GOVAP便り

プノンペンからモンドルキリに、その前はTAY NINH省--AN GING省--HCM市GO VAP

ライブストック・フェア

2008-04-26 02:59:16 | 農業・食品
家畜・家禽関係展示会、という日本語になるのでしょうか?日本で生活している時にはまったく関心を持たなかったせいもあって、日本語の単語すら思い浮かびません。振り返れば子供の頃に家で鶏や兎を飼っていたこともあったわけで、それに近所には渡辺さんの養豚場もありました。夕方の餌の時間になると「キーキー」とやたら煩い声が聞こえたり、養豚場の親戚にあたる同級生に「お前、ブタのキンタマ食ったことあるか?美味いんだぜ」などと言われたことも確かにありました。

去年まではやや緊張感に欠ける教育設備展示会に顔を出していましたが、それと比べるとこの展示会にはビジネスライクの活気が感じられます。飼料製造装置なのか、中国とタイの会社の大きな機械も展示されていました。養鶏場の設備であるとか、飼料・薬品関係等々のブースが連なり、かなり国際色も豊かです。

にも関わらず日本のメーカーの出展はありませんでした。別になかったからどうのということでもないわけですが、結局のところ畜産を含めた農業分野での日本の先進性というものがないことの証明みたいな気がしてしまいました。できることと言えば、輸入食品の安全性をヒステリックに騒ぎ立てるだけ。などという自虐的な思いに捉われたのは単に日本語で会話する相手がいなかったからかも知れませんが。

近所のカフェで働いてる女の子の実家はビンフック省だそうで、母親がブタを数頭飼っているそうです。犬は飼い主に似るとか言いますが、かつて日本で飼っていた犬を思い出すと確かにそうかも知れないと思えるものがあります。特に育ち方がわが子二人と似てしまったのは、育て方に問題があったと認めねばなりません。が、カフェの彼女の場合、彼女を育てる前から母親が豚を飼育していたに違いなく、栄養も行きわたり、容姿が何ともそれ以外の動物を連想することは不可能なほどです。「豚は病気が多いから、薬とか管理がたいへんでしょう」?と聞いてみたところ、少数の豚を育てるのなら大して問題はないのだとか。

外国人相手だからと適当な嘘を並べ立てられたことも少なくありませんが、その場合殆どは自己陶酔的な話しで、きょうの豚の飼育話には陶酔できる要素があるとは思えませんでした。カシューナッツや胡椒、ゴム栽培については「家で作ってないから知らない」とのことでした。農業の知識と単語を少々覚えたことで、ベトナムの若いお嬢さんとの話も弾むものだと知った一日でした。
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サデック工業団地

2008-04-25 04:12:53 | 工業団地
雨期入り前の暑い日が続きます。メコン河に沿って位置するビンロンやロンスエンの街の夕暮れも、すっかり暮れてしまえば蒸し暑さに包まれてしまいます。今週もまたメコンデルタの幾つかの工業団地を訪れました。

メコンデルタの工業団地は、ホーチミン市に隣接したロンアン省を除けば各省にそれぞれ3つほどでしかありません。どれもここ三年ほどの間に造られたもので、操業中の工場も少なくはありませんが、多くは造成途中の工業団地です。

メコンデルタでの水産養殖の拡大とWTOへの加盟がこれを促進しているのではないかと思います。メコン河に沿って造られた工業団地には「水産飼料」「家畜飼料」の社名が多く、また水路に沿った国道の脇では稚魚養殖の池が多く見られます。

サデック工業団地もその一つで、穀物メジャーのカーギル(CARGILL)社の看板がありました。ベトナム人の発音では「カーギュウ」と聞こえます。カーギュウと聞いているときは余り気にも留めませんでしたが、実際に建設予想図の入った看板を目にすると「世界の食料を支配するカーギルだぜ、遺伝子組み換えの穀物をばら撒いてる」との思いが湧いて来て、どうにも複雑な心境です。

