかと思われますが、新聞を賑わせているのはカィンホア省のワニ園のワニの逃亡。5000匹以上が飼育されていて逃亡数は不明だそうで、たぶん数千匹に上るようです。9日後の19日までに捕獲または殺されたワニは216匹。生息に適した環境があるのかどうかは知りませんが、逃亡3日後に40km離れた地点でも発見されたそうですから2週間も経過した今日では距離も範囲もより広がってしまったのでは。

ベトナムではワニの養殖が盛んのようでホーチミン市内やメコンデルタでも飼育されています。先月末にも中国や日本、イタリアへの輸出の記事がありました。

800 con cá sấu sống xuất sang Trung Quốc

Sở NN&PTNT TP.HCM cho hay trong tháng 10, có khoảng 7.680 con cá sấu sinh sản.
TTO - Theo Sở NN&PTNT TP.HCM, trong tháng 10-2007 các doanh nghiệp đã xuất sang Trung Quốc khoảng 800 con cá sấu sống; 1.418 tấm da cá sấu muối, trong đó 1.188 tấm xuất đi Nhật Bản, 200 tấm xuất đi Ý, 30 tấm xuất đi Singapore.



9艘沈没:台風Hagibis

2007-11-24 08:21:01 | 天気
Bão số 7: Đã có 9 tàu bị chìm

昨日から空が灰色の曇天に覆われているのは、東の海から近づいて来た台風の影響のようです。きょうの新聞によれば、アメリカ・中国・日本のそれぞれの気象庁による予測ではこの台風24号はフィリピンから西方向、ベトナムの東南部に進み、上陸直前でUターンする見込みだそうで、やれやれ一安心と思ったわけですが、進路を西北方向へ変えたものの依然停滞しつづけているようで、南中部の海は大荒れの様子です。

Ninh Thuận: đối mặt với Hagibis
Phú Yên: Di dời 7.000 hộ dân, không đủ chỗ cho tàu thuyền -3 tàu bị chìm
Khánh Hòa: 3 tàu chìm
Bình Định: Cứu được nhiều tàu cá - một chiếc bị chìm.
Quảng Ngãi: Bão, lũ và nguy cơ trượt lở núi

南北陸路切断

2007-11-16 01:57:03 | 天気
自分の愚かさを思い知らされることは何も珍しいことではありません。家に帰って昨日炊いたご飯の残り半分が鍋の中に入ったままであるのに気付いた時もそうでしたが、もう少し深刻だったのは北部に荷物を送った運送業者から「ハイバン峠」の土砂崩れで鉄道が寸断され18日以降でないと復旧の目処が立たないとの連絡を受けた時です。

二日前の新聞で国道1号線が不通となり数千台のトラックやバスが立ち往生していることは知っていました。他人事のような気で記事を読んでいたわけですが、道路と共に鉄道も不通であることに思いが至りませんでした。ハイバン峠の手前で足止めされている列車の中に18日までに客先に届けねばならない200kgの帳票が入っています。一日早く発送していれば、或いは一便前の列車に積めばこんなことにはならなかったのでしょうけど。と今さらこの絶妙なタイミングの悪さを嘆いても始まりません。

去年のダナンの台風では貸し出した機器が水を被って錆び、ボロボロになって返却されて来たわけですが、今年の洪水では少なくても納期遅れ、悪くすれば3万枚の帳票が水を被ってしまっている可能性も。

もちろん二日前に気付いていたところで、この状況を切り抜ける手当てができたわけではないのでしょうけど、業者からの連絡がなければ分らなかったというのは問題です。荷物の到着が遅れるなどと連絡をくれる業者はここでは驚くほどの珍しさ。到着が送れ、何度も問い合わせてようやくどうにか調べてもらえるかどうかという方が当たり前の世界です。

次々と問題ばかりが降り注ぎ、営業活動はさっぱりで意気消沈しているところに携帯電話が鳴りました。「どう?生きてる?」と聞くので「呼吸はしている」と答えると先方も負けず劣らずの様子。今度は事務所に泥棒が入り2000ドルほど盗まれたそうです。前回は工場の設備を盗まれ、暫く操業に支障があったようですから、それと比べればまだ不幸中の幸いかとも思うわけですが、その前にはバイクで事故を起こして暫く歩けなかったのだとか。
「俺を慰める会やるから来てよ」と召集がかかり、ノコノコとレタントン通りに出掛けました。

