GOVAP便り

プノンペンからモンドルキリに、その前はTAY NINH省--AN GING省--HCM市GO VAP

モンドルキリの電気料金値下げ

2014-07-29 20:09:24 | 生活

電気料金の請求書が届き、何と今月は11kWhで11,550リエル(295円)。いつもは2万リエル札で支払い若干のお釣りを貰っていたので不思議に思い請求書を見直すと単価が1050リエルに値下げになっていました。確か今までは1,300リエルだった筈。ところが先月の請求書も単価は1,050リエルと記されており、1,300リエルは3月分まででした。しかし不思議なことに4月、5月は使用量が月18kWhと増えていたため値下げに気付かなかったようです。しかも4月は2日間、5月は5日間ほど不在にしていてその間ブレーカーも落としていたので前後の月より使用量が多いというのはとても不思議。とにかく、検針メータが不正確であることは確かのようです。

2年前のプノンペン生活では7月の電気使用量は147kWhで30ドルの支払いになっていました。プノンペンの電力料金は770リエル/kWhの筈ですが、アパートなので大家が徴収するレートはやや高めの設定。エアコンは殆ど使わず、しかし扇風機は回しっぱなしで冷蔵庫とTV、温水シャワーがあったのが今との違い。それで10倍も違ってしまうというのが腑に落ちませんが、冷蔵庫とTVと温水シャワーの無い生活を送れば電気料金は1/10になるようです。もっとも、冷蔵庫がないため今は3日に2度ほど氷を買っているわけで、この氷代が月7.5ドルで電気料金の倍以上になってしまっています。

家賃を含めプノンペンでの2年前の生活費は月1,000ドル程度になっていました。それが今は半分以下に。物価水準はプノンペンより高めですが「高級品」はじめ生活必需品も十分ではないというのはある意味有難いことなのかも知れません。不便さは多くのことを知る切っ掛けにもなるし、「消費することによってしかアイデンティティを確認できない」現代社会の病とは無縁な生活でもあるようです。

とは言え、近所の就学前の悪童連中は他人の庭に植えられた果物を盗むだけでは飽き足らず、ほぼ毎日500リエル札を握りしめて駄菓子屋に通っています。お菓子を食べたい気持ちはこの歳になっても同じなので文句を言う筋合いではないのかも知れませんが、買い食いさせる親はやはり問題かと思っています。時折、親しげに近寄ってくる子供が「500リエル頂戴」などと言うことが此処でもあります。

子供にとってのお菓子は、青年層にとってのIponeやサムスンのスマートフォン同様この地域における資本主義の先兵であるかのようです。幕末か明治の初期、ヨーロッパのビスケット工場を視察した日本人がビスケット生産による膨大な利益に驚いたとかの話を何処かで読んだ記憶があります。もしかすると裕福な家庭の子供は母親の焼いたクッキーを食べ、時間のない貧しい母親は子供に工場生産のビスケットを与えていたのかも。

明日から出掛けるのできょうは自炊を止め夕食にハンバーガーとフライドチキンを買いに泥だらけの長靴を履いて行きました。店の前でバイクを止めるとカローラがすぐ横に止まり、降りて来たのは黒のミニスカートに水色の制服を着た電力公社の窓口壌でした。電力公社の料金徴収窓口には若い二人の女性が座っていて毎回愛想が良く、当初は口座振替が出来ないことに不満でしたが、二人の女性の応対はそんなことを忘れさせるものがあります。毎度怒鳴りたくなるベトナムの公共企業などの窓口とは大違い。

彼女が何故プノンペンナンバーのカローラに乗ってフライドチキンを買いに来たのか声を掛けて聞いてみようかとも思いましたが・・・フライドチキンを待っている間、スマートフォンで一心不乱に携帯メールを打っていました。もしかして政府高官のご息女でコネ入社?などとも考えてみましたが、だったらモンドルキリ勤務はなさそうだし、以前知り合ったお役人のご息女はフランス留学していたことでもあり普通の裕福な家のご息女なのかも知れません。

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ネズミの歯形

2014-07-28 14:53:30 | 動物・昆虫

一週間ほど前に可愛げのない隣家の猫を追い払って出入り禁止としたところ、早々にネズミが住み着くようになりました。天井裏をドタバタ駆け回る音が聞こえチョロチョロ姿も現します。石鹸を齧り、天井から吊るした果物入れの籠の中のバナナを食べられました。インスタントラーメンの入った段ボールも見事に齧って穴が開いています。隣家の猫は餌を与えるようになってから盗み食いをすることはなくなったわけですが、ネズミは盗み食い専門なので気が抜けません。

