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GOVAP便り

プノンペンからモンドルキリに、その前はTAY NINH省--AN GING省--HCM市GO VAP

Go Vapのうどん屋

2016-04-11 20:32:51 | 生活

メコンデルタに一週間滞在し、ホーチミン市に戻りました。道を何度も間違えたのは記憶の衰えとともに道路事情が随分と変わったからでもあるようです。バイクの走行距離は一週間で1,000kmを超え、お尻の皮が剥けて痛い。以前住んでいたこのThong Nhat通りは相変わらずバイクの交通量が多く道を渡るのに躊躇してしまいます。よくもこんな所に暮らせたものだ・・・などと8年ほど前の自分を振り返ったりもしつつBun Bo Hueの美味しかった店へ足を向けると直ぐに「UDON」の看板が目に入りました。

お好み焼きやたこ焼きもメニューにありました。胃腸の調子が衰えた時には実に有難いものです。近くの小奇麗なベトナム麵の店よりも値段は高めで、うどん一杯4万ドン(200円)ほど。昨日Tra Vinhで食べたフーティウは15,000ドンでしたが、残さずに食べるのには辛さが伴うものでした。

スープの味はベトナム風で量も食事としては少な目でした。ここで暮らしていた時にこの店があったらさぞかし助かった筈です。手打ちの麵は自分的には十分美味しく、これより遥かに劣るものを日本食の店で食べた記憶もあります。伸ばした麵を定規を当ててカッターナイフで切っているところを見ると日本人オーナーの店ではなさそうだし、日本人客相手の立地でもありません。

これで果たして客は来るのだろうかと思っていると、二人の女性客が帰った直後、6人ほどの女子学生のグループがバイクで乗り付けました。たこ焼きのテイクアウトも女性客。何故女性受けしてるのかは分かりません。これも時代の変化=新しい流行というもののようです。


雨乞い

2014-08-26 22:43:12 | 生活

昨年12月に水タンクを買って設置している時に、大家さんが手製の雨樋を差して「雨期になったら雨水を集めて使うことができる」と言うのを聞いて、井戸の水があるのに何で雨水を貯めなければならないのか不思議に思いました。それに雨水より井戸水の方が何となく清潔な感じがしてました。それが今や雨水に頼る生活に一転し、毎日空を見上げては流れる雲を追い続けています。夕暮れ時に丘から眺める雲は刻々と姿を変え、陽の傾きが色を変えて行く様は楽しめます。

やっと一昨日、昨日と夜になってから雨が降るようになりました。雷光と雷鳴もかなりなものがあり、年間100人を超す落雷による死者があるのも不思議ではないと思えるほどです。もっとも1万4千平方キロの面積に7万人程度の人口というモンドルキリで落雷による犠牲者があったのかどうかは知りません。

今朝、水タンクの中を覗くとやっと半分を超える高さまで水が貯まっていました。他にバケツやタライに貯めた水が80Lほどあるので、これなら2・3日雨が降らなくても大丈夫そう。安心して洗濯と水浴びに使いました。それでも「貴重な水」との思いが残り、洗濯は40L 、水浴び20L、炊事40L、計一日100L以内で何とか生活してみようと思っています。そうすれば1,000Lタンク満杯で10日間持ちこたえることができます。

井戸から汲み上げるポンプを使わない分だけ電気料金も安く済みそうなわけですが、今月分の使用量は一週間ほど留守にしたた8kWhで8,400リエル(218円)でしかなく、来月分がこれよりも低くなるとは思えません。

隣の家には屋根から伝わる雨水をトタン板で受けて大きな甕に貯めています。朝起きるとこの甕の水を汲んで顔を洗う姿がありました。井戸があっても雨期は雨水を貯めて使うのがカンボジアの田舎暮らしでは普通の姿みたいです。

きょうは夕方4時過ぎから降り始め、断続的に10時過ぎまで降り続いています。先ほどタンクの蓋を開けてみると満杯になっていました。

    

タンクに流し込むホースが細いためか、雨樋で集めた水は大半が溢れて外に流れてしまうのですが、きょうは長時間降っているので貯まり易かったようです。

   

このタライは20Lほど。1時間半ほどで満杯になったものの重くて持ち運べません。降り始めに貯まる雨水は屋根に付着した塵が混じります。そのためタンクの底にも泥が貯まるようになってしまいました。それで、ベトナムのビエンホアの工場で貯水槽の清掃をした時のことを思い出しました。数十センチもの砂が溜っているのに驚きました。まるでドンナイ川から直接引き込んだ水であるかのように思えました。それと比べればこのタンクの泥など微々たるものです。