国道沿いには「革命戦争慰霊碑」も目立ちます。来週は33回目のサイゴン解放記念日の4月30日を迎えます。何のために犠牲になったのか。などと考えることも必要なのかも知れません。慰霊碑を建てることが残された人間の義務ではなく、何のための戦争であったのかを捉え返して現在と未来の指針を導くのでなければ意味がないように思えました。

昨日は、二年振りでロンスエンの街に泊まりました。夕食の後、車の後輪がパンク。自動車のパンクは20数年振りの経験です。運転手がスペアタイヤを外すのに手間取っていました。ロンスエン・ホテルも新装され、この街も来る度に発展し小奇麗になっています。しかし、気のせいか、それに反比例するかのようにこの地方都市での人との触れ合いが疎遠になって行くようにも感じてしまいした。



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海の塩で美しくなる

2008-04-22 03:29:15 | 農業・食品
仕事帰りにスーパーに寄り「海の塩」をあと2・3kg買って帰ろうとしたところ、既に陳列棚には一つもなく、その代わりに手工業製の黄色い砂糖の塊を見つけて買ってしまいました。市場に行けば無造作にむき出しのまま置かれて、蝿などが集っていたりもしてるのでちょっと気が引けるものがありますが、流石にスーパーでは包装されていました。メコンデルタのアンザン省で産と書かれてます。日本に持ち帰って、誰が食べてくれるかが不安にもなりますが。

「海の塩」は何処で買えるのだろうか、とネットで検索してみたところ、google VNや新聞記事を検索しても「Muối biển làm đẹp」 海の塩で肌が美しくなるとか、美容健康に海の塩だとか、海の塩のスパとかの記事ばかり。

そんな記事を読む人々と海岸での製塩の重労働に従事する人々の落差に思いを馳せながら、今年はぜひ塩田を見に行かねば、と決意したところです。ちょうどベトナム通信社の写真サイトに塩田作業風景の写真があったので拝借しました。
http://vietnam.vnanet.vn/Internet/vi-VN/43/1/Default.aspx

塩の価格も上昇しているせいで、今は塩田面積も拡大しているようです。もっとも塩に限らず、ベトナムの農産物すべてと同様に問題なのが生産原価。WTO加盟によってますますこの問題が重要になっているとのこと。低賃金なのに高コスト、を如何にして高賃金低コストに転換させていけるのか、ということなのでしょうけど。

塩田労働に従事する労働者は7万人ほどだそうです。昨年は前年度比20%増の92万6千トンの生産。キロ当たり20円としても一人当たりの生産高は26万5千円。

一方、工業生産の塩は13.8万トンを輸入している現状だそうで、今年度は国内生産を昨年度の50%増とし、42万トンの計画とのこと。果たしてベトナムの製塩も砂糖同様に工場生産品が手工業製品を凌駕する状況を迎えてしまうのでしょうか?

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みやげ物リスト

2008-04-20 01:49:27 | 生活
午後に寄る所があったので土曜日ですが自転車じゃ腹が減るのでバイクにしよう、と思ったところ何時の間にか後輪がパンクしてて愕然。修理店まで押して行く途中で床屋の新人の女の子に出会い「何してるの」?と声を掛けられ、二言三言ことばを交わして多少気も晴れた朝でした。

中部クアンチ出身の彼女は、如何にも貧しい農村で育ったという栄養失調体型のままで、腕も手首と変わらぬ位の細さです。今の職場は女性も体重60kg以下はせいぜい一人か二人しかいないと思える驚くべき集団。毎日「飽食ベトナム」に疎外感を味わされているだけに、彼女の貧弱さには同志的連帯感が生まれて心が落ち着きます。

帰国便のスケジュールと料金を問い合わせたところ、非情にも全日空の1ヶ月オープンは1013ドルと1000ドルを超えていました。VN航空だと930ドルほどで済みそうなのでもうANAは止めようかと思いつつ、何れにしても来週はチケット代獲得闘争を展開し、その結果次第というところです。

やっとどうにか円も少し下がったので、円を買いに行きました。前回は10万円を買うのに16百万ドンでお釣りが数千ドンの硬貨だけでしたが、今回は5万ドン札3枚。それだけで天然塩が22.7kg分。少々得をした気になってコープマートに寄り、土産物を物色して来ました。

