GOVAP便り

プノンペンからモンドルキリに、その前はTAY NINH省--AN GING省--HCM市GO VAP

一時帰国中

2010-01-27 23:15:56 | 生活
昨年からベトナムの滞在ビザが3ヶ月しか取得できなくなり、それはそれで大いに不便なわけですが、それを口実に一時帰国することにし、日曜日の朝、成田に着きました。ちょうど自動車運転免許の更新時期のことだし、胃の検査なども受けてみるつもりです。

先日、カンボジアから陸路でべトナムに戻った際、Cua Khau Dinh Baでビザに「無効」スタンプを押されたため今回空港での出国の際面倒になるかも、とは思ってましたが、やはり出国審査の時に「直近の入国スタンプと入国カードが一致しない」ことが問題にされてしまいました。

そんなトラブルもあるだろうし、前回の道路渋滞の記憶もあったので早めに空港へ向かったところがこの日は渋滞もなく、まだガラガラのチェックインカウンターに着くと出発時刻は40分遅れるとのこと。

空港の出国管理官は、「Dinh Baでの入国時の入国カードがない筈はない」と主張するので経過を説明しました。しかし納得しない様子だったので少々語気を強くしてしまいました。
「あなた方のシステムについて私は知りませんが、Dinh Baで入国カードを配布しなかったというのが嘘だと言うならこの場で電話して確認してみてください。あなた方サイドの問題なんだから」すると管理官は周囲を気にして声をひそめ「大きな声は止めてください。私がちゃんと出国させてあげますから」ということに。

X線の手荷物検査では文庫本に挟んでいたステンレス製のしおりが問題にされてカバンを開けさせられ、現金は幾ら持ってるか等々まで訊かれる始末。1000ドルと答えると「本当にそれだけ」?と疑う眼差し。今ベトナムから出国の際に申告限度額が幾らかも知らない-そういう心配とは無縁な身の上であるわけですが。

朝5時起きの生活が3日連続してたので飛行機の中では直ぐに熟睡できました。表向きは一・二週間で戻るつもりだけどテト前なので帰りの便が取れない、ということにしてありますが、テト明けまで冬の日本に滞在の予定です。



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ゲバラTシャツ

2010-01-17 11:02:10 | 生活
ロンスエンの国道沿いにCafe Phoという名のカフェがあります。テーブル数も多く、小奇麗なカフェで数多い競合店の中でも繁盛しています。何よりも目を引くのは店の制服がゲバラ顔がシルクプリントされたポロシャツであること。店主がゲバラファンなのだそうです。

アイスコーヒー一杯が12,000ドンと価格も少々高めですが、Wifiが他よりも安定しているので部屋にインターネット環境がない身には有難い存在です。客層は裕福な人が多いみたいで混雑する土日の朝などは新しいハーレーやホンダの大型バイクなども駐輪されています。そのお陰でわが中国製KTMなども目立つことがありません。

従業員は学生アルバイトが多いようで、この3ヶ月でもだいぶ顔ぶれは変わりました。アンザン省にはメコンデルタで2番目のアンザン大学が10年ほど前だったかに師範短大が格上げされる形で設立されましたが、学生アルバイトの話だと情報処理科や英語科は卒業しても就職先を探すのが難しいそうです。

男子スタッフには度々話しかけられましたが、女子からは皆無。まぁ、こちらから話しかけたいと思うタイプも居ないのでそれはそれでお互い様です。先日は遠鳴りの席の女性客に声をかけられました。下手糞なベトナム語でオーダーしてたのを聞いたらしく、いきなり中国語で。自分の年令を考えれば十分に若いお嬢さんではあるわけですが。こちらは中国語はわからないわけだし。

暫くしてその女性、彼女の連れが席を外した時に「So Dien Thoai」(電話番号)と言って来ました。言葉を省略して喋るベトナム人には度々「ムカッ」とします。スカイプで一語「2」と打ち込んで来る輩もいました。Helloの省略がHiですがベトナム語の2の発音がHaiなので「省エネ」なのだとか。