ベトナムに居た時には寝ていると顔の上を走られたりもしたので、やはりネズミはちょっと恐怖の対象。そこで昨日、庭に来ていた隣家の猫を呼び寄せ、ベトナム製のイワシのトマトソース煮缶詰を与えてご機嫌を取りました。モンドルキリの市場では魚はナマズ目のものばかりで海産魚は見掛けません。その代わりにこの缶詰は何処の雑貨店の店頭でも見掛けるものです。缶には「Mackerel」と表示されてますが、サバではなくイワシのようです。片面にはタイ語(たぶん)表記、片面はベトナム語表記です。

    

猫の餌の準備も面倒ですが、ネズミの恐怖よりはまだ許容範囲内かと。猫は夕方も遣って来て足元をウロチョロし、餌を与えるまで諦めません。しかし食べ終わると挨拶も無しにサッサと帰宅。それでもネズミの姿はなくなり一安心。ところが安心して石鹸箱に蓋をせず、テーブルの上にバナナを置きっぱなしにしたのは大間違いで、今朝気付くと両方ともネズミに齧られていました。

パッションフルーツは次々と花が咲き、実も生るのですが熟れる前に近所の悪童たちに採られてしまいます。当然ながら食べられる部分が少ないので採っては彼方此方に投げ捨てる始末。お蔭で最近は近所のクソガキ共を怒鳴り散らすようになってしまいました。それでも葉に隠れて熟れた実を幾つか採って部屋に置いといたところ、その熟したパッションフルーツの実まで見事にネズミに食べられてしまいました。桟と壁の間に針金を張り、そこから針金で籠を吊るして置いたのにネズミは綱渡りも得意のようです。

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赤いドラゴンフルーツ

2014-07-22 20:24:50 | 植物

昨夜は少々疲れて夜8時に寝たところ夜中の2時前に雨音で目が覚めてしまいました。1時間ほどパソコンに向かってから再び寝て気が付くと朝7時。かなりの雨だったようで屋根からの雨だれで家の周りは池状態になっていまいた。スウェーデンのマンションでは洗濯は一週間分まとめて共同のコインランドリーみたいな処でするそうですが、たぶん年間500㎜程度と少ない降水量のせいなのでしょう。此処では今月だけでスウェーデンの一年分位の雨量になるのかも知れません。水が豊富なこの時期、水道料金も気にせずにふんだんに井戸水を使えるわけですが乾かすのが大変。きょうは洗濯物干し用の支柱にしてあった柱が蟻に喰われて2本とも根元から折れてしまいました。

雨上がりの朝は水気を含んだ土が柔らかく鍬を入れるのも楽です。しかし、草と草の根を取り除くのは一苦労。息が上がってしまい10分ほどしか持続しませんが気分転換にはなります。きょうは、隣家のご主人に呼び止められ採りたてのドラゴンフルーツを一つ貰いました。ベトナムではレストランなどでデザートにしばしば出される果物です。キウイから水分と糖分を取ったような果物との印象でしたがここ暫くは食べていませんでした。午後になり果物よりは「柿ピー」や「リッツ」などのお菓子を食べたい気分でしたが買い置きもないので仕方なく貰ったドラゴンフルーツを切ってみました。すると驚くことに果肉が真っ赤。果肉は白いものとばかり思っていたのですが。

隣家の畑を見るまでドラゴンフルーツがサボテンの果実とは知らずにいたのですが、赤い果肉のドラゴンフルーツも初めて食べました。白い果肉のものと味は大して変わりませんが、少し糖分などが多めのように感じました。食べてから改めて隣のドラゴンフルーツの畑を見て来ました。

      

      

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台風9号トンキン湾へ

2014-07-18 20:45:45 | 天気

今朝はこの夏一番の冷え込みで温度計を見ると23度C。パンを買いにバイクで出掛けるのに半袖では寒いので、日本から持って来たフリースをスーツケースから取り出して着ることになりました。時折、厚手のジャンバーを着てバイクに乗っている人の姿も目にします。たぶん早朝からバイクに乗っているからのようです。雨が降ること間違いなしの空模様だったので道が濡れる前にと7時前にパン屋に向かい、金・土・日3日分のパンを買いました。さすがに3日目の日曜日に食べる時には固くなってしまうのですが、週3回しか焼かないので仕方ありません。

