GOVAP便り

プノンペンからモンドルキリに、その前はTAY NINH省--AN GING省--HCM市GO VAP

プノンペン着

2014-10-18 21:27:24 | 交通

日々東北の風が強くなり雨が降らなくなったモンドルキリからプノンペンに戻りました。1,000リットルタンクも底を着くほど雨が降らなくなってしまいましたが、天気予報によれば日曜日からは再び雷雨続きとなるようなので土曜日の今日バイクを走らせることに。今までは引っ越しをする時にご近所などに挨拶などしたことなかったのに、今回は何故か彼方此方に挨拶してから去ることにしました。一様に「で、次はいつ戻って来るのか」?と聞かれ、「戻る予定はない」と言うのに何処か後ろめたさを感じてしまいました。濃い付き合いはなかったのに、小さな町ではそれでも人が去るというのは寂しさが付きまとうもののようです。

右膝が痛むようになった直後に左膝を怪我して今回は無事プノンペンまで無事にたどり着けるか不安でした。やはり一年も暮らすとそれなりに荷物も増えスーツケースをバイクに積むことに。わざわざ日本に持ち帰るほどのものはないのでPCとデジカメだけにして後は全部置いて行こうか、とも迷いましたが。

早朝にバイクで山道を下ると空気が冷たいのでフリースでも着ないと・・・と思っていたところ、今朝起きて時計を見ると既に8時。雲り空のため時間を間違えてしまいました。出発した9時には気温も上がっていてフリースも不要。スーツケースを載せるためシートの上に木材で荷台を作って取り付けたものの固定してないので徐々に前へと滑って来てしまい、座席がだんだんと窮屈になりました。ゴム紐を強く引いて止めれば良いとは思いつつ、見るとゴム紐自体が既に切れ掛かった状態にありました。念のためにと、針金とペンチも持って来ましたが下手に手を加えた方がリスクが高そうなので触らないことに。

久しぶりにバイクで走る爽快感を味わいつつも、やはりバイクにスーツケースを括り付け、バッグを前に抱えて走る姿は異様に映るのか振り返る人は少なくありませんでした。昼食は持参したパンと缶コーヒーのみ。その程度であれば途中で眠くなることもありません。コンポンチャム州のメモット付近から雲が多くなりましたが、雨が降ることはありませんでした。

    

国道7号線を折れ8号に結ぶ道路では田圃の脇で網を打つ人の姿がありました。じっと水面を見つめたままでシャッターチャンスは訪れませんでした。

    

停めたい場所でバイクを停め、休みたい時間に休めるのがやはりバイク乗りの醍醐味です。8号線に出ると水牛と一緒に泳いでる子供たちが見えました。男の子は水牛の背中に立ち、後ろ宙返りで水に飛び込んでいました。

    

コメント

KIM SENG エキスプレスバス

2014-08-10 12:04:05 | 交通

先週、夏休みで日本から親しい友人が来ることになり、プノンペンの空港まで迎えに行きました。自分もその期間を夏休みとして過ごすつもりで予定し、ケップ海岸やアンコールワット見学を一緒に回ってのんびりしたいと思っていたのですが、モンドルキリにも行きたいとの希望なのでケップ海岸は諦めることに。モンドルキリに来るとなると問題は交通手段で、一日一回あるSRYAバスでは片道約10時間、往復で丸2日間潰れてしまいます。

サエンモノロムの町でExpress Busの看板を何度か見たことがるので店に寄って話を聞きました。何とプノンペンまで5時間から5時間半で着くのだとか。このバスなら朝便でモンドルキリに行き、翌日の午後便でプノンペンに戻ることにすればモンドルキリで丸24時間過ごすことが可能です。15人乗りのフォード製ミニバスですが、380㎞を2度の10分休憩を含めて5時間とすると平均時速76㎞以上ということに。制限速度は最大でも60㎞/hの筈ですが・・・

とにかくこのミニバスならば当日の朝モンドルキリを出発しても4時50分プノンペン空港着のVN便の出迎えにも余裕で間に合います。料金は片道10ドルなのでバイクのガソリン代と変わりません。家からバスの発着所まで1.5㎞ほど歩かねばならないのが唯一の面倒かも。早々に予約して席を確保しました。