「電話番号が何なんだよ、このクソ女」と思いつつ「私の電話番号のことですか」?と訊くと聞きました。「教えて下さいと言わないから教えない」とは言わずに無視。すると、何処の会社で働いてるのか等々ウンザリでした。たぶんそのウンザリが顔に出たようで質問は止まりました。中国語とは呼ばずに台湾語と言ってたので、恐らく台湾への出稼ぎ労働の経験があって帰国後の職を探してその斡旋を頼もうとしていたのだろう-などと勝手な想像を巡らしてみました。

今もこのカフェでアイスコーヒーを飲みながらキーボードを叩いています。隣のテーブルではまだ30代前半の店主がパソコンを開いています。一昨日は新しいTシャツが届いていたので値段を訊いてみたところ「欲しかったら一枚上げる」ということになり有難く頂戴しました。肩口に見せのロゴが入ってますが、前と後ろにデザインの違うゲバラの顔がプリントされてます。素材はタイ製の綿100%のようでかつてサイゴンの路上で売られていたものよりかなり上質です。どなたか3000円で買いませんか?



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Kien Giang の海岸

2010-01-16 21:28:10 | 旅行
3週間振りに週末をロンスエンで過ごせることになり、アンザン省西部に出掛けることにしました。Nui Sam という山に登りメコンデルタを見渡してみようとも思っていましたが、今までにも何回か近くを通ったことがあり、周辺に宿泊施設等が建てられ中途半端に観光地化されてた光景を思い出し、今一つ気乗りしませんでした。

朝9時に部屋を出てTri Tonまでは約50km、1時間ほどで着きます。途中、トラックが飼料袋を農家の庭に荷卸していたのを見てバイクを止めました。付近に大量の飼料を必要とするような家畜・家禽の飼育がされてるようには思えなかったせいです。タバコに火を付けて眺めていると家の人が近付いて来て話し掛けました。このオジサンも少々形状の異なるバイクに興味をそそられたようです。カンボジアやラオスに行けば飽きるほど走ってるバイクなのに。もっとも向こうはホンダやヤマハの250cc以上のバイクで値段も倍以上の筈。

このオジサン、水路の向こう側でアヒルを1千羽飼ってるそうです。一袋25kg入りの飼料を毎日4~5袋使うのだとか。

今朝は薄曇で何時になく気温が低く、薄手のジャンバーだったのでバイクで走ると身体が冷えました。お陰で昼までに3回もバイクを止めてタチション。Nui Samの頂上からカンボジアやタイ湾の海が見渡せるだろうか、などと思い双眼鏡もバックに詰めたのですが、Tri Tonの町に着くと、まだ時間は早いし、遠くまで見渡せるような快晴でもないのでキエンザンの海岸まで走ってみることにしました。

ハティエンとラックザーの海岸はチラッと見たことはありますが、地図を見るとTri Tonからの道を行くとその中間に出ます。海岸まで行かないまでも見知らぬ初めての道を走ってみるのは刺激的でもあるし。

ところが、ハティエンとラックザーを繋ぐ国道から海岸に出る道がなかなか見つかりません。昼を過ぎると雲も消えて青い空が広がりました。水路沿いの細い道を行くと木々の緑が水面に映りメコンデルタの水路とは思えぬ澄んだ色をしていました。水路沿いには民家が延々と続き家の中では女性が魚網の補修らしき仕事をしている姿が少なくありません。

水路を逸れるとまだ耕地となっていない荒地というか、たぶんこれがメコンデルタの原風景かも、などと思える景色もありました。それでも道があれば数軒の民家が必ずあります。そんな中に小さな中学校も一つありました。たぶん今までに見た中で一番小さい中学校です。川鶴保育園よりも遥かに。

再び水路沿いに引き返し、暫くすると海が見えました。メコン河の河口からはだいぶ離れているためか、或いは乾期で雨水が土砂を運ばないせいか海水は思っていたよりも澄んで見えました。久々に爽快な気分。