午前中は薄日が差すこともあり、隣のオバサンは洗濯物を木の枝や境の鉄条網に広げていました。昼食に出掛けて食べてる最中に雨は降り始め、強風に煽られて激しくトタン屋根を叩き付けていました。小降りになるまで店で暫く待ったものの道が乾くまでは待てずに帰ったわけですが、坂の途中で見事に滑ってしまい、バイクが90度横を向いた状態で倒れかけたバイクに跨って足を着きました。倒れかけのバイクを必死に支えたものの足元が滑るので身動きが取れなくなってしまいました。バイクを一度倒してしまえば足元が悪いので再度引き起こすのは難しそう。しかし跨ったままで引き起こすことも出来ません。すると前方から車が来てしまいました。見覚えのある顔で挨拶程度の言葉は交わしたことのある近所の人でした。お蔭で窮地を逃れることが出来たのは幸いでした。

家に戻り観測用のバケツを測ると30㎜ほど雨水が溜っていました。一度止んだ雨はその後も断続的に続き、まるで台風の時の雨のような降り方です。隣の家の洗濯物はそのままの状態で雨に濡れていました。夜になって再びバケツに物差しを入れると水深80㎜。

マレーシア航空機撃墜の記事を探してCNNのサイトを見て初めて台風9号がフィリピンに大きな被害をもたらしたことを知りました。この台風9号は現在はトンキン湾にあるようで、ハノイに大雨をもたらすようです。このモンドルキリに降る雨が台風9号の直接的な影響でないことは風向きを見ても明らかなわけですが、しかし何処か関係があるのではないかと疑いたくなる雨です。

夕方には、さてコメを炊いて・・・と鍋を手にした途端に停電でした。ローソクを点けてコメを研ぎながら、何故この家の中には台所がなく、外にあったのかが分かったような気になりました。電気が無ければ外の方が明るいし、薪を燃やすには外の方が便利ということで電力を前提にしない家の建て方だったようです。

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庭のオタマジャクシ

2014-07-16 21:25:08 | 動物・昆虫

朝は鶏の鳴き声やラジオの音楽、あるいは草刈機のエンジンの音に目が覚める日々ですが、きょうは激しい雨音に起こされてしまいました。時計を見るとまだ5時半で薄暗く、屋根を伝わって落ちる滴が既に水溜りを作っていました。月・水・金曜日はパン屋が焼きたてのパンを売るので、週3回は朝起きるとパン屋に行くのが日課となっています。しかし雨水は家の前の道を削って流れているので、こんな強い雨の朝はパン屋まで歩いて行くことにしました。一生懸命歩けば20分の距離。気を抜いて歩けば25分ですが、往復するので50分。程よい運動とも言えそうですが、自動車の跳ね飛ばす水しぶきを避けたり、放し飼いの犬に吠えられたりしなければなりません。

今朝の雨は一時間ほどで一度上がり、しかし小雨が9時近くまで続きました。強い雨だと一時間で20-30mmほどの雨量になります。たぶん今月は500-600mmの雨量となるのでは・・・と推測してます。プノンペンで生活していた時は雨量など考えたこともなかったわけですが、たぶん今年のモンドルキリのような雨量ではなかったように感じています。

オタマジャクシを入れたポリバケツも雨水で水が増えました。見るものすべてに興味を示す鶏がポリバケツを覗いてましたが、突いてもオタマジャクシには届きそうもない深さです。人が近付いてもオタマジャクシは底に身を隠します。ところが一匹だけ水面近くを泳ぐのが居て、形や色からして小魚かと思いました。魚の卵が近くの沢から流されて来たのか?と思いカメラに収めて確認することにしました。

    

拡大してみるとヒレがないので魚ではなさそう。半透明の今まで見たことのない得体の知れない生物でした。これもまたオタマジャクシなのでしょうか?