洪水被害拡大

2007-11-14 00:37:29 | 天気
今年の中部の洪水がいつから始まったのかも覚えていません。新聞をぱらぱら捲るだけで時々写真が気に留まる程度でした。この10日から13日に掛けて水位の上昇は一層ひどくなったようです。ダナンでも被害があったと知って、ようやくランちゃんに電話をしてみよう、と思い付きました。

ボートを買うお金はなくても、海水浴で使うゴムボートぐらいは何とかなるのでこちらから送るくらいの決意をしての電話でしたが、返って来た声は相変わらずの緊張感のないもので、街の中心部はまったく問題なく毎日スクーターで通勤しているのだそうです。

確か彼女が学生の頃には青年同盟のボランティア活動で災害の後には街頭に立って募金集めに積極的に取り組んでいたと聞いたこともありましたが、今やその精神は何処へやら。これでも恵まれた環境に生まれた方だから、恵まれない人のために活動するのは当然などと言っていたのに、今は、毎年どれだけ貯金ができるかが関心事のようです。「ところであなたは一年にどれだけsave moneyできてるの?」と聞かれ、「貯金するためにベトナムに来てるわけじゃないから」とムキになって答えながらも内心冷や汗ものではありました。

11月10日から13日までの被害状況

洪水による中部の死者20名
フエ省 2
ダナン市 1
クアンナム省 3
クアンガイ省 8
ビンディン省 4
カィンホア省 2
行方不明 6名
ダナン市 1
クアンナム省 3
クアンガイ省 1
カィンホア省 1

浸水被害の村103,367村中129村
 クアンチ省20村 2,100軒
 フエ省90村 79,267軒
 ダナン市19村 22,000軒
 クアンガイ省 46,500家屋
 ダナン市 15,000家屋

足元の洪水、頭上の台風

2007-11-07 23:21:09 | 天気
Lũ dưới chân, bão trên đầu

フエやホイアンで観光客が船で道路を行く写真がありました。中部の洪水は例年以上のようです。サイゴンも昨日きょうと夕方から雨。サイゴンでは雨期の終わりにまとまった雨が降ることは珍しくありませんが、中部では乾期に入ることなく雨が続く季節です。

今年は中部で洪水による死者が相次いでいるというのに、更にまた強い台風21号(bão số 6)がベトナム沿岸に向かい、今週末には中部を直撃しそうな勢いです。

フエに暮らしていた頃、フエの農村からラオスへ出稼ぎに行くという話を聞いたことがありました。10年前と比べれば今は中部への投資も増えてはいるもののホーチミン市やハノイ近郊と比べれば微々たるものです。統一後(戦後)は少数民族の居住区であった中部高原へ入植したのも主に中部沿海の人々でした。そして彼らの子供たちの世代も今サイゴンに職を求めて大量に流入しています。

洪水や台風被害はこの人口移動の促進要因となることは間違いなさそうです。

大洪水に沈む中部

2007-10-18 02:09:14 | 天気
Miền Trung chìm trong lũ lớn

先日の北中部を襲った台風被害はカントー橋崩落以上の犠牲者を生み出し、昨日は事務所に地区の人民委員会名で義捐金の徴収に来ました。台風や洪水の義捐金集めはまるで年中行事であるかのように必ず毎年1・2回はあります。しかも金額まで指定してあるところが何とも任意と言う名の強制のようで一瞬、躊躇うものがあります。

フエもフン川が氾濫し、写真のように水に浸かった村があるとのこと。多数の死者を出した1999年の洪水以来のことのようです。フエの街は平野とは言え、三方を山に囲まれたような地形ですから集中豪雨はすぐにフン川の水位を上昇させてしまいます。これだけ水に浸かっても人々は家財が盗まれることを恐れて非難しないのだとか。泥棒が船を漕いで水浸しの家財を盗みに来るのでしょうか?写真を見る限りでは鶏や豚などの家畜達が生き延びられたようには思えませんし、避難せずに寝る場所があるとも考えられませんが。