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新月

2010-01-15 20:01:12 | 
行きつけの食堂が昨日は珍しくガラガラでした。旧暦11月30日、今日が12月1日新月です。昨日今日は肉を食べない仏教徒の習慣のせいなのかも知れません。

旧正月まで残すところ一ヶ月となりました。ロンスエンのコープマートでも旧正月前商戦の趣があり、食品売り場では贈答用の箱入りのお菓子や詰め合わせが多くの棚を占めていました。

最近はベトナムでも缶コーヒーがスーパー等で売られています。ロンスエンに来てからというもの、コーヒーの産地で缶コーヒーを買う愚を犯し続けています。一缶7000ドン(約35円)ですから日本で自販機で買うことを思えば安いには違いありませんが、毎日昼休みにハンモッグに揺れながら飲んでる屋台のドリップしたアイスコーヒーは3000ドン。

コープマートではネッスル・ベトナムと味の素・カルピスの2社の缶コーヒーが置かれてます。長年開発途上国で培った営業力のせいか、ここロンスエンでは圧倒的に味の素製の缶コーヒーの方が置いている店も多数です。価格もネッスル製は多少安く売られてます。AJINOMOTOはスチール缶。ネッスルはアルミ缶です。

缶コーヒーが日本で販売されるようになったはいつ頃のことだったでしょうか。1974年頃、店の閉まってる深夜早朝に自販機で買って飲んだ記憶があります。当時はコーヒーというよりはキャラメルのような味がしてました。

たぶんそれ以降、車の運転をする時には必ず手にしていたような。そのせいか、今もバイクでフェリーに乗る時は売店で買ってしまいます。バイクでは蓋の付いたペットボトルの方が便利なのでペプシ・ベトナム社のリプトン・ティーにも少なからずお世話になってます。

キリンがエースコック・ベトナムとタイアップして「Latte」という飲料を販売したので飲んでみましたが、何かケミカルっぽい感じの味でした。「午後の紅茶」の方が遥かに美味しいと思うのですが。

何かの本で明治初期のヨーロッパ視察団がイギリスのビスケット工場に行き、工場生産のお菓子が膨大な利益を生み出してることに云々とあったことを思い出します。ベトナム資本のお菓子の大規模な工場生産も始まったばかりということなのでしょうか。一昨年だったかお菓子生産の上場企業、キンドーとビビカの株価が高値を付けていたことがありました。今はあまりパッとしないようです。コープマートのお菓子の棚には未だに輸入品が多く置かれています。
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ベトナム再入国

2010-01-10 17:41:27 | 交通
カンボジアには4泊しただけでキャッサバ・チップ買い付けの仕事が終わらないうちに一人だけ先に帰ることにしました。胃の調子も良くないことだし。来るときに頼んだバイクタクシーのドライバーに電話をして迎えに来てもらうことにしました。20分ほどで迎えに来たのでその付近に住居があるようです。しかし、彼が親に電話してる時はベトナム語でしたから両親の一方がベトナム人なのかも。

滞在中に知り合った若い女性は祖父母の一人がベトナム人で親の一人がタイ人だと言ってました。もっともベトナム人の知り合いでも祖父が中国人という話は身近なところでも数限りなく聞いた話しです。

カンボジアのバイクタクシーの多くはフルフェイスのヘルメットを着用していました。ベトナムでは500円以下の安物が多いのに。今、自分で使ってるヘルメットは風圧で直ぐアミダ被り状態になってしまい、常々日本からヘルメットを買って帰ろうなどと思っていますが、日本のヘルメットの価格は信じられないほど高いものです。バイクタクシーの給油中に近くの店でヘルメットの値段を聞いてみました。一番高価なフルフェイスが13ドルだとか。日本では130ドルのフルフェイスすら見つけられそうもなく安くても300~400ドルしそうですが。日本がデフレとは言うもののまだまだ物価下落の余地はあるような気がして来ました。