モンドルキリの電気料金値下げ

2014-07-29 20:09:24 | 生活

電気料金の請求書が届き、何と今月は11kWhで11,550リエル(295円)。いつもは2万リエル札で支払い若干のお釣りを貰っていたので不思議に思い請求書を見直すと単価が1050リエルに値下げになっていました。確か今までは1,300リエルだった筈。ところが先月の請求書も単価は1,050リエルと記されており、1,300リエルは3月分まででした。しかし不思議なことに4月、5月は使用量が月18kWhと増えていたため値下げに気付かなかったようです。しかも4月は2日間、5月は5日間ほど不在にしていてその間ブレーカーも落としていたので前後の月より使用量が多いというのはとても不思議。とにかく、検針メータが不正確であることは確かのようです。

2年前のプノンペン生活では7月の電気使用量は147kWhで30ドルの支払いになっていました。プノンペンの電力料金は770リエル/kWhの筈ですが、アパートなので大家が徴収するレートはやや高めの設定。エアコンは殆ど使わず、しかし扇風機は回しっぱなしで冷蔵庫とTV、温水シャワーがあったのが今との違い。それで10倍も違ってしまうというのが腑に落ちませんが、冷蔵庫とTVと温水シャワーの無い生活を送れば電気料金は1/10になるようです。もっとも、冷蔵庫がないため今は3日に2度ほど氷を買っているわけで、この氷代が月7.5ドルで電気料金の倍以上になってしまっています。

家賃を含めプノンペンでの2年前の生活費は月1,000ドル程度になっていました。それが今は半分以下に。物価水準はプノンペンより高めですが「高級品」はじめ生活必需品も十分ではないというのはある意味有難いことなのかも知れません。不便さは多くのことを知る切っ掛けにもなるし、「消費することによってしかアイデンティティを確認できない」現代社会の病とは無縁な生活でもあるようです。

とは言え、近所の就学前の悪童連中は他人の庭に植えられた果物を盗むだけでは飽き足らず、ほぼ毎日500リエル札を握りしめて駄菓子屋に通っています。お菓子を食べたい気持ちはこの歳になっても同じなので文句を言う筋合いではないのかも知れませんが、買い食いさせる親はやはり問題かと思っています。時折、親しげに近寄ってくる子供が「500リエル頂戴」などと言うことが此処でもあります。

子供にとってのお菓子は、青年層にとってのIponeやサムスンのスマートフォン同様この地域における資本主義の先兵であるかのようです。幕末か明治の初期、ヨーロッパのビスケット工場を視察した日本人がビスケット生産による膨大な利益に驚いたとかの話を何処かで読んだ記憶があります。もしかすると裕福な家庭の子供は母親の焼いたクッキーを食べ、時間のない貧しい母親は子供に工場生産のビスケットを与えていたのかも。

明日から出掛けるのできょうは自炊を止め夕食にハンバーガーとフライドチキンを買いに泥だらけの長靴を履いて行きました。店の前でバイクを止めるとカローラがすぐ横に止まり、降りて来たのは黒のミニスカートに水色の制服を着た電力公社の窓口壌でした。電力公社の料金徴収窓口には若い二人の女性が座っていて毎回愛想が良く、当初は口座振替が出来ないことに不満でしたが、二人の女性の応対はそんなことを忘れさせるものがあります。毎度怒鳴りたくなるベトナムの公共企業などの窓口とは大違い。

彼女が何故プノンペンナンバーのカローラに乗ってフライドチキンを買いに来たのか声を掛けて聞いてみようかとも思いましたが・・・フライドチキンを待っている間、スマートフォンで一心不乱に携帯メールを打っていました。もしかして政府高官のご息女でコネ入社?などとも考えてみましたが、だったらモンドルキリ勤務はなさそうだし、以前知り合ったお役人のご息女はフランス留学していたことでもあり普通の裕福な家のご息女なのかも知れません。