クァン・ナム省でも5名の死者を出したと聞き、ダナンのランちゃんに電話を入れてみました。ちょうど輸出入関係の求人広告が新聞にあり、条件がよければサイゴンで働きたいとも言ってましたので。ところが相変わらずの可愛げのなさ。「洪水?ダナンは大丈夫」「日系の会社じゃ給料安いでしょ。今より低くなるのは嫌よ」。「ベトナムのGDP考えて給料の計算してみろよ」と言いたくもなりましたが
それもまた無意味なことです。

Việt Nam trở thành thành viên Hội đồng Bảo an Liên Hiệp Quốc

ノン・ドゥック・マン書記長の北朝鮮訪問が気になって今朝は新聞を開きました。何でこの時期50年振りの共産党書記長の北朝鮮訪問なのかが分りません。が、今日の一面トップはベトナムの「国連安保理理事国入り」が華々しく取上げられていました。北朝鮮訪問の記事はほんの僅か。かろうじて記事になってるという程度のものです。
金正日書記長は安保理非常任理事国となったベトナムのノン・ドゥック・マン書記長を果たしてどのような言葉で口説いたのでしょう?

きょうも雨

2007-10-12 00:27:16 | 天気
午前中はタントゥアン工業団地、午後はロンビン・テクノパークと工業団地へバイクを走らせました。自分で出掛けねばならない仕事ではありません。が、換わりの人が居ません。全行程約80km。途中9区のハイテク工業団地、二デックの工場近くで雨が降り始め、慌てて合羽を取り出しました。雨は大粒で合羽に落ちた雨粒は直径3cmほどの水玉模様を描きます。

二デックと言えば日本電産の永盛重信社長。松下幸之助、稲盛和夫と並び称される財界人ですが、今年3月頃のベトナムの新聞にもデカデカと顔写真入りで紹介されるほどのVIPです。ベトナム側の認可が遅れて生産計画に影響したとかなんかでお怒りを大爆発させてました。べトナムの行政手続の旧態依然たる姿を指摘してるわけですが、その具体例が入国審査の際、VIP待遇なのに25分待たされたというもので、われわれ一般人には少々分り難いものでした。しかし僕が銀行や税関のカウンターで怒りを爆発させるのとは違って、さすがにVIPですから、新聞報道の翌日には首相自らがこの25分待たせた件につき調査を指示。

何となく、人権も資産に比例するかのような気分にさせてくれました。不平等、不公平という点では日本もベトナムも変わりありません。人々の意識もそんな感じですから入国審査係官が、VIP待遇糞食らえ、とばかりに一般客同様の扱いをしたということではないようです。

きょうもビエンホアに行った際、急に近くの工場に用事ができ、ついでだからとアポなしで立ち寄ることになりました。守衛所のガードマンはアポなしなので殊更横柄な態度。ところが「社長に会いたい」と言ってその場で電話を入れると態度が急変。頼みもしないのにわざわざオフィスの応接ブースまで案内してくれるほど。何でそんなところで人間の評価が下されてしまうのかとガッカリでした。

ほぼ一日中出歩いていたので、事務所に戻ってから幾つかメールを書いたり電話をしたりで暗くなり、帰りそびれている間にとてつもなく激しい雨音と雷鳴。ちょっとやそっとでは止みそうもなく、濡れたくはないけど空腹で仕事を続ける気にもなれません。そうこうしてる間に事務所の前の道が冠水し始めました。夜の冠水は危険が一杯ですから慌てて帰ることにしました。既に靴がズッポリ浸かる深さです。

それでも何とか靴を濡らさないようにバイクを出そうと無理な格好をしたため鍵をポトっと落としてしまいました。何とも最悪の展開です。暗くてしかも水の底ですから見えません。勿論両手両足を水に浸け這いつくばって探しました。道路に傾斜があるため思いの他鍵は流されて離れた場所にありました。