見知らぬ初めての場所に行くのに行きの道程の時間と帰りに感じる時間とには随分と違いがあるものですが、今回もカンボジア国境もでの帰り道は呆気ないほど早く着いてしまいました。

カンボジアの出国手続きのためにパスポートを提出すると管理官が「ベトナムのビザが失効してますが・・・」との思いがけないご忠告。否、そんな筈は・・・と思ってビザのシールを見ると仰る通り「het gia tri」の赤いスタンプが押してあり、一瞬呆然。カンボジアの管理官は、私は出国スタンプを押しても構いませんが、ベトナムのマルチビザが失効してるということは再入国できないのではないでしょうか」との親切なお言葉を丁寧な英語で下さいました。

選択肢は2つ、今からプノンペンに行ってベトナムビザを再取得してプノンペンから再入国する-日数と費用が掛かるけど-か、ここのゲートのベトナム出入国管理官と交渉する-失敗したらより面倒かも-のどちらかです。数10m先にバイクが置いてあるに、と思い後者を選択してしまいました。「ベトナム側の管理官が間違ってスタンプを押したものですから、大丈夫、私が話して解決できる問題です」などと答えてカンボジアを出国しました。

ベトナム側の入国窓口に着くと怒りを抑えきれず、「何で誰がこの失効のスタンプ押したんだ?これはマルチビザだ。ちゃんとそう書いてあるだろう。一回出国しても失効しなんだぜ。そんなことも知らずに仕事してるわけ?国際出入国事務所ってかいてあるじゃないか。出国できて入国できないなら出入国とは呼ばないんだから」と捲くし立てました。

担当者がいないのでちょっと待ってくれ、と言われたので「じゃ、あその店で水を飲んでまってるから」とゲート通過の許可を得て一安心。預けたバイクもちゃんと置いてありました。暫くすると私服姿の男がパスポートを持って来ました。入国カードへの記入はどうするのか、と訊くと「ここでは入国カードは置いてない」とのことで出国の際に提出した出入国カードを返してくれました。パスポートを見ると「失効」のスタンプの上に「huy」(訂正、破棄)とのスタンプが押してあり、入国スタンプもあったので、たぶん次の出国の際も何とかなりそうです。

カンボジアの管理官も人によりけりとは思いますが、余りにもベトナム側とは対照的な立派で親切な対応に驚きました。それに引き換えベトナムのローカル公務員-仕事ができれば中央へ行くかビジネスの世界に転進してるわけだから当然だよ-とのHieu君の言葉を思い出しました。


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キャッサバを食う牛

2010-01-08 10:09:38 | 農業・食品
倉庫の前でトラック待ちの空き時間に駄弁っていると足元に大きな糞が一つ落ちてました。何故こんな場所にドカっと落ちたままにしておくのか不思議で、「これ誰の?」と聞くまでもないことを聞いてみました。『蒼穹の昴』の舞台となった清朝末期の中国ではなく2010年が明けた此処では牛糞拾いの少年も居ないのでしょう。

鶏が餌を探して慌しく動き回り、仔犬もその後を追うように餌を探しています。牛の多くは繋がれていましたが放し飼いで土手の草を食んでいるものもいます。トラックに詰まれたキャッサバ・チップは袋がボロボロなので荷卸の時にポロポロと零れ落ちます。

道路に落ちたそのキャッサバ・チップを食べに牛がやって来るのだと分かりました。コチコチに乾燥させて手では割れないほどの堅さですが牛には好物のようです。家畜や水産養殖用の飼料原料ですから牛が好んで食べるのも不思議はないわけですが毒抜き処理もしてないままです。鶏や犬や猫は食べようとはしません。