二日目のカレーライス

2014-07-10 22:05:39 | 生活

一昨日、いつもの食堂で食べていると店のオバサンが「明日から3日間休みだから」と教えてくれました。そうと理解するまでかなり時間が掛かってしまいましたが。プノンペンに出掛ける用事があるようです。娘の話では田舎はコンポンチャムだそうで、モンドルキリに来てからそう長い年月ではない様子。店は坂の途中にあり、凹凸も多くバイクを停めるのがとても不便。店を出る際に二度も転倒したことがあり、20年も若ければ格好悪くてもう通いたくない、などと思う店だったかも知れません。お蔭で店のオバサンは店にバイクが出入りし易いように気を遣ってくれるわけですが、そんな時には他の客が一斉に顔をこちらに向けるので、「この日本人、ここで2回も転倒したのよ・・・」などと喋ってるのではないか?と疑っています。

そんな訳でなるべく客も他のバイクも少なくなる12時半過ぎに行くようにしています。時折、デザートの果物なども出してくれるのですが、他の客には出さないので少し後ろめたさを感じたりも。この日もアボカドに砂糖を付けて食べてたオバサンが自分にも勧めるので「アボカドは家にたくさんあるので・・」と断りました。すると「日本の家に」?と問われてしまいました。

亭主はいつもPCの前に座って動画を観ています。この日はニュースのような画面が映し出され、デモ隊と警察官が激しくもみ合っている画像が流れていました。黄色い袈裟の僧侶の姿も見えるのでカンボジアかタイか、と思いつつ眺めていると他の人々も画面の前に集まり出し「プノンペンのベトナム大使館前」とのこと。気になったので後でネットで調べてみることにしました。

http://www.thecambodiaherald.com/cambodia/detail/1?page=11&token=OTUwYjcxMGE4NWE

ヒットしたのがこの記事。ベトナムのスポークスマンが、「カンプチア・クロム(低地カンボジア=現在のベトナム・メコンデルタ地方)はフランス植民地時代よりはるか以前からベトナムに属していた」と発言したことに抗議し、謝罪を求めるデモだったようです。プノンペン市当局はこのデモの届出に対してベトナムとの二国間関係に及ぼす影響や公共交通に障害があるとの理由で許可しなかったため「無届デモ」となり、警官や治安部隊の規制となったようです。

ベトナムで暮らし、それなりにベトナムのメコンデルタ開拓史などに触れた身には、このスポークスマンの発言が謝罪を要求されるに価するものとは到底思えますせん。そもそもフランスがメコンデルタを割譲させたのはベトナムからであり、カンボジアがフランスの保護国となるのはもっと後のことですから、カンボジアがカンプチア・クロムを失ったのが1949年という主張には無理があるように思えるのですが・・・・

さて、3日間食堂が休みでは面倒でも自炊するしかありません。で、一番楽な方法としてカレーライスを数日分作ることに決定。ところが日本から持って来た「SBとろけるカレー10皿分辛口」の最後の箱を開けると残っていたのは5皿分の半分で2.5皿分しかありませんでした。5皿分の材料で2.5皿分のルウで間に合わすことが可能か?に挑戦することに。具材をできるだけ小さめに切って入れたところ、そこそこ問題なく4回に分けて食べられました。

冷蔵庫があれば問題ないことですが、この雨期の湿度で果たしてどれだけ常温保存が可能かが気になります。昼に作って翌日の夕食までは問題ありませんでした。流石にカレーライスの連続だけでは悲しいのでサラダだけは変化を付け、きょうの夕食時はニンジン、大根、アボカド入りのサラダにしました。

果物は買っても余って腐らせてしまうことが多かったのですが、ミキサーでジュースにしたりサラダに入れるようにしてからは腐らせることもなくなりました。庭の3本のアボカドの木は実が残るのは1本のみ。ジャックフルーツの実も後2つしか残っておらず、少々寂しくなりました。タイ製のミニトマトの種を発芽させてみましたが、実が生るかどうかは分かりません。


モンドルキリで散髪

2014-07-08 20:21:28 | 生活

朝になると雨は上がり、晴れ間もあるものの昼飯を食べに行こうとすると雨が降り始めます。土曜日には家を出た途端に雨が降り始めたお蔭で濡れた服を着て食堂に座りました。昨日一昨日は諦めて自炊。きょうはコメを炊くのが面倒に感じ合羽を着て食堂に向かいました。雨の中をバイクで走るのも舗装路であれば大して苦ではありませんが、泥の坂道をタイヤを滑らせながら走るのにはそれなりの覚悟が必要。そんなわけで時折、タイヤにチェーンを巻いたバイクなども見掛けます。

    