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simを切ってマイクロsimカード

2014-07-13 22:00:13 | 買い物

雨は夜降り、昼間は晴れる日が続いているので昨日の朝、思い立ってベトナムのロクニンまで行ってスマホを買うことにしました。スマホなど無くても何とかなるには違いないのですが、ノートPC持って出歩くのは面倒だし、PCが壊れたとしてもスマホがあれば取り敢えず安心。壊れたHTC oneVは電波の受信が殆どできず基本的機能が果たせないもののWifiには繋がり、音楽を聞いたり懐中電灯代わりにはなっています。しかし、毎月カンボジのメットフォンとベトナムのモビフォンがそれぞれ3G通信分として5ドルと7万ドン引かれてしまうのが勿体ないような・・・。ちょうどHTCを買ってから2年も過ぎたことでもあるので然程の無駄遣いではないかも。

前夜降り続いた雨のため朝起きると道はドロドロだったので、陽が差して土が乾き始めた8時まで待って出掛けました。ガソリンスタンドに立ち寄ると価格表示は5,350リエル(136円)となっていたので2kmほど遠回りして4,800リエルの店まで行って給油しました。安い分だけ給油量が減らされているのではないか?との懸念を抱きつつ。サエンモノロムからKEO SEIMAまでの65㎞の山道を走るのも2ヵ月振りのことです。家を出る時には晴れていたのに山道は曇り空に覆われていて空気は冷たく、膝のプロテクターを付けていて正解でした。

1時間10分ほどでKEO SEIMAの町に着き、緑豆の甘味を1000リエルで食べながら一服。後は平坦な道路を走ってベトナムのホアルー国境ゲートを越えました。プノンペンまでの片道380㎞は日帰りは無理ですが、ベトナムのロクニンまでは片道150㎞ほどなので楽々日帰りできる距離です。

ロクニンの町には携帯電話の販売チェーン「The Gioi Di Dong」の店舗が国道沿いにあります。テーゾイジードンと言えば数年前、ホーチミン市のE-townビルのエレベータの中でかつてビエンホアの工場で働いていたTung君に偶然会ったことがありました。今はThe Gioi Di Dong社の財務責任者をしているとのことでした。確かに以前からしっかりした責任感のある仕事ぶりでしたから当然の身の振り方でもあり、また相応しい地位にあるようです。

ホーチミン市内の店舗とは違って流石にロクニンの店舗は品揃えが少なく、従業員ものんびりと自分の携帯を触って遊んでいました。それでも客が来ると一通りの接客はするものの下手糞なベトナム語を話すカンボジア在住日本人にはどう対応したら良いのか分からない様子。HTCのアンドロイド搭載機は使い勝手が悪かったし、4インチの画面も見難かったのでケースにあったウィンドウズフォーンのノキアLumia 625を買うことにしました。価格は4,590,000ドンなので2.2万円ほど。4.7インチの画面はかなり大きく感じました。これより大きいとポケットに入れるのが難しそう。

最近の携帯はマイクロsimカードに対応しているので今使っているsimが使えるかどうかが心配で店の人に訊ねたところ「使える」とのこと。OSやメーカーが変わるとまた慣れるまでが一苦労とは思いつつ取り敢えずネットに繋がれば用は足します。無事、ベトナム・モビフォーンの3G接続でグーグル画面が表示されることを確認して代金を支払い店を出ました。

さて、食品の買い出しへと思って市場へ行くもののホーチミン市のスーパーで売っているようなマヨネーズ、お酢、ハム、ベーコンなど欲しいものが見当たりません。市場はモンドルキリと大差ない・・・などと思っていると雨が降り出しました。雨脚は強まるばかりで、やっとのことでカフェに避難。1時間ほどカフェで雨宿りすることになりました。買ったばかりのスマホをいじる暇なく、「日本人と話をするのはこれが初めて」というウェイトレスの相手をすることに。そう言えばベトナムでは中国との対立のお蔭で親日ムードが広がっているとか最近の新聞にあったような・・・

雨が小降りになってから雨具を着てカフェを出て昼食に立ち寄り、再び国境を越えてモンドルキリに戻って来たのは4時半。途中、サエンモノロムの15㎞ほど手前で強い雨に降られましたが、サエンモノロムの道路は濡れてませんでした。家に着き、カンボジア・メットフォンのsimに交換しようとケースを外すと、何と入っていたモビフォンのsimは小さく切られてマイクロsimの大きさになっていました。

カンボジア・メットフォンのsimはどうすれば使えるのか?メットフォンの店に行き「マイクロsimに交換して貰えますか」?と聞くとsimは標準サイズのものしかないそうで、マイクロsimにするには切れば良いのよ、とやや大きめのホッチキスのような器具を取り出しました。力を入れて押せばマイクロsimの大きさに切断できるものです。合理的と言えば合理的ではありますが、失敗してズレて切れちゃったらどうするの?と思ってしまうのは日本人的発想なのでしょうか?