一度サイゴンに居た時にキャッサバ芋を食べたことがあります。飼料用のキャッサバとは種類が異なるようでシアン化合物が然程多くないとのことですが、それでも水に晒して毒抜きが必要だとか。その時に食べたのはココナツミルクと砂糖で煮込んだもので柔らかくて想像以上に美味しいものでした。食用のキャッサバがどれだけ生産されているのもなのか統計を見たことはありません。たぶんそう多くはないと思います。

8月にコンツムに行ったときに訊いた話では、キャッサバの用途・販売先は、タピオカ製造用、エタノールの原料、飼料用の三つで農民にとって一番手間が掛からないのがタピオカ製造工場に販売するもの。次にエタノール原料として主に中国に輸出されるもの。飼料用は乾燥等品質が問題にされるので一番面倒だそうです。

勿論その分だけ価格も違ってくるわけですが、それでも飼料用のキャッサバ・チップでキロ当たり3,500ドン(17.5円)程度ですからトン当たり184ドルほどです。これを20トン積んでトラックで200kmの距離を運んでも商品価値は3,680ドル。日本だったら運送費用で利益は簡単に吹き飛んでしまいそう。

ダンプやトラックの積載量オーバーはかつて日本でもしばしば聞いた事のある話ですが、ベトナムでは(カンボジアでは恐らくそれ以上に)日常化せざるを得ない事情が特に商品単価の安いキャッサバに関しては顕著にあるようです。

今年もベトナム南部ビンユン省の国道1Aの工業団地近くでトラックが荷崩れを起こし、キャッサバ・チップが散乱して交通渋滞になったニュースがありました。牛が群がって来たとは書いてありませんでしたが。



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プレイヴェン州

2010-01-07 09:41:07 | 旅行
泊まった倉庫はプレイヴェン州Peam Ro郡に位置し、国道15号線を北に進むと州都プレイベンまでは20kmほどの地点です。前夜睡眠が十分でなかったせいか食事のせいか、胃の働きが悪く、同じ環境が続けばちょとヤバそうな感じがしてきたので一人だけ別にフェリー近くの町で宿を見つけることにしました。

エアコン、冷蔵庫、ケーブルTV付なら15ドルだと教えられましたが、そんなホテルに泊まれば他の3人も部屋に押しかけて来そうな口調だったので、シングルベット一つだけでエアコン、冷蔵庫、ホットシャワー無しの狭い6ドルの部屋に泊まりました。ベトナム人三人と24時間一緒に過ごすということが何よりも一番胃に堪えるような気もします。

しかし言葉の通じない異国で連絡が取れないのは何かと心配、不都合だということで携帯電話を買わざるを得ませんでした。SIMカードだけ買って入れ替えれば済むわけですが、充電器を持って来てません。中古を買って問題があれば交渉も面倒だと思い、一番安いLGの新品を30ドルとSIMカードが3ドル、計33ドルを払いました。通話料金は4ドル分が付いてました。

カンボジアの携帯電話から日本にショートメールが送れるだろうか、と思いNTTを使ってる息子に送ってみましたが返信がありません。日本語でメールしても返信率は低いので送受信の確認にはなりませんでした。ベトナムへの送受信は問題ありませんでした。一般的なカンボジア人は携帯の言語環境をカンボジア語にしているようで、その場合は英文で送信するとどのように表示されるのか?などとも思ったわけですが、確かめる相手は見付かりませんでした。

3日目に州都プレイヴェンまでバイクタクシーを拾って行ってみました。運転手はベトナム語が喋れないので途中で売店のベトナム人のオバサンに通訳を頼み、オバサンに「プレイベンの何処に行くのか?」と訊かれましたが、こちらも目的地がないで言い淀んでると「あんたベトナム人?タイ人?」と訊かれたので、運転手に「ジャポン」と答えました。ベトナムと国境を接する州のためかベトナム人の多さは想像以上でした。

もっとも、ベトナム語を話すカンボジア人も居るのでしょうし、カンボジア国籍のベトナム系の人々も少なくはないようです。朱印船貿易の頃には日本人も居たわけだし、中国人にいたっては2000年もの長きに渡って行き来があるわけで外見だけで分かることは限られてますが。