食堂から家に帰る途中の道に最近床屋が一軒開店しました。モンドルキリに来てからは一度も地元の床屋へ行ったことはなく、プノンペンかベトナムに行った時に散髪していました。しかし、この2ヵ月間は雨が多いこともあってバイクで遠出する気にはなれずにいます。ベトナムのロクニンへは150㎞ほどですが、バスがありません。HTCのスマホも壊れて2ヵ月が経ち、ベトナムかプノンペンへ買いに行きたいとは思いつつ。情けないことに、ベトナムとカンボジアで其々3Gの契約をしてあるので使わなくても料金が毎月引かれてしまいます。この2か月間、どちらにも行かなかったお蔭で月間支出は家賃抜きだと150ドル、と日本だと煙草代程度で済んでしまいました。

いつ通りかかって見ても客の姿がないので入る気にならなかった床屋ですが、2ヵ月も経つと耳にかかる髪の毛も鬱陶しくなり、遂にバイクを止めて店に入りました。2ヵ月ぶりに見る鏡に映った自分の顔は随分と人相が悪く、今更ながら「こんな顔だったけー」と少々がっかり。家に鏡がないので日々の皮膚の老化現象を気にせずにいるわけですが・・・

カンボジアの散髪店にしてはかなり丁寧にカットに時間を掛けていました。丁寧が上手とが必ずしも一致しないのは残念。料金は2ドルでプノンペンと比べてやや高めかとの印象。たぶん20数年近くも前のことですが、カンボジアの床屋は全部がベトナム人との話を聞いたことがあります。貧しいベトナム人がハサミを持ってカンボジアの農村を散髪に回り、民家に泊めてもらう生活を続けていたとの話を聞いたこともありました。プノンペンで生活してみると、そんな時代もあったのか?と思うほどの変わり様でした。それでもこのモンドルキリの床屋はキエンザン省出身のベトナム人で、プノンペンに12年暮らして今年モンドルキリに越して来たそうです。毎日最低でも3人の客が来ないと月150ドルの家賃すら払えないわけですが暫くは赤字が続きそうな気配です。

きょうは昼時以外は午前午後とも比較的雨が止んでいる時間が長かったように感じます。それでも最近の雨は台風の時の雨のように強く風が吹き付けるので5月に続いて咲き始めたバラの花の一つを地面にひれ伏せさせてしまいました。折角咲いたバラの花が跳ね返る土に汚されるのは忍びなく、長い茎を切って部屋に飾りました。発芽させたマリーゴールドも地面に移植したところ枯れかけてしまったので再びペットポトルに戻しました。

    

夕方5時過ぎから降り出した雨は強く、ネイチャーロッジに向かう大型バスが家の前で立ち往生。乗客はバスを降り、傘を差して歩いて行きました。坂を上ることも出来ず、かと言って引き返すことも無理なのでこの雨ではたぶん一晩中此処に停めて置くしかないようです。2時間で50㎜ほどの雨です。明日の朝までには100㎜を超えるかもしれません。

    

 


ご近所付き合い

2014-07-02 21:52:42 | 生活

7月になった途端、鬱陶しい曇り空から夏らしい空に変わりました。昨日の昼から晴れ始め、きょうも一日中青空が見えました。草刈機を動かすにも泥が撥ねない分だけズボンの汚れもだいぶ少なくなります。汗まみれになるのは雲っていても同じこと。ここ暫くはコーラや缶コーヒーを飲まずにいたのに気温が上がるとやはり冷たい飲み物が欲しくなります。

向かいの家と右隣の家は空き家でしたが、最近になって人が住むようになり何かと鬱陶しくなりました。歌謡曲だかディスコサウンドやらの低音が気に障るほど家の中まで響くのは以前からでしたが、向かいの家では日産のピックアップトラックが出入りする度にカーステレオを日本の暴走族並のボリュームアップで流しているので騒音の頻度も高まる一方。丘に登ってのんびり野鳥観察をしている時にこの手の四輪車が土埃をを上げて疾走するのには腹立たしいものがあるわけで、こんな風景には耕運機や軽四輪こそが相応しい筈などと思ってしまいます。

道路を挟んだ向かいの3軒は何れも自動車が置かれ、ベトナムではかなりの所得水準の家庭でないと四輪車を保有できないのとは事情が異なるようです。家族単位で生活しているのでしょうが、人の出入りが多く家族構成がよくわかりません。犬や猫が何処の家で飼われているものなのか分からないのと同様。