プノンペンに向かう当日の朝、発着所の店主からは3度も電話がありました。7時30分発の便なので15分前に着くように家を出たものの生憎の雨で足元が滑り着いたのは出発5分前でした。高速道路を走っているかのようなスピードで霧の山道を下り、120㎞ほど走ったスヌウルの休憩所まで約1時間半。コンポンチャム州メモットを過ぎ国道8号へのバイパス道路の手前で2度目の休憩。これまた1時間半ほどでした。そして残りの区間は2時間ほどで計5時間でプノンペン着。バイクで8時間掛けて走ることを思えば至って楽ちんでした。国道8号を走るのでコンポンチャム経由より30㎞ほど短くなり片道350㎞ほどのようです。8号からメコン河を渡って辿り着いた国道6号はだいぶ拡張工事が進み、それなりのスピードを出せるようになっていました。

プノンペンの発着所はst.217近くのオリンピックスタジアム付近で最近移転したようです。以前はセントラルマーケットの近くだったとか。バスチケットに発着所の住所は記載されていましたが、クメール語なのでお手上げ。プノンペンの発着所に向かうにはトゥクトゥクのドライバーにチケットの地図を見せるしかありませんでした。

このミニバスに乗ればプノンペンへの買い出しも然程面倒ではなさそうです。今回、イオンモールで日本の食材を少しだけ買いましたが、持ち運びが面倒なので来月にもまた行かなければならくなりそう。イオンのプライベートブランド加工食品が思ったより多いのでかなり助かります。しかし、近隣諸国からの輸入食材はラッキー・ストアやペンシル・ストアと比べてもかなり貧弱でした。

コメント

モンドルキリからサイゴン300km

2014-04-06 22:47:49 | 交通

モンドルキリからプノンペンまで380㎞。しかしベトナム国境を越えてホーチミン市までだと300㎞とちょっと短め。物価も安いし商品も豊富なので次からは買い出しはHCM市へ・・・などとも思っていたところ、用事が出来てHCM市に行くことになりました。いざ行くとなるとやはり面倒に思え、バスでプノンペンへ行って一泊、翌朝HCM市行きのバスに乗ろうか、とも考えましたがそれだと時間も無駄だし費用も倍にはなりそう。結局バイクでHCM市まで行って来ました。

この間、バイクでベトナムのホアルー国境を越えることには慣れたもののカンボジア・ナンバーのバイクでHCM市内を走るのには躊躇します。それであれこれ策を練ったわけですが、Loc Ninhでベトナム・ナンバーのバイクに乗り換えるのが安全策だし時間も無駄になりません。ベトナムでのバイクの調達とカンボジアから乗ってきたバイクの保管が保証できるかどうかが問題でしたが、どうにかとりあえずはクリアしました。

バイクでHCM市内を走るのは久しぶりのことで、道路の変わり様には戸惑いました。それ以前に道路の記憶がだいぶ不確かになってしまってました。ホアルー国境ゲートを越えると国道13号線ですから、それをそのまま南下すればHCM市に着く筈。そう思って気楽に走れるつもりが、ビンフック省の13号線を走るのはこれが最初で、Loc NinhからBinh Longまでの区間がほぼ工事中の砂利道だったのは予想外で、埃は被るし胃袋も揺すぶられて散々。Binh Duong省に入ると見覚えのある景色が多いとは言え、ロッテマートやMETORO、イオンモールなどの建物は今回見るのが初めてで、気分は完全にカンボジアの田舎から出て来たお上りさんでした。

    

カンボジア・ベトナム国境の周辺ではカシューナッツの集荷や天日干しの風景がありました。路上に干されたキャッサバは独特の臭いを発しますが、カシュ―ナッツの天日干しもカシューの実の発酵した臭いが強烈です。

Binh Duong省はかつてゴム林だった土地が工業団地に変わっているわけですが、今は13号線沿線ではBinh Phuoc省にも工業団地が建設されていました。それでも圧倒的にゴム林が多いことには変わりありません。

きょう、HCM市からの帰りに立ち寄ったカフェにもゴムの苗木が並べてありました。井戸から電気ポンプで汲み上げた水がスプリンクラーで苗木に降り注いでいました。

    

まだBinh Phuoc省Chon Thanhの周辺では雨が降らないのでしょうか?モンシロチョウが舞っている姿はサエンモノロムと変わりありません。Loc Ninhでは同じように雨が降り始めたそうです。しかし、HCM市ではまだ雨は降らないとのこと。