町に入ると日本人の名前の付いた学校が目に入りました。方向を示す看板に「プレイヴェン・マーケット方向」とあったので、市場まで行きバイクタクシーを降りました。これが人口100万のプレイヴェン州の州都の市場なのか、と疑ってしまうものでした。交差点にプノンペンにあるようなガソリンスタンドに併設されたコンビニがあったのには個人的には助かりました。

夕方、湖周辺を散歩してると欧米人の観光客らしき8人のグループが自転車を走らせてました。こちらも観光客気分になって夕涼みしていた地元の女の子達と話をしてみました。こちらも英語会話力には大いに問題ありですが、彼女達も英語は得意でないということだったので英語下手同士の気楽さも手伝って久々に楽しい時間を過ごすことが出来ました。

皆18歳の高校3年生だそうで、一人は卒業後この町にある服飾デザインの学校に進みたいそうです。日本人の個人や団体がカンボジアへの支援で学校を建てるというのは彼女達の希望を実現させることに繋がるものなのか・・・などと思ったりもしました。

キャッサバ倉庫の直ぐ近くには校舎の壁に「大田区議会」と日本語で書かれた学校がありました。水路を掘るパワーシャベルに○○建設と日本語で書かれたものはしばしば見受けますが、プレイヴェン州の片田舎で建物にくっきりと日本語が表示されている光景を見ると、何か微妙な心境にさせてくれました。
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蚊に刺されながら年明け

2010-01-05 20:05:15 | 旅行
西暦元旦を含めた三連休は何処かでのんびり過ごすつもりでいたのに、急にカンボジアでの仕事に付き合うことになってしまい、まだ2ヶ月足らず3千キロしか乗っていないバイクも置きっ放しにしなければならず、プノンペンの街をバイクで走るなんてことも夢に終わってしまいました。

地図を見るとメコンデルタのカンボジアとの国境ゲートは幾つもあるようで、たぶん地元の両側の人々はかなり自由に行き来していて、その既得権みたいなもので今でもパスポートすら提示せずに通っているようです。カンボジアに住むベトナム人の子供たちが毎日船に乗ってベトナムの小学校に通っている姿もニュースにありました。

最近になって国境経済区建設構想とか諸々の計画に従って、またベトナムの商品販売や資本投資の積極化に伴い、国境通過の意味合いも地元の人々の日常生活という領域を超えて変化しつつあるようです。ベトナム側ではマーケットの建物も出来ていました。カフェの売店兼質屋があり、バイクはそこで預かって貰うことになりました。カンボジアへも自由に(?)走れるバイクタクシーの運転手もそこの椅子で時間を潰してました。子供の頃から2ヶ国語を話して育ったように流暢な言葉を話してました。

目的地までは約60km。バイクタクシーを頼んでもまぁ何とか支払える金額です。もっとも1台だけ、従って3人乗り。国境を越え北に進む道をまっすぐ行くと両側は稲刈りの終わった田んぼ広がっています。ベトナムの田んぼ風景と異なるのは椰子の木と牛のの多さと民家が少ないことでしょうか。しかしそれだけでなく何か根本的に違った風景のように見えます。その違いが何なのかをあれこれ考えているうちに埃だらけの砂利道は国道一号線に出ました。

国道を西北方向に15分ほど走ると見覚えのあるメコン河のフェリー。一号線はこのフェリーを渡ってプノンペンに至りますが、我が目的地はフェリーを渡らずに右折して7kmほどの地点でした。

宿泊先はメコン河に沿って建てられた船積み用のキャッサバ・チップの保管倉庫の中の一角。ベトナム人夫婦がオーナーのようでカンボジア人の使用人らしき数人も一緒でした。

エアコン、温水シャワーは望むべくもなく、水は川から汲み上げた水槽の水をトイレから炊事にも使っていました。身体を洗うのもこの水ですがトイレ兼水浴び所には電気も引いてないのにはため息が出ました。川沿いだけあって蚊の多さは半端ではなく、蚊帳を吊って早々と寝ることになったのですが、タイル張りの床の上にゴザを敷いてのザコ寝は老化し筋肉の落ちた身体にはいささか厳しく、尾骨がコツンコツンと当たってどうにも寝付けません。