右隣に住み始めた家族も朝夕は多くの人間が集まり、4人の未就学男児とその母親らしき女性以外は家族なのかどうか不明です。引っ越してきた早々の夕方、左隣の家の居候が男を連れて来て「スマホの充電させてくれ」とのこと。日頃の態度を不愉快に思っているだけに「冗談じゃないよ。自分の所で充電させてやれば良いだろ・・・」と日本語で答えたわけですが、伝わるはずもなく、渋々と引き受けてしまいました。すると翌日からは毎日数回充電しに来るようになってしまいました。しかも小さな子供に持って来させるので「いい加減にしてくれよ」とも言えず、まぁ大した電気消費量でもないし、お隣さんとの関係だから・・・と思うようにしました。すると遂に子供が電気コードを持って家に入って来てコンセントを指差しています。

「まぁ、一度だけは仕方ないか・・・」とコンセントに繋ぎました。「子供を遣って」というのが何とも腹立たしく、3時間ほどでコンセントからプラグを抜くと照明が消えたからなのでしょう、「あー」という落胆の声が聞こえて来ました。

      

自分の畑を持ち自ら身体を動かして作物を育てて生計を立てている農民と、そうではない人々の間には随分と違いがあるようにも感じます。久しぶりに気持ちの良い空が広がった今日の夕方、丘を上ると野鳥たちも気持ち良さそうに飛び交っていました。

    

復活した沢にはシオカラトンボが来ていました。丘の連なる風景を眺めながら深呼吸すると煙草を吸いたいとの欲求も起きません。多少不便でも電線も来てないような場所に住めばもっと静かな生活が送れるのでしょうけど。


筋肉痛

2014-06-27 21:09:41 | 生活

日曜日以降ほぼ毎日草刈が日課となってしまいました。機械を使っている割には作業は捗らず、刈残しが気になって仕方ありません。隣の家では確か2日間ほどで終えていたのに。バイクのヘルメットを被っての作業姿を目にするので真似をして自分もヘルメット着用で作業をしています。小石が飛んで目にでも当たったら後悔しきれないものがありそうだし、それよりも現実的には土が飛んで顔に降りかかるのを防がねばなりません。靴もズボンも泥と草がびっしりとふりかかります。その上、背負ったエンジンの排気ガスが上着の背中にこびり付き、シミとなって洗っても落ちませんでした。

したがって、草刈機の作業をするたびに洗濯が大変。撥ねた泥だけでなく汗もビッショリなので下着も替えねばならないわけです。雨期で気温は低めではあるものの兎に角手で刈る以上に草刈機は重労働で腕の痛みを堪えつつ、ヘルメットの中を汗が流れ落ちてもジッと我慢。腕力の衰えに気付かされ、ふと自分の腕を握ってみると驚くほどの細さになっていました。流石にこれはヤバイと思い、誰だったかが「鍛えれば80才でも筋肉は付くんだって・・・」などと言っていた言葉を思い出し、一念発起して腕立て伏せを始めました。しかし、またまた驚くことに10回がやっと。10回ですら途中で息を整えねばなりません。仕方がない、10回でも一日に10回繰り返せば100回になる。と決意したものの最初はどうにか10回できたのに回を追うごとに回数が減っていきます。

とうとう今朝は胸の筋肉痛が酷くなり、3回も続けられませんでした。老いるということはこういうことなのか・・・などとしみじみ思うわけですが、そう実感できる環境に居ることは幸せなのかも知れません。

草刈の最中にも隣の鶏が遣って来て虫をつついています。びっしりと生えた草の根元には大量の水分が溜っていて蚊を含め様々な昆虫の住処となっているようです。そのため草刈機のプレートが虫の胴体を粉砕し、その破片が飛び散って服にこびり付いたりもします。犬や猫の糞もあることだしやはり風防付きのヘルメットは必需品のよう。

腐葉土作りは挫折しました。熱帯樹の葉は腐葉土にはならないようです。それでも少しは花や野菜など植えようかと草を剥がして小さな畑作りを始めたのですが、鶏が来て蹴り散らかしてくれるので何一つ発芽しませんでした。ペットボトルを切って苗床にして発芽させたところ、それもまた鶏が引っこ抜いてしまいました。

      

5月の始めに咲いたバラの木がまた咲きました。その隣にマリーゴールドを植えるつもりなのですが・・・

   

1年も経たないのに庭に遣って来る犬の顔ぶれも随分と変わりました。近所の飼い犬のようなのですが、勝手に入って来る割には懐くことは滅多になかったのですが、この雄犬だけは警戒心を見せず近寄って来ました。犬の家畜化の起源は中国で食用のためだった、との説もあるようです。次々と姿を消して行く近所の犬たちは鶏同様に食用とされているのでしょうか?