家に持ち帰り、simを入れ替えると無事カンボジア・メットフォンの3G接続が確認でき、一安心。Lumia625は日本語表示も言語設定メニューの中にあるので使っていたHTCよりもかなり便利です。日本語入力はダウンロードしないと使えませんが、取敢えずはこれで十分です。

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オタマジャクシとアリ

2014-07-11 21:51:27 | 動物・昆虫

きのう、きょうと二日連続で雨が降らない日が続きました。そうと事前に分かっていればベトナムまで買い出しにでも行ったのに、などと思ってしまいます。昼間は30℃位まで気温が上がりましたが扇風機を回すほどの暑さではありません。夕方になって吹く風が冷たかったびは近くで雨が降ったせいでしょうか。

乾期の頃に落ち葉を集め腐葉土を作ろうとして4つほど穴を掘ってシートを被せました。ところがシートの上に雨水が溜るようになり、落ち葉は圧縮されて場所によってはプール状態となってしまいました。ボウフラが湧いて蚊が増えるのも困りもの・・・とは思っていたものの腐葉土が出来そうもないと解ってしまうと手を汚してシートの片づけをする気力もなくきょうまで来てしまいました。

      

このシートの上に溜った雨水を時々牛や鶏、犬や猫も飲んでいます。しかし、この水飲み場が無くなっても彼らは他に本来の水飲み場がある筈。シートを剥がすと雨水はシートの下にも大量に流れ込んでいたらしく枯葉や土は湿っていました。落ち葉は発酵した気配はなく、もっぱら蟻などに食べられていた様子。見ると流した水の中にオタマジャクシがいました。流した水は地面に吸い込まれ、土の上のオタマジャクシは次第に身動きできない状態になって行きます。折角卵から孵ったのに・・・と思うと子供心が蘇り、バケツに水を汲んでその中に入れてみることにしました。何処かの沢に放しに行こうか、手足が出るまで観察しようか・・・などと思いつつ。カエルもまた人間にとっては摂取可能な貴重なタンパク質でもあることだし。

シマキンパラが枯草を運んで庭のジャックフルーツの木に巣を作っています。そんな姿を見たせいでか、オタマジャクシの命も無駄にしたくないような気になったみたいです。ところが、部屋に戻って壁を見ると蟻が運んだ土が板の隙間から溢れていました。朽ちた木などを食べる蟻がこの辺には多いようで、この家の木材もかなり蟻に食われてしまっているので2月だったかにベトナムに行ってやや強烈な殺虫剤を買って散布しました。それからは暫く部屋の中に土が積もることもなかったのですが。

外に出て家の周りを見ると蟻はさほど多くはなく、それでも家の土台のレンガの隙間などに水で希釈した殺虫剤を流し込みました。しばらくして部屋に戻ると大量の蟻が部屋の壁を這っていました。夢にでも見てしまいそうな恐怖を伴う蟻の大群です。慌てて再び殺虫剤を希釈して部屋の中と外に散布しました。

      

助けたオタマジャクシの数はせいぜい数10匹ですが、殺虫剤によって殺した蟻の数は数千、あるいは数万以上になるようです。

 

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二日目のカレーライス

2014-07-10 22:05:39 | 生活

一昨日、いつもの食堂で食べていると店のオバサンが「明日から3日間休みだから」と教えてくれました。そうと理解するまでかなり時間が掛かってしまいましたが。プノンペンに出掛ける用事があるようです。娘の話では田舎はコンポンチャムだそうで、モンドルキリに来てからそう長い年月ではない様子。店は坂の途中にあり、凹凸も多くバイクを停めるのがとても不便。店を出る際に二度も転倒したことがあり、20年も若ければ格好悪くてもう通いたくない、などと思う店だったかも知れません。お蔭で店のオバサンは店にバイクが出入りし易いように気を遣ってくれるわけですが、そんな時には他の客が一斉に顔をこちらに向けるので、「この日本人、ここで2回も転倒したのよ・・・」などと喋ってるのではないか?と疑っています。

そんな訳でなるべく客も他のバイクも少なくなる12時半過ぎに行くようにしています。時折、デザートの果物なども出してくれるのですが、他の客には出さないので少し後ろめたさを感じたりも。この日もアボカドに砂糖を付けて食べてたオバサンが自分にも勧めるので「アボカドは家にたくさんあるので・・」と断りました。すると「日本の家に」?と問われてしまいました。