黒胡椒(粒)50g 6,200d
白胡椒(粒)50g 7,900d
胡椒ミックス(粉)50g 6,400d
小豆 500g 18.000d
黒豆 300g(日本の黒豆と違い小粒です)7,000d
緑豆 300g 9,200d
黒胡麻 200g 14,900d
もち米(Nep Toc) 1kg 21,400d
もち米(Nep Ngong) 1kg 14,700d
ライスペーパー(小)100g 3,200d
ビーフン(小)75g 3,700d

金曜日の夜便に乗るつもりなので、明日が最後の日曜日。他のスーパーや市場も覗いてこようかと思ってます。




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魚養殖は儲かるのか

2008-04-19 22:02:52 | 農業・食品
ドル・レートは何故かベトナム・ドンに対して16.000ドンを回復し、週末のベトコンバンクでは16,110ドン。そのためか養殖魚(Ca Tra)の輸出価格は、やっと上昇し、冷凍工場へ売却する魚の出荷価格も14,000ドンを回復して15,000ドンを超えつつあるようです。

それに連れて水産輸出会社の株も多少回復の兆しは見せているものの、どうにも悲しいほど低迷を続けているのがアンザン省水産輸出入会社(AGF)です。ベトナム株価全体が急落したとは言え、AGF(アジフィッシュ)は昨年5月の高値13万ドンから奈落の底へ。昨日の株価は3.59万ドンでこの一年間に半値どころか27.6%になってしまいました。それでも外国人保有率制限の49%一杯まで外国人に買われている状況は変わりません。前年度比で資産額は倍近くになっているのに1割以上の減益ですから評価が落ちて当然ではありますが。他の水産銘柄も軒並み株価収益率は10倍以下のお買い得価格です。

と、いうことはメコンデルタの水産輸出会社には将来性がない、ということなのでしょうか?昨年の養殖Tra魚輸出は10億ドル。今年は12億ドルに達する見込みだそうです。水産物輸出は、原油、繊維・衣料、履物に告ぐ輸出金額で、農産物輸出総額は原油を上回ります。その中で特にこの間の伸び率が高いのがメコンデルタを中心とするTra魚の養殖輸出。天然水産資源は減少するばかりですから養殖によってしか水産品の増加は困難です。

5年前の統計では養殖比率は数量べースで35%ほどしか占めてませんでしたが、以降毎年20%増大したとするとこの比率は昨年にも50%を超えたのではないでしょうか。Tra魚の養殖は約6ヶ月。その間、餌を与え続けねばならないため資金を必要とする経営です。出荷魚1kg当たり必要とされる飼料は約2kg。しかも加工工場に売られた魚は半分がアラとなり製品となるフィレは1/2の500g。資源効率から言えば1/4。

飼料原料も60%~90%の比率で輸入品が使われているようですから、水産品輸出を増やすためには輸入も増大します。主な飼料原料は、大豆粕、魚粉、骨肉粉、米ぬか、キャッサバ、プリメックス、アミノ酸など。飼料工場でペレット状に加工されます。この飼料原料価格は国際価格ですから、この間の値上がりが激しく利益を圧縮する要因となっています。

従ってベトナム通貨に対するドル・レートが戻ったくらいでは済まない状況であることは間違いありません。一方で輸出先数量はBSE問題の牛肉離れ以降の状況下で日々増大を続け、日本、北米、EUに続きロシア、南米へと市場を拡大しています。



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第2カントー橋

2008-04-17 01:35:59 | 交通
先週、何年か振りでカントーのフェリーで渡りました。カントー橋の工事も再開されたと聞きましたが、フェリーの上からは少し距離があり、様子は分かりません。昨年9月26日の崩落事故から既に半年以上が経過し、それでも事故調査委員会の最終報告は提出されていません。工事が再開された以上事故原因なり問題点は解明された上でのこと、と思うのですが、それが公表されないのは何故なのでしょう。それが日越政府間の政治的決着の内容というものなのか、などと思うと気分が沈みます。