この豪雨の中、靴を濡らすまいなどと考えたのが敗因です。最初から濡れることを覚悟してれば被害は少なかったのに。新しいスーツやシャツを着て「汚すまい」という気がアダとなりコーヒーをこぼしたり、タバコの火を落としたりしてしまうのと同じようなもの。格好を付けようとして滑稽な不恰好になってしまうのにも似ています。びしょ濡れで冠水した道路をバイクで走ることを思えば、空港で25分待たされたくらいで何なんだ、とも思ってしまいます。

中秋の雨

2007-09-26 02:58:34 | 天気
仕事帰りにH君の家に寄りました。「子供達が来てパーティーやってるから」とのことで、そんな鬱陶しいところに顔を出す気は起きませんが、親戚や近所の子供達ではなくH君のゲーム仲間だというので、ならばタダ飯にもありつけそうだしと思ったわけです。合羽を着て雨の中を走るとちょっと複雑な路地は昼間とは勝手が違い曲がる道を間違えてしまいました。それでも以前感じたほど複雑な迷路ではなく、道もだいぶ整備され、また周辺の家々も建て替えられて随分と立派になっています。ちょうど越生に引越して借家に住んでいた頃のサワダ君の家とその後の新築した家の違いみたいな変わりようです。しかし、古くて狭い家のほうが落ち着くように感じるのは何故でしょう。長年の貧乏生活というか子供の頃の生活環境によるものなのでしょうか。

何人かの顔は以前にも会ったことがありました。先日一緒に食事をしたH君の職場の同僚も来てました。暫くすると雨も上がり、屋上に出て芝生の上でくつろいでいるとき、提灯が飾られているのを見て、やっとのことできょうが中秋祭だからなのだと気付きました。空の雲は風に流されてだいぶ薄くなって来ましたが、月は見えません。集まった人々は月があってもなくてもどうでも良いようで、夜空を見上げる人はいませんでした。とにかく大勢で集まって食べるものを食べ、ワイワイガヤガヤ楽しく過ごすことに意義があるようです。

知らない人と共通する話題もないのにベトナム語で話をする気力はまったなくなってしまっている今日この頃です。日本語を多少話せるDUONG相手に無理やり日本語で話し続けました。サイゴンの大学を卒業し、タイとフランスにも留学経験があるのだとか。活発というか物怖じしないタイプです。80年生まれだそうで、「若い」?と訊くので、それが歳より若く見えるか、あるいは27歳という年齢が若いということなのか意味を計りかねましたが、仕方なく若いと答えると「そう、若いし可愛い」と実に朗らか。こちらもベトナムには「解放前に10年、解放後も10年。君が生まれる前には米軍とも戦ったんだ」などと嘘を並べ立てているので文句は言えません。仕事はマーケット・リサーチ会社から最近証券会社に転職したそうで、日本語は日本人の接客に必要なのだそうです。3年ほど前は数社しかなかった証券会社も今は50社ほどになっていて急成長する高賃金業種というところ。


8時を過ぎた頃から雲の間に月が見え始めました。時間と共に鮮明な姿を現し、9時にもなるとくっきりとした十五夜。日本の天気はどうだったのだろう、と思いつつ家に帰る途中、ガソリンスタンドに設置された月餅売り場を見ると半分は片付けられています。残る半分の店舗もショーケースの月餅はほんの僅かになっていました。DUONGさんに訊いてみても月餅は「あまり好きではない」とのこと。やや自信を深め、次なるテーマは月餅の新製品開発、と呟いてみた2007年の中秋祭でした。

カップ麺

2007-09-24 04:43:45 | 天気
先週は昼となく夜となく雨が続きました。このところ新聞は交通渋滞を何度も取上げています。渋滞はこの雨も影響してのことかも知れません。雨が降ればバイクでの外出は減り、雨上がりと共に一斉に道路に繰り出します。サイゴンやハノイのバイク渋滞は10年前から既にかなりのものでした。それを思えば、この間の人口流入やバイクの保有台数の急激な増加にも拘わらず何とかなっていることの方が不思議なくらい。

九月に渋滞が酷くなるのは、やはり新学期のせいです。地方からホーチミン市の大学・短大に入学する学生に加え、不合格者もまたここに留まって来年の試験に備えて浪人生活。更に地方の学校を卒業してサイゴン周辺に職を求める人もかなりの数になります。地方の大学数は増加しても地方で就職口を見つけることができるのはほんの僅かだそうです。