亭主はいつもPCの前に座って動画を観ています。この日はニュースのような画面が映し出され、デモ隊と警察官が激しくもみ合っている画像が流れていました。黄色い袈裟の僧侶の姿も見えるのでカンボジアかタイか、と思いつつ眺めていると他の人々も画面の前に集まり出し「プノンペンのベトナム大使館前」とのこと。気になったので後でネットで調べてみることにしました。

http://www.thecambodiaherald.com/cambodia/detail/1?page=11&token=OTUwYjcxMGE4NWE

ヒットしたのがこの記事。ベトナムのスポークスマンが、「カンプチア・クロム(低地カンボジア=現在のベトナム・メコンデルタ地方)はフランス植民地時代よりはるか以前からベトナムに属していた」と発言したことに抗議し、謝罪を求めるデモだったようです。プノンペン市当局はこのデモの届出に対してベトナムとの二国間関係に及ぼす影響や公共交通に障害があるとの理由で許可しなかったため「無届デモ」となり、警官や治安部隊の規制となったようです。

ベトナムで暮らし、それなりにベトナムのメコンデルタ開拓史などに触れた身には、このスポークスマンの発言が謝罪を要求されるに価するものとは到底思えますせん。そもそもフランスがメコンデルタを割譲させたのはベトナムからであり、カンボジアがフランスの保護国となるのはもっと後のことですから、カンボジアがカンプチア・クロムを失ったのが1949年という主張には無理があるように思えるのですが・・・・

さて、3日間食堂が休みでは面倒でも自炊するしかありません。で、一番楽な方法としてカレーライスを数日分作ることに決定。ところが日本から持って来た「SBとろけるカレー10皿分辛口」の最後の箱を開けると残っていたのは5皿分の半分で2.5皿分しかありませんでした。5皿分の材料で2.5皿分のルウで間に合わすことが可能か?に挑戦することに。具材をできるだけ小さめに切って入れたところ、そこそこ問題なく4回に分けて食べられました。

冷蔵庫があれば問題ないことですが、この雨期の湿度で果たしてどれだけ常温保存が可能かが気になります。昼に作って翌日の夕食までは問題ありませんでした。流石にカレーライスの連続だけでは悲しいのでサラダだけは変化を付け、きょうの夕食時はニンジン、大根、アボカド入りのサラダにしました。

果物は買っても余って腐らせてしまうことが多かったのですが、ミキサーでジュースにしたりサラダに入れるようにしてからは腐らせることもなくなりました。庭の3本のアボカドの木は実が残るのは1本のみ。ジャックフルーツの実も後2つしか残っておらず、少々寂しくなりました。タイ製のミニトマトの種を発芽させてみましたが、実が生るかどうかは分かりません。

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モンドルキリで散髪

2014-07-08 20:21:28 | 生活

朝になると雨は上がり、晴れ間もあるものの昼飯を食べに行こうとすると雨が降り始めます。土曜日には家を出た途端に雨が降り始めたお蔭で濡れた服を着て食堂に座りました。昨日一昨日は諦めて自炊。きょうはコメを炊くのが面倒に感じ合羽を着て食堂に向かいました。雨の中をバイクで走るのも舗装路であれば大して苦ではありませんが、泥の坂道をタイヤを滑らせながら走るのにはそれなりの覚悟が必要。そんなわけで時折、タイヤにチェーンを巻いたバイクなども見掛けます。

    

食堂から家に帰る途中の道に最近床屋が一軒開店しました。モンドルキリに来てからは一度も地元の床屋へ行ったことはなく、プノンペンかベトナムに行った時に散髪していました。しかし、この2ヵ月間は雨が多いこともあってバイクで遠出する気にはなれずにいます。ベトナムのロクニンへは150㎞ほどですが、バスがありません。HTCのスマホも壊れて2ヵ月が経ち、ベトナムかプノンペンへ買いに行きたいとは思いつつ。情けないことに、ベトナムとカンボジアで其々3Gの契約をしてあるので使わなくても料金が毎月引かれてしまいます。この2か月間、どちらにも行かなかったお蔭で月間支出は家賃抜きだと150ドル、と日本だと煙草代程度で済んでしまいました。