この橋から河を40kmほど遡った地点に第2カントー橋を作る計画だそうです。ビンロンからサデックを通り、アンザン省ロンスエン手前のトットノットに至る高速道路に連結する橋だそうです。大きな中州があるため橋の長さはカントー橋以上かも知れません。メコン河の中洲の多くは自動車が通れる道路がなく、サイゴンから車で行く時は不便を感じます。また、同時にこの中州では水産養殖が多く営まれてもいて、池の中の魚は耐え難い密度であるに違いなくても、広々とした地上の空間は人間には長閑です。不便さはあっても自動車の通らない空間は、何処かゆったりとした気にさせてくれます。自動車とTVと携帯電話、それにバイクもなかったら仕事をするには困りますが、温泉に浸かったような解放感があることは間違いなさそう。

道路が整備され、橋が完成することの経済的効果は疑うべくもありません。農産物の輸送コストは農民の収入にも直結する問題です。しかし事故の犠牲者にとっては話は別。設計上のミスがあったのか、下請け業者の手抜き工事によるものなのか、あるいは別の原因なのか。これから更に幾つもの橋が建設されるというのに事故原因が究明されぬままで済まされる問題ではありません。大成建設の役員の処分だとか、外務省による「カントー橋崩落事故再発防止検討会議」の開催で日本側の責任が果たされたものとは思えません。

ビンロンやロンスエンの街ではスーパーや銀行の新しい建物に驚きました。ビンロンのコープマートはサイゴンの店舗より大きく、かつての鶴ヶ島のダイエーほどの敷地面積。15年前に初めてビンロンを訪れた時の記憶からは想像できない光景です。鶴ヶ島のダイエーは消滅し、ビンロンのスーパーには夜の8時を過ぎても人の群れ。経済成長を上回る物価上昇で購買力が落ちてる、というのも全体としては確かなのでしょうけど、にも拘らず購買力を持った層が急増しているわけで、北部の農村部の地方都市とも異なる印象でした。
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ココナツ・ミルク

2008-04-15 02:57:04 | 農業・食品
先週だったか日本へのお土産にとスーパーで買ったココナツミルクのパウダーも表示を見ると生産地はベンチェと記されてました。こんなもの買って果たして日本で使って貰えるのだろうか?と不安がないわけでもありません。ベトナム料理にはココナッツミルクが入っているものが少なくないようですが、カレーなどはどうも甘く感じて今一つしっくりしません。

しかし、塩を何キロも持って帰るのは重たいし、ココナッツミルクの一袋250gという軽さは魅力的です。それに日本では希少価値かとも思いネットで調べてみると結構販売されているようで少しガッカリ。情報も交通も進んだ今日では僕の思い付くことなど時代遅れということなのでしょう。もっとも楽天のサイトで販売されていたタイ産の「ココナツクリーム・パウダー」は60g210円。MAXIMARKで買ったのが250gで7900ドン(50円)なので価格優位性は十分あるようです。

何に使えば美味しく食べられるのか、が問題です。お菓子類が無難なところだと思うのですが、自分でお菓子を作る人にしか利用価値がないので渡せる人は限られそう。ベトナム・スイーツのChèには入ってそうなので、お汁粉やお萩に入れてみようかと思います。と、いうことなら小豆も買って帰るべきなのかも。

世界的な農産物・食品価格高騰の今日、ベトナム農産物をコンテナに詰め込んで帰り、ベトナム特産品フェアでも開催したいところです。が、そんな才覚もないので重いスーツケースを引きずるしかありません。となると気になるのはグラム単価。

一番軽そうなのは胡椒です。何しろかつては金と同じグラム単価だった時代もあったほどですから。16世紀(?)に始まる商業の時代には、これでポルトガルやオランダ船はボロ儲けをしたのだとか。

今やベトナムの胡椒輸出は、世界シェアの50%を占める第一位。昨年は数量は減ったものの品質が向上して輸出価格は増大。そのせいかフーコック島では作付け面積を2倍に拡大する予定で、またH君もバンメトートに買った100haの土地に植林し、三年後にその木を支柱にして胡椒を栽培する計画のようです。