サエンモノロムから国境まで3時間。国境からHCM市まで3時間で計6時間のつもりが、食事と休憩時間を含めて7時間の行程となりました。HCM市のスーパーで買い出しも余裕がなく慌ただしく帰って来ました。4時頃になると雨が降り始め、ちょうどKaev Seimaの町だったので店で休憩して30分ほど雨が上がるのを待ちました。子供たちが歓声を上げ裸になって天然のシャワーを浴びながらはしゃいでいました。

コメント

外国ナンバーのバイク

2014-03-09 21:33:38 | 交通

週末、バイクの修理や買い物をしにプノンペンに行って来ました。バイク修理に関してはベトナムで散々な目に遭ったことでもあり、知らない店にはできるだけ頼まないようにしています。それ以前にプノンペンでないとコミュニケーションすらとれません。モンドルキリではパーツの入手も困難みたいです。再び片道360㎞を埃を被りながら往復するのかと思うと億劫でしたが、昨年10月から5,000㎞ほど走ったのでオイル交換も必要な時期でした。以前のAX-1もそうでしたが、このヤマハ・セロー225も修理を重ねる毎に調子は良くなります。たぶん長い時間乗らずに置かれたままだったからではないかと思います。

プノンペン市街以外は信号がないので、燃費はリッター40㎞ほど。9リッターのタンクなので満タンにすればプノンペンまで走れる計算です。しかし計算外のことが起きると悲惨なので200㎞程度で補給しています。昼食の他に1時間に1度のペースで休憩し、朝7時出発で3時プノンぺン到着。雨期になったらこの計算も成り立たなくなりそうで、どうしよう。

今回もまたプノンペンまで残り8㎞の国道8号線で昼食を取り、再び走り出してセンターラインを越えて追い抜きをする対向車にイラつきながら走っていると、後ろから大型バイクに次々と追い抜かれました。こちらは70km/hほどでこれ以上は風に負けそうな感じでした、というより燃費が落ちるのが心配でもあるわけですが、アルミ製のケースを後部の左右に取り付けたバイクの一団は軽々と走り去って行きました。みなさん1,000ccを超えるバイクのようで、見るとベトナムのナンバーでした。

カンボジアでは750ccを超える大型バイクも珍しくありませんが、ベトナムでは免許を取ることすら未だ大変の筈。それに価格は関税等々で少なくても日本価格の2倍はするのでは?今のベトナムはそういう時代なのか・・・などと驚きました。

モンドルキリでもベトナム・ナンバーのバイクを見掛けることはしばしば。しかし、多くはこんな感じで国境を越えて商品を運ぶ姿です。マットレスを運べるならサンヨー・ベトナム(今はハイアールですが)の冷蔵庫を一台運ぶのも出来そう・・・と思って見てました。

    

2年前、プレアビヒアに行く途中の食堂でドイツ・ナンバーを付けたバイクを見て驚きましたが、その後プノンペンでインド・ナンバーの日本製バイクを目撃。そして今回はバイク修理の帰り道に横浜・戸塚区の原付ナンバーを付けたバイクが止まってました。

    

盗難バイクがナンバーを付けたまま渡って来たのか、ファッションのつもりなのかは分かりません。バイクは日本製には見えませんでしたが。ベトナムではチャウドックの市場近くの路上でナンバープレートを売っていましたが、ベトナムのナンバープレートでした。

コメント

ホアルー国境ゲートからロクニンへ

2014-01-23 00:25:17 | 交通

昨日、国道76線を南西に下りスヌウルの手前74号線を南に折れ、ベトナムとの国境を通過してビンフック省ロクニンまで行って来ました。ベトナムの銀行に立ち寄らねばならない事情があったわけですが、モンドルキリから日本人が通過できる一番近い国境ゲートはこのロクニン県のHoa Lu International boader gate(カンボジア側はクラチェ州のTrapaing Sre Boader gate) になります。モンドルキリ州と接するベトナム国境ゲートは二つあるのにども二国間ゲートのためベトナム人とカンボジア人以外は通過できず、150㎞も走らねばならないわけです。

それでもプノンペンまでの距離380㎞に比べれば遥かに近いし、この国境ゲートからHCM市までは150㎞なので、サエンモノロムからホーチミン市まで300㎞となり、プノンペン―ホーチミン市間の277㎞と大して変わらないことになります。たぶん何時の日にかはホーチミン市―モンドルキリを結ぶバスなども運行されるようにはなるのでしょうけど、10年以内にはなさそうです。