いつ通りかかって見ても客の姿がないので入る気にならなかった床屋ですが、2ヵ月も経つと耳にかかる髪の毛も鬱陶しくなり、遂にバイクを止めて店に入りました。2ヵ月ぶりに見る鏡に映った自分の顔は随分と人相が悪く、今更ながら「こんな顔だったけー」と少々がっかり。家に鏡がないので日々の皮膚の老化現象を気にせずにいるわけですが・・・

カンボジアの散髪店にしてはかなり丁寧にカットに時間を掛けていました。丁寧が上手とが必ずしも一致しないのは残念。料金は2ドルでプノンペンと比べてやや高めかとの印象。たぶん20数年近くも前のことですが、カンボジアの床屋は全部がベトナム人との話を聞いたことがあります。貧しいベトナム人がハサミを持ってカンボジアの農村を散髪に回り、民家に泊めてもらう生活を続けていたとの話を聞いたこともありました。プノンペンで生活してみると、そんな時代もあったのか?と思うほどの変わり様でした。それでもこのモンドルキリの床屋はキエンザン省出身のベトナム人で、プノンペンに12年暮らして今年モンドルキリに越して来たそうです。毎日最低でも3人の客が来ないと月150ドルの家賃すら払えないわけですが暫くは赤字が続きそうな気配です。

きょうは昼時以外は午前午後とも比較的雨が止んでいる時間が長かったように感じます。それでも最近の雨は台風の時の雨のように強く風が吹き付けるので5月に続いて咲き始めたバラの花の一つを地面にひれ伏せさせてしまいました。折角咲いたバラの花が跳ね返る土に汚されるのは忍びなく、長い茎を切って部屋に飾りました。発芽させたマリーゴールドも地面に移植したところ枯れかけてしまったので再びペットポトルに戻しました。

    

夕方5時過ぎから降り出した雨は強く、ネイチャーロッジに向かう大型バスが家の前で立ち往生。乗客はバスを降り、傘を差して歩いて行きました。坂を上ることも出来ず、かと言って引き返すことも無理なのでこの雨ではたぶん一晩中此処に停めて置くしかないようです。2時間で50㎜ほどの雨です。明日の朝までには100㎜を超えるかもしれません。

    

 

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カンボジア人のギャンブル

2014-07-04 20:20:30 | 社会

ベトナムとの国際国境ゲート近くには何処でもカジノ・ホテルが立ち並び、プノンペンでは「ナーガ・ホテル」のカジノが多くの観光客を集めているようでした。ベトナム人の賭博好きはかなりのもので、サッカーのWカップが盛り上がるのも賭けの対象となっているからかと思えるほどです。地方では税収より宝くじ収益の方が多い省も少なくはない筈。旧正月には闘鶏やトランプ博打に明け暮れてるし。

それとの比較ではカンボジアでは宝くじもないし、公営ギャンブルというものを目にしません。旧正月などには市場などでトランプや双六などで賭ける姿はありました。プノンペンで生活していた頃には行きつけの食堂が土曜日になると満席の大繁盛でした。TVにはタイのキックボクシングが映し出され、ひっきりなしに歓声が上がります。リングには「ISUZU」文字があり、タイの何でこんなに盛り上がるんだ?と不思議に思いました。カンボジアのキックボクシングの試合中継もTVであるのに。が、紙幣を遣り取りする姿を見て納得。どういうシステムなのかは分かりませんが試合が賭けの対象となっていたわけです。

6月は昼食時に雨が降る日も多かったので暫く食堂へ通わず自炊してました。しかし自炊の貧弱なレパートリーは栄養不足になりかねないように思え再び食堂通いを復活。食堂のオバサンはてっきり日本に帰っていたものと誤解してましたが。食堂の向かいの家が改築中で、そのため食堂に机を一つ置いて向かいの家の女性が商売をしてました。客が来てお金を払い、引き換えにノートを切り取った紙片を持ち帰っています。何の商売なのかさっぱり分からず不思議に思っていたところ、先日机の上の紙を覗いたところ「Xo so TP.HCM」とか「Xo so Mien Bac」とかの文字が見え、ベトナム宝くじの当たり番号のような数字が並んでいました。

しかし、取り扱っている人はベトナム語も分からない様子。国境ゲート近くではベトナムの宝くじ売りが商売していることもありました。しかし、ここでは宝くじの現物はないので、単にベトナムの宝くじの当選番号を対象にした賭博みたいなものなのかも知れません。公然とこんな賭博行為が認められるのならいっそのこと宝くじ販売を許可した方が健全のような気もするのですが。

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