猫と野鳥と牛と鶏

2014-06-19 21:43:23 | 生活

きょうは久しぶりに夕方、停電がありました。さあ、夕飯の支度を始めて間もない6時前でした。外はまだ明るさが残るものの雨空で部屋の中を照らすほどの明るさではありませんでした。蝋燭を灯し、片手に懐中電灯機能のスマホを持って包丁を使うのはかなり厄介。それでも大した料理を作るわけでもないので何とか40分ほどで無事完了。と同時に電気が復旧しました。きょうも雷鳴は聞こえず、比較的静かな雨が降っています。AccuWeatherの天気予報では相変わらず「6時間に2回程度の雷雨」となっていますが。

雨が小降りになったのか、隣の猫が入って来ました。テーブルの上に並べた料理を狙う気配はなく、しかし部屋の中をウロチョロしているので空腹を訴えていることは判りました。一昨日の昼間にも家に来て、その時は以前盗み食いしたインスタントラーメンを与えても見向きもせず、元気なく佇んでいたので具合でも悪いのか、と心配していたところです。

    

何時もなら食べるものを食べればさっさと家に帰るか、あるいは無理矢理追い出してるのですが、その日は夜になってもベッドの上から離れようとしませんでした。仕方なく裏の戸を少し開けたまま自分も眠ってしまいました。

一雨毎に草が伸びる季節となり、しかもこのところ雨の降らない日がないので毎日草刈をしても間に合わない状況になってしまいました。庭の広さは14m×50mで700平米ほど。約200坪なので一日に10坪弱刈れば一ヶ月で完了、などと計算してはみたものの蚊に刺される上に中国製の安物剪定ばさみ(刈込ばさみ)は2本とも壊れていまい、とうとうギブアップです。この時期でも草の穂が実るのは意外でした。その草の穂をシマキンパラが来て食べていました。草を刈らずにいて気付くこともあるようです。

草が多いというのは牛の放牧には好都合のようで、ここでは先住民族のブノン族だけではなく、他州から来たクメール族やイスラム・チャンパ族の人々も牛を飼って放牧させています。庭に植えられたキャッサバは、低い葉が近所の牛に食べられてしまうせいか茎が高く伸びてしまい、屋根より高く聳えています。昨日は隣から鉄条網越しに牛がポリバケツの蓋に溜った雨水を飲んでいました。

    

モンドルキリ州の人口は現在7万人ほどかと思います。牛の数が人口より多いかどうかは知りませんが、鶏は間違いなく人口以上。隣の家で何羽の雌鶏を飼っているのかは知りませんが、ヒヨコを連れた雌鶏を見ない時期がありません。鶏肉の自家消費分としては多すぎる数のように思えるのですが・・・

危険を察知して逃げる時は羽を使って10mほどは飛んでいますが、蝶などの舞う昆虫を捕まえようとする時は羽根は広げずにジャンプしています。木の枝に止まる時には羽根を使うのでちょっと不思議。生ごみ捨て場用の穴に土を被せておいたところ、腐葉土になる前に虫が湧き、その虫を探して鶏が突つくので再び穴になってしまいました。発砲スチロールまでも食べているのには驚きました。最近は腐って落ちたジャックフルーツの果肉をほじくり出して食べています。

    

隣の猫にフライドチキンの骨を与えた時などは、猫が食い散らかすことを知っているようで、砕けた骨片が落ちるのを待ち構えていました。


「千年に一度のチャンスを逃した」ベトナム

2014-05-23 20:38:19 | 生活

一昨日のサッカー女子アジアカップの5位決定戦でタイがベトナムを2-1で下し、ワールドカップの出場権を得たました。ベトナムで開催されているアジアカップの試合は以前から観に行くつもりでトンニャット・スタジアム近くのホテルなどもチェックしたのですが、風邪を引いてしまい気管支炎が長引いているので断念。ベトナムのTV中継をビデオ化してネットに掲載されたものを観ていました。この5位決定戦は開催地でもあり、ベトナム有利と思っていたところ、恐らく期待も含めベトナム人の多くが同じように考えていたようですが、その期待は打ち砕かれてしまいました。翌日の新聞スポーツ欄では「ベトナム女子ワールドカップの切符を失う」の見出しや「千年に一度のチャンスを逃す」などとの表現が使われていました。