2011年の5月にベトナム側から自動車でカンボジアに入ったことのある国境ゲートなのですが、バイクでカンボジアからベトナムで入れるかどうかが問題でした。カンボジア側からバイクで出国するのは大丈夫なのですが、ベトナム側のお役人がバイクでの入国に何を言うのかはかなりの程度担当者の気分次第という側面あります。ドンタップ省とロンアン省では失敗しているだけに駄目なら引き返す覚悟で出掛けました。

国境ゲートにはキャッサバを積んだトラックがカンボジアからベトナムに入り、ベトナムからは雑貨品を載せたバイクがカンボジアへ入っていました。ベトナム側の立派な建物とは対照的にカンボジアの出入国事務所はいたって簡素で出国も入国も同じ窓口。事務手続きの量からすればこの方が遥かに合理的ではあります。

バイクをベトナム側の建物の脇に止めて、事務所に入りました。大きくて閑散としたベトナム側の建物の中で他に通過手続きをする人間は見当たらず、パスポートの全頁をチェックされ、それでもすんなりと入国スタンプを押して貰えました。次に手荷物検査用センサーの所には担当者がおらず、どうしたものかと迷っていると担当者が来て「リュックを開けてここに並べろ」とのこと。「こんな屈辱、ベトナムでも初めてだぜ・・・」との思いでリュックに詰めた着替えを机の上に取り出しました。ふと、成田や羽田で入国の際に関税でスーツケースを開けさせられている途上国からの旅行者の姿を思い出しました。

手荷物検査が終わりホットしてバイクを取りに向かうと、バイクの脇に手荷物検査をしばかりのその係官が立っていました。「こりゃ拙い」と思って暫く間を置こうと思いましたが、公務員のお兄さんは携帯電話で長電話の様子。仕方なく何食わぬ顔でバイクにキーを差し込み、振り向かずにその場を立ち去りました。

国境を越えて真っ直ぐ進む道が国道13号。12㎞ほど走った最初の町が目的地のロクニン県のTx.Loc Ninh。この町にはサコムバンク、ACB、アグリバンクのオフィスがあります。ロクニンという地名には聞き覚えがあり、ベトナム戦争時の激戦地で最初の戦闘は47年前の1967年だそうで、1972年の戦闘では米空軍の支援を受けた南共和国軍が戦闘に敗れて基地を放棄したとのこと。

国境から町までの間にはゴム林が広がっていました。おそらく40数年前は原生林が生い茂った風景だったのでしょうけど。ただのベトナムの田舎町としか感じられない町ですが、立ち寄ったゴム林の横にあるカフェのオバサンから、50年前に両親がクチから此処に移り住むようになったという話を聞いてからは少し違った景色が広がりました。

来週からテト休みに入る町には旧月用の花が並べられていました。

コメント

モンドルキリからのバス

2013-12-30 22:32:48 | 交通

7時半発のプノンペン行きSORYAバスに乗りました。プノンペン8時半発のバスが夕方5時過ぎにサエンモノロムの町に着くのは何度か目にしてましたが、実際このバスに乗るのは初めて。他の会社のミニバスも少なくないようです。家からバスの発着所まで2kmほどあるのが一人暮らしの身には難点。緩やかではありますが坂道を上らねばなりません。7時に家を出ると学校に向かって一人で歩く小学生の姿がありました。親が運転するバイクに乗っての通学姿の方が多いようです。

出発時間の5分前に発着所に着くと乗客の姿は少なく、実際に出発したのは45分。その直前になって急に乗客は増え、半分近くの座席が埋まりました。外国人旅行客の姿も4・5人。しかし、プノンペン行きのバスとは違って英語を話すスタッフの乗車はなく、休憩時間もその旨のアナウンスはありませんでした。

バスの座席の高さから見る景色はバイクの時とはかなり違っていました。民家の数がより多いことに気付きました。何よりも埃まみれにならずに済むのは快適です。それにバス運賃は片道33,000リエル(8.25ドル)だからバイクのガソリン代よりも安いことになります。しかし、後方からベトナム語の乱暴な話し声が聞こえて勘弁でした。大声での携帯電話は本当に迷惑。イヤフォーンを取り出して携帯の音楽を聴くことにしたものの余り効果なく、密閉式のヘッドフォンを買うべきと決心。