学生の生活費が新聞に載っていました。学費を除いた月の必要額は120万ドン。一日4万ドン(2.5ドル)で家賃も含まれるわけですからサイゴンの物価ではかなり厳しい生活です。一食当り5~6千ドンで済まさねばならないわけですが、今や定食屋も7~9000ドンが相場となりつつあります。雨期のこの時期、雨で外に食べに出られない時の非常食はやはりインスタント・ラーメン。スーパーの陳列棚には各社各種の製品が並んでいます。

ちょうど日本から持って来て貰った乾麺も底を着いてしまったので、カップ麺を買ってみました。SPAGHETTIとの文字と写真に釣られました。VIFON社の「ROMA」140gで一個6400ドン。ベトナム製では高級カップ麺という価格です。もう一つはベトナム・エースコック社の焼きソバ(Mì Xào Thập Cẩm)85g4200ドン。made with Japanese Technologyとパッケージには印刷されてます。日本の価格と比べれば1/3以下かも知れませんが、所得水準からすれば安いとは言えないようです。

もっとも日本では原材料の値上がりで即席麺も値上がりだとか。ベトナム製品との価格差を考えれば製品価格に占める原材料費が差ほどとは思えません。日経のコラムに「食品値上げは本当に悪いこと?(土居丈朗)」という題名からして嫌味な文章がありました。顔写真はさらに不快感を増長させてくれます。が、本文も期待を裏切らず、チンピラに喧嘩を売られた気分になれます。

アメリカでは農産物価格の上昇で農地価格が値上がりしているとのこと。べトナム農民の所得増加に繋がらないのは何故でしょうか。

ヘルメットt着用義務化

2007-09-06 02:00:29 | 天気
近所の皿飯屋で8000ドンの食事を済ませ、帰ろうとした時に駐輪番をしてる顔見知りのお兄さんに「ヘルメット被らないといけないんだぜ」と声を掛けられました。以前にも一度「カムサハミダ」と言われたり、試合のTV中継中はサッカーの話などを一言二言。

今は国道を走る時は着用しなければなりませんが、市内道路も12月15日から前面的に着用が義務付けられるようです。それに向けて今月からホーチミン市の公職幹部が率先してヘルメットを被るようにしているのだとか。「公職幹部」がどのような人を指すのか知りませんが、あまり徹底されてはないようです。交通事故の死者数が年間一万人を超えて久しく尚且つ年々バイクの数も増加してるわけですからヘルメットの着用義務は当然のこととも思えますが、何しろこの暑さの中で被るのは鬱陶しいものがあります。

6年前の6月にも市内も前面義務化となったわけですが、その日の朝街に出て見ると被ってるのは1割以下。交通警官の数は限られてますから取り締まれるわけがなく、その日に破綻してしまいました。今年は果たしてどうなるのでしょう。当時は誰だったか知り合いの女の子が「アオザイ着てヘルメット被れって言うの?そんな馬鹿なこと出来るわけないでしょ」と憤慨してましたが、彼女もそれから6歳ほど歳を取ったのでアオザイが似合わない体形になっているかも知れません。ヘルメットが義務化されるからこれからはバイクで出掛ける人が減る、との声も聞きましたが、バイク替る交通手段が多いわけでもないないし。ただ、夕涼みに彼女を後ろに乗せて街を走り回るバイクは少なくなりそうです。

10年ほど前はヘルメットを被っているのは外国人くらいなもので、ビエンホアの交差点で信号待ちしている時にいきなり英語で話し掛けられました。フエに居た時などはヘルメット姿が異様に見えたようで交通警官に呼び止められ、バイクの登録証やパスポートも携帯してなかったため警察署まで連れて行かれる羽目に。法的強制がなくてもヘルメットは被るものだ、という意地みたいなものもあったし、実際ノンヘルで走るには恐怖感もありました。それが何故か今は日本と同じように規制されることに「ベトナムも他と変わらない国になってしまうのか」と残念な気分になたりもしてます。

しかし、それでもやはりべトナムらしさは至る所で発揮され、ヘルメット価格の上昇、安全を保障できない品質、メーカー品の偽物などが新聞を賑わせています。