因みにベトナムは、米はタイに次ぐ世界2位
コーヒーはブラジルに次ぐ第2位
カシューナッツはインドに次ぐ第2位
天然ゴムはタイ、インドネシア、マレーシアに次いで第4位
の農産物輸出国です。

追伸、ということで世界に冠たるベトナム胡椒をご希望の方は黒胡椒白胡椒の別、挽いたもの挽いてないものの別を明記の上メール下さい。肉料理には黒胡椒、魚料理には白胡椒が合うそうです。
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メコンデルタの輸出産業

2008-04-13 17:14:08 | 工業団地
ベンチェ省は面積2315平方km人口130万人。沖縄と同じくらいだと思います。埼玉県に住んでいたせいで、100万そこそこの人口を少ないと感じてしまいますが、鳥取や島根に比べればそうとも言えず、全国64の省・直轄市というのもそれなりの合理性があるのかも知れないと思うようになりました。

隣接するティエンザン省やビンロン省の省都と比べるとベンチェの省都TX.Bến Treは商業の発展が感じられず貧弱です。国道60号線が整備され、省の行政機関の庁舎街だけは他の地方同様に威厳を誇るかのようですが、周りの農村風景、人々の生活からは遊離した如何にも行政主導の街作りと言った感じでガッカリさせられます。

ベンチェと言えば、椰子の実。フェリー近くの土産物店にはココナツ・キャンディーやココナツ・煎餅が並んでいます。ココナツは飲料としてココナツ・ジュースがサイゴンのスーパーでも7000ドンほどて売られていますが、多くは胚乳のココナツ・ミルクが油脂として加工食品、化粧品等の原料となるようです。実の外側を包む繊維質部分はココナツ・ファイバーとしてカーペットや自動車シートの内材にも使われ、また殻の固い部分はココナッツ活性炭としてそれぞれ輸出されます。

ベンチェ省の耕作面積中4万へクタールがこのココナツ栽培で、水産養殖も4万ヘクタール。各種果樹は4万ヘクタール弱だそうです。その他、米作、砂糖黍、野菜類ということになるようです。もう少し正確な数値を調べようと省統計局に立ち寄るつもりでしたが、計画投資局で長らく待たされてる間にすっかり忘れてしまいました。

たぶん、米や果実の作付け面積は年々減少し、輸出用の作物が増えているのだろうと思います。輸出の伸び率から見れば水産養殖が顕著のようです。海に面してもいるため貝や海老の養殖も盛んで、同時に魚養殖用の立地にも恵まれています。

資本金50億円のベンチェ水産株式会社の昨年度利益は2.5億円。メコンデルタ各水産会社の投資計画を見る限り養殖面積は急増中です。養殖が増えると同時に必要とされるのが飼料で、おそらく養殖出荷額の70%ほどが飼料代ではないでしょうか。

そんなわけでメコンデルタの国道1号線には飼料会社の広告看板が目立ちます。ベンチェ工業団地への最大投資も鶏肉加工輸出で名を馳せるタイのCPグループによるもので、12.4haの用地に4500万ドルを投資し飼料工場を設立する予定です。

画像は、立ち寄ったカントーの飼料工場。一日50万トンの生産能力でCPグループの工場の20分の1以下です。メコン河から養殖飼料の原料となるキャッサバを荷揚げしていました。
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ベンチェのフェリー

2008-04-12 21:18:40 | 交通
木・金曜日の二日間、仕事でメコンデルタのベンチェ、ミトー、ビンロン、トットノット、ロンスエンに行って来ました。先週は電池切れで写せなかったラクミュウ橋も今回はフェリーの上からどうにか。完成は予定より遅れるそうですが、この橋が完成すればミトーから10分程度でベンチェの街に着くことができるようになります。そして何よりも建設中のGiao LongとAn Hiepの二つの工業団地の利便性を高めることが期待されているのかも知れません。

この写真で見る限り大して長い橋にも見えませんが、左側(ベンチェ方面)には二つの島(中洲)があるためで、ここの前江(Sông Tiền)の河幅はかなりのもので、後江(Sông Hậu)のカントー橋部分と同等かそれ以上ではないか、と先週Kさんが話してました。