    

3時間ほどでスヌウルに着き、7号線との分岐点で休憩。昼食には早過ぎる時間だし、何分の休憩かも判らないのでコーヒーを飲みました。それにちょっと食事する気にはなれない店でした。

途中何か所かで乗客が降りたり荷物を積んだり下したりがあり、1時過ぎにコンポンチャムの町に着きました。ここのSORYAの事務所で殆どの乗客が降りてしまい、新しい乗客が乗って来ました。昼を過ぎてお腹も空いて来たので売店でクラッカーとパイナップルを買って腹の足しに。結局サエンモノロムからの乗客は他には外国人旅行客2人だけ。

2時半にSORYAの看板のある食堂に着き再び休憩。ここでバスの運転手らは食事を取ってました。しかし、プノンペンまでは後2時間程度。今食べると夕食が食べられそうもありません。

      

土産物売り場を見て歩き時間を潰しました。バッタの佃煮とかその他原型が何だか判らない唐揚げとかも並んでました。

バスは6号線に合流した後、メコン河とトンレサップに挟まれた湿地帯で61号に右折し、トンレサップを渡って5号線に出ました。確かにこの道を走った方が工事中の6号線を行くより快適みたいです。プノンペンのSORYAの発着所には5時に着きました。所要時間9時間15分。香港経由で帰る明日の日本への便よりも長い時間ということに。

コメント

Kaoh Nheaek地区

2013-12-26 22:03:20 | 交通

二ヶ月前に途中で挫折したカオ・ネック地区まで、きょう行って来ました。日曜日にKrang Tehコンミューンへ行った帰りに76号線を少し北上して道路状況は確認しておきました。二ヶ月前とは大違いで道路工事はかなり進展し、道路の水溜りなどは皆無。

      

中国の援助による道路整備のため沿道のノボリ旗も中国語で「安全責任」とか書かれています。ブースラ方向との分岐点から13kmほど76号を北上すると険しい山道が終わり平坦な道路に出ます。サエンモノロムから25kmほどの距離しかありませんが、この山を下るのが前回も最大の難関でした。まだ工事中のため荷物を積んだローカルのディーゼル・トラックなどは凸凹斜面を登れずに立ち往生。対向車も後続車も通れなくなりましたが、対向車が牽引して引き上げました。

    

山を下り終えると右手に工場が見えます。初めて見た時は2年前だったか、まだ建設中でした。前回は悪臭が漂っていたのでタピオカ加工工場かとも思いましたが、見ると電線が引かれているようでもありませんでした。

      

道路の平坦な区間も道幅が広げられ整備されていました。そのせいか随分と印象が前回とは異なります。

      

サエンモノロムから50kmほどで民家が見えなくなりました。道路工事はサエンモノロムからKaoh Nheaekに至る100㎞弱の全てで行われていました。たぶん、今年の雨期には道路が冠水することもなく走れそうです。

    

両側に森林が広がる道路は部分的には60㎞ほどで走れました。ただし、前から四輪車が来ると土埃で視界が遮られ、全身埃まみれに。これならラタナキリまで行くのも難しそうではありません。

    

カオ・ネック地区に入ると脱穀機付のディーゼルトラックが何台も見え、雰囲気の違いを感じました。やはり米作地帯、と思ったわけですが、道路沿いに見える田圃は冬枯れ田圃。池だったのか水路だったのか、かすかに水は残るものの乾期作は無理みたいです。

町でもち米でも買って帰ろう、と思っていましたが、町には市場らしき建物が見当たらず仕舞。昼近くになっていたので気温も上がり、サエンモノロムよりかなり暖かでした。緯度は高くなっても高度が下がったせいでしょうか?モンドルキリ州の稲作面積11,777haの大半がこの地区に集中している筈ですが、ヘクタール当たりの収穫量は2トンに満たないので生活は苦しそうです。

地図を見るとこの先5kmほど進めばラタナキリ州との州境。町にはゲストハウスの看板も見えましたが、ちょっとこの町で泊まる気にはなれませんでした。大家さんの話では、かつては此処に来るのに三日間を要したとか。二人乗りでバイクで出掛け、泥濘や山道では一人がバイクを押さねば通れなかったそうです。それが今は一日で行ける、との話でしたが、町で昼飯を取り、サエンモノロムに戻るとまだ4時半。日帰りも十分可能な交通状況になりました。