幾らなんでも「千年に一度はオーバーだろ・・・」などと思いつつ読んだのですが、日本語に訳せば「千載一遇のチャンスを逃す」であって、特別大げさとも言えません。ベトナムも日本も同じ漢字文化圏の国なのだと改めて思い知らされました。「tuoi tre」紙だったか「Vietnam Express」だったかでは「何故オーストラリア女子は世界的レベルにあるのか」?などと言う記事もあり、オーストラリアの女子サッカー事情なども紹介されていて、もし来年カナダで開催されるワールドカップにベトナムが出場権を得られたら・・・と思うと残念な気がして来ます。何しろ子供の頃からズボン生活のベトナム女性です。国民的レベルでの蹴りの強さは世界にも類がないほどかと。

昨日の準決勝日本-中国戦は早々にサイトに「中国を下し、日本決勝に進む」と記事が載ったもののオーストラリ-韓国戦は記事が見当たりませんでした。南シナ海での中国との衝突が繰り返されるこの時期、ベトナム国民の圧倒的多数がその感情を日本の勝利というより中国の敗北を強く望んで試合を観戦していたようです。

    

漢字文化圏の中心である中国の政府は、ベトナム政府の中国批判演説に対し「中国の顔に泥を塗った」と非難したと伝えられています。1979年の「懲罰戦争」との言い分にも違和感がありましたが、これまた如何にも宗主国意識を引きずった言い方に聞こえてしまいます。

言葉を時代と共に変化するそうで、「万歳」なども元々は「皇帝満歳」として使われたものが日本では明治天皇に対する「満歳」となり、戦時において兵士を送り出す「万歳」や選挙に勝利しての「万歳」へと変遷を遂げているようです。それでも皇帝の長久を祝い願うという語源は君が代の歌詞と通じるものがあり、どうも抵抗感が残ります。スポーツの試合で自国のナショナルチームが勝つことは感情として嬉しいものがあります。しかし、だからと言って「万歳」と叫ぶのは別問題などと思うこの頃。


共同井戸

2014-03-24 21:49:40 | 生活

昨日、サエンモノロムの滝を見た後で、あまり人が来そうもない観光地化されていない滝を探しに行きました。グーグル・アースに「Recpoc bras waterfall」と書かれた滝の画像が載っています。水の流量もサエンモノロムの滝より多く、もっと雄大な感じがします。30分ほどバイクを走らせれば着きそうな距離に思えました。

途中までは一度走ったことのある道路で、アップダウンが多い道幅は広い未舗装路です。道路は森の中へと進み、すると轍が深くて少々緊張しました。四輪車が走って出来た轍で、窪みには落葉が溜っていました。傾斜地の落ち葉はスルスルと滑ります。落ち葉の下の土はカチカチに固く、落ち葉はサラサラと風に吹かれて流されてしまいます。熱帯土壌では腐葉土は形成され難いみたいです。すれ違う車やバイクもなく暫く進みましたが、此処でコケても誰も助けには来てくれないだろうな・・・と臆病風に吹かれ早々に引き返すことにしました。

    

森を抜けて丘を上がった所で一休みし、スマホのグーグル・アースを開いて位置を確認しようと試みましたが開けませんでした。3Gの電波は届いているようでしたが。帰り道も森の中は前後の傾斜に加えて道が左右方向にも傾斜しているカ所では緊張します。登坂でギアの選択を間違え、慌ててギアチェンジしようとしてギアが入らず後ずさりして転倒・・・なんてことも思い出したり。

無事に森を抜けて平坦な道に戻るとほっと一安心。一軒だけあった店のクーラーボックスを開けてコーラを買いました。

    

店の隣に共同井戸がありました。World Mate Foundationと書かれたプレートが飾られていました。

    

次々とバイクが着き、ポリタンクに水を汲み入れていました。洗濯をしていた女の子は水汲みの男の子に譲って他の女の子とおしゃべり。中学生か高校生くらいの年頃でした。

    

    

丘の上は西日が真横から当たるため影がとても長く伸びていました。結局、滝には辿り着きませんでした。GPSデータを確認するとだいぶ行き過ぎたようです。次回、改めてもう一度探しに行くつもりです。