晴れ渡って日差しは強いのですが、河を渡る風に吹かれて水面を眺めるのは気分が良いものです。四百年ほど前にはこの河を日本の朱印船がカンボジアへと向かい、或いはジャワからオランダ船がJapanse Revierと記された地図を見ながら航行した河だ-との感慨も湧いて来るのは未だ開発が進んでいない景色だからなのでしょう。新幹線で関が原を通過しても別にどうもありませんでしたから。

フェリーを待つ時間は長くありません。何台ものフェリーが次々に到着するからで、それだけに橋が完成した後にこのフェリーがどうなるのか?などとも思ってしまいます。Kさんは「また別の場所へ行くんだよ。このフェリーだってデンマークから来たんだから」とのこと。なるほど言われたようにフェリーの船体には「VIỆT-ĐAN」の文字が記され、ベトナムとデンマークの国旗も画かれてました。

経済発展の度合いに応じて、車の通行量が増えればフェリーが必要とされるわけで、世界経済の発展が未開発地域を次々と飲み込んで行くに従いフェリーにも次の活躍の場が提供されるとのことのようです。
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海の塩(Muối Biển)

2008-04-06 01:46:15 | 農業・食品
MAXIMARKの食料品の棚に天然塩を見つけました。NATURAL CRYSTALLIZED SEA-SALTと英文でも印字されています。「カィンホア省ホンコイ村の塩」を買って来るようにとのリクエストを思い出しました。

昨年は仕事で何度かニャチャンに足を運んだので多分また行く機会はあるに違いない、と思っていたわけですが今回の店仕舞いでそれもなくなり「塩」のことはすっかり忘れてました。仕事でなくてもニャチャンなら遊びに行っても好いし、との思いも何処かにあり、ややそれを期待していた気配もないとは言えません。

ニャチャンに遊びに行こう、とのお誘いがなかったわけではなく、塩探しを口実に・・・と鼻の下を伸ばしたり。ニャチャンは、かつてベトナム戦争の最中には前線を離れて米兵が束の間の休暇を過ごすリゾートだったようです。個人的にはニャチャンの海岸には興味はありませんが、余り旅行をする機会のない人々にとっては今でもダラットと並ぶ憧れのリゾート。「じゃあ、今度一緒にニャチャンに行こう」という話は何度も違う相手と交わしたもののまだ一度も実行したことはありませんでした。

結局のところその機会はなく、ホンコイ村を探すことも断念。この塩のパッケージにはホンコイ村とは書いてありませんが、日本に帰って「これがホンコイ村の塩」だと言えば受け取る側はそんな気にもなってくれるでしょうか。

しかし価格は日本語のサイトに掲載された通販のホンコイ村の塩(500g472円)とは格段の差で1キロ6,600ドン(41円)でした。かつて韓国へキムチを漬けるためにベトナムから輸出してる知り合いがいましたが、phの数値が厳しく天然塩であれば良いというものでもないと聞きました。ホンコイ村の塩が特別どうであるのかは知りません。

敵に塩を送る、という話はベトナムにもあって、明朝支配への抵抗闘争を続けたレ・ロイが長引くゲリラ闘争で疲弊し切って停戦を結んだレ軍へ明軍が魚牛馬塩を贈ったそうです。1423年のことですから日本は室町時代。

そんなこともあってのことでしょうか、「中国の降参した将兵を帰国させるに際し、同胞の仇を報いるため、これを殲滅せよと周囲の者が勧めたが、レロイは、これを許さず、かえって舟五百余艘、馬数千匹を給してこれを安全に故国に帰らせた」そうです。

当時カィンホアはチャンパの地。ここで製塩が行われていたかどうかは知りません。それでも何となくこの同じ塩の結晶を何千年にもわたって人々が食べ歴史を織り成してき来たのだ、という気がしてきます。それが、昨年来値上がりしたとは言え、6600ドン/kgでは悲しいものがあります。古新聞を売っても2500ドン/kgだというのに。
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