コメント

モンドルキリからプノンペン

2013-12-07 21:37:29 | 交通

昨日の朝6時半にサエンモノロムを発って午後2時過ぎにプノンペンに着きました。約8時間ほどかかったものの国道8号線を経由したため行きよりは20から30km程度短縮して走行距離約360㎞。モンドルキリからプノンペンまでバイクで走ったのはこれで3度目です。以前の2回は途中のスヌウルかコンポンチャムで宿泊したのでゆっくりと彼方此方を見て回れたのですが、今回はひたすら走りました。何しろ銀行の営業時間中に着いてキャッシュカードを受け取りたかったし、ライトの点かないバイクの修理やらPCの修理も土日は技術スタッフが休みなので。

問題はモンドルキリの早朝の寒さ。風が吹く中、更に風を切って山道を走るのに防寒具はなし。6時前には発つつもりが薄暗さが寒さを感じさせるので少し遅くなってしまいました。直ぐに膝が冷え、プロテクターを付け忘れたことに気付いたものの引き返す気にはなれず。山を下れば気温も上がるだろうと思っていたのに身体は時と共に冷えて来ました。

サエンモノロムから次の町Kaev Seimaまでは山の中。ケオセイマから平地になります。その手前で76号線の補修工事が行われていました。2か月前に来る時より工事範囲は拡大し、ここでも補修する度に道路状態が悪化している感じです。

思えば昭和30年の小金井市の道路も工事が少なくはなく、ロードローラーがアスファルトを固めている光景を思い出します。しかし、ここまで酷くはなかった、と思わずに居られないのがプノンペンからコンポンチャムに向かう国道6号線。拡張工事をしているわけですが年々工事範囲が広がり悪路が拡大するばかり。プノンペンに着いてバイク修理店の店員と話すと、「お金がないんだよ。途中で誰かが懐にいれちゃうから・・・」

サエンモノロムからケオセイマまでは50kmほど。思っていた以上に山道は長く、またケオセイマに出ても気温は上がりませんでした。身体が冷えて困るのは胃が痛くなるからで、「腹巻をするようになってから風邪を引かなくなった」と言う友人の話を思い出しました。ケオセイマ地区がクラチェ州のスヌウルと接していてその境は何時も何処だかわかりません。たぶん用を足しにバイクを止めたこの画像の辺りかと思います。76号線上にはキャッサバの欠片が氾濫していました。民家の近くでは家禽が道路に出て来てこの欠片を漁ってました。沿道にある看板のキャッサバの買い入れ価格は320リエル(8円)との表示。スヌウルの自然保護区に接しているためか聞き覚えのない野鳥の鳴き声を聞きながら用を足しました。

ヤマハ・セロー225はX-1やFTR223と比べ格段の加速力のため長距離走行はとても楽です。しかし、先日9Lでわずか144㎞しか走らずガス欠。リッター16kmはタンクに穴が開いているとしか思えない数字で不安になったばかりです。不安なのでスヌウルに着いてトリップメータが140㎞を示しているのでスタンドに寄ると今回は僅か3Lしか入らず一安心。

スヌウルで国道7号線を左折し、メモットのガソリンスタンドに併設されたドライブインで休憩。何か食べようとしたものの値段が高いので取り止め。前回ここで食事をしたことを思い出し、同じ後悔は繰り返さないことにしました。

メモットを過ぎベトナム国境方向への分岐路を過ぎた辺りで8号線に出る道路に左折しました。この道と8号線はほぼ田んぼ風景。8号線に出れば後一息。と思ってしまったからか、ここからがやたらと長く感じました。12時近くになり、気温も上がったせいで眠気にも襲われ、バイクを止めて一服。昼食は沿道の店で鳥の脚やレバーどっさりのお粥を食べました。

プノンペンに着くとヘルメットから靴まで土埃がどっさり。再び10月に過ごした8ドルのゲストハウスに泊まりました。思う存分温水シャワーを使い、久々に爆睡。

コメント

古河鉱業のブルトーザー

2013-11-11 20:54:30 | 交通

ネイチャーロッジの手前800mほどに位置する橋と道路の土木工事は、この一週間でほぼ完成。きょうはロードローラーで踏み固められたその平坦な姿に少なからず感動しました。一週間前はこんな状態でした。

    

それが、きょうの昼に通ってみると、ちょうど道路は土埃が上がるほど乾燥しているわけでもなく、湿って泥濘となることもない程良い湿度状態にあるようでした。

     

昨日は、76号線の整備工事のためか町の丘の上にブルトーザーを積んだトラックが集結していました。トラックは比較的新しいのにこのブルトーザーはどれも年代もののようす。 

確か76号線の整備工事は中国の援助によるもの。しかし、昨年の雨期明けにも工事が行われていた割には状況の進展は感じられませんが。

    

平坦になった道路をカメラに収め、仕事を終えたブルトーザーに近づいて見ると、一台は「三菱」製。60年代には米国キャタピラー社と合弁の「キャタピラー三菱」となったとの記憶があり、まさかそれよりも古いものとも思えませんでしたが、その傍らにもう一台かなり草臥れたブルトーザーがあり、覗いてみてビックリ。

    

古河鉱業株式会社と書かれていました。土木工事に関わったことも興味を持ったことのない身にとって、古河鉱業と言えば古河市兵衛―足尾鉱毒との図式しか思い浮かばず、映画「襤褸の旗」のチケット販売に地区労を回っていたことなどを思い出しました。ブルトーザーのボディーには株式会社増渕建設の文字が読み取れます。しかし、調べてみると古河鉱業から古河機械金属に社名変更したのが1989年とのことなので、さほど古いものではないのかも知れません。

このブルトーザー、左側のキャタピラが4枚欠けていました。上部に煙突の如く突き出した排気口から黒煙を吐きながらではあっても、とにかく無事仕事を終わらせた機械です。はたして自分はこのオンボロのブルトーザー以上にカンボジアのために役立つことが出来るのだろうか?などと感じる瞬間でもありました。

コメント

橋の付け替え工事

2013-11-04 21:52:31 | 交通

きょうの朝、ネイチャーロッジの庭にホンダやヤマハのオウロードバイクが10台ほど並んでいました。バイクスーツにプロテクターを着けたフランス人らしきやや年配の人々がラタナキリまで走るそうです。トレーラーに積んでいるのは予備のバイクのようで、4WD車が牽引して同行するようす。76号線を北上すればラタナキリ州のLumphatに着き、更に州都Banlungへと出られます。昨年の雨期が始まる頃、ラタナキリに行った帰りにモンドルキリへと逆のコースで走ろうかと思ったこともありました。その時はパンクして押し歩くバイクを何台も見たせいもあって、臆病風に吹かれて断念しました。複数のバイクでしかも車やガイドも同行してのツーリングは安心で羨ましい、などとも感じますが、費用もそれなりに違いないところ。

      

サエン・モノロムの町からネイチャーロッジまでは最短で3kmほど。しかし、そのためには粗末な木の小橋を渡らねばなりません。実のところ、昨年この橋を渡ろうとしたものの夕方で暗くなりかけていたこともあって引き返したことがありました。元来が方向音痴気味である上に山道は方向が皆目見当付きません。

      

この小橋が付け替え工事のため、昨日から通行止めになりました。工事中のため橋を渡った後に急斜面を登らねばならず、一気に登らず途中で止まったら転倒必至の難所となり、毎度牛が前から下りてこないことを確認し、深呼吸をしてからエンジンを吹かしてました。もっとも地元の人々は何でもないように渡るのですが。それでも四輪車が通れる道は2・3kmほど傾斜の急な山道を迂回しなければなりません。

小川の流れをコンクリート製の暗渠に導くために柵を作って流れをせき止めるのですが、古い流れの方が底が深く、新しい流れの流量を超えていました。バイクは渡れませんが、犬や牛は新しい流れの浅い川に入って渡り、次に小橋を渡っていました。

      

次々とダンプカーが到着し、赤土を降ろして行きます。ダンプカーが通る度に沿道では耐え難い粉塵が舞い上がり、山道に新たな凹凸を作り出していました。町への往復の度に昨日今日、何度となくこの場でバイクを止めて作業を眺めました。工期に限りがあるのか、MITSUBISHIと書かれたブルトーザーは休みなく土を均していました。バイクのヘルメットを被ったそのオペレータの働きぶりには自分のカンボジア人観を新たにするものがありました。

きょうの夕方になり、やや傾斜はきついものの無事新たな橋の上を通れるようになりました。

コメント