11時頃まで我慢して目を閉じてましたが、我慢しきれず持ってきた文庫本を持って蚊帳を出て虫除けスプレーを何度も腕に吹き付けながら読み耽りました。中国の通史の入門書です。眠くなる筈の本ですが3時間ほど読み続け、ふと大晦日が過ぎ、新年を迎えていることに気付きました。

毎年、元旦を迎えることに伴う厳粛さや感慨をその欠片くらいは感じることが出来ていたように思うのですが、まったくそんなものとは無縁に年が明けてしまいました。
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バイクで国境越え

2010-01-04 19:19:14 | 交通
バイクで国境を越えカンボジアに行けるという話に半信半疑ながら大晦日の朝、ドンタップ省のHong Nguを経由しDinh Ba 国境出入国ゲートに向かいました。ベトナム人3人と共に4人で2台のバイクとの話には断固として抵抗し、オレのバイクは後部シートのステップがないから二人乗りは無理だし、危ないから嫌だ、と主張し続けたのですが、結局それには返事せず、朝になって電話があり、一人が国道沿いで待っているので拾ってくれとのことでなし崩し的に二人乗りで向かうことになりました。

朝からこの騙され方に気分は悪く、しかも一緒に居るだけでも疲れる人間と身体を密着させてバイクに乗るわけですから堪りません。しかし、これも仕事の内。遊びではないので、じゃぁオレは行かない、などと子供じみたことを言う訳にもいきません。渋々不愉快な思いながらも足掛けステップのない後部座席に気を使い、出来るだけ前に座ったりもしていたのですが、相手は時間の経過と共に図々しくなってグイグイと前に持たれ掛かって来ます。若くて美しい女性の胸が背中に当たるのなら兎も角、話すのも勘弁と思う男の股間が尻に押し付けられる感触は堪りません。また「このバイクのホーンは何処」?などと話しかけて来たので、聞き取れない振りで無視すると手を伸ばしてホーンをピーピー鳴らしました。

途中で昼食を取り、その時に「ベトナム人はバイクで通過できても外国人は無理じゃないの?ベトナム人はカンボジア入国に1万ドン払うだけのビザ免除だけど外国人は20ドル払ってビザを取らなければならないんだから。このバイクをカンボジアに持ち込めなかったらどうする訳?4人乗りは無理でしょ」と訊いてみたのですが、「大丈夫、大丈夫、外国人も1万ドンだから。行けば分かるよ」とのお返事。

毎度ながらベトナム人の「大丈夫」「問題ない」との軽々な返答ほど恐ろしいものはありません。これで何度泣かされたことか。それ以上何を言っても無駄というか話を続ける気にもなれませんでした。

Dinh Ba 出入国ゲートは以前サイゴンからの帰りに道に迷ってウロチョロした直ぐ近くで付近の景色には見覚えがありました。どうやら最近出来た国境ゲートらしく周辺の土地は整備中で新しい出入国事務所らしき建物も出来上がってはいるものの未だ使われてなく、ベトナム側の出入国管理手続きは、写真の小屋で行われてました。

他の2人と合流し、4人でパスポートを揃えて出国手続きのために係官に提出したところ、やはり色の違うパスポートは見たこともないようで首を傾げています。が、直接僕に話したり聞いたりすることなく同行のベトナム人と話すのみ。それで結局外国人のバイク持ち出しは不可という結果になりました。

「何でオレのバイクだと言ったんだよ、このボケ。ベトナム人のだと言えば通れたのに」と日本語で罵ってから、もう一度ベトナム人のバイクだと言って交渉してくれ、と頼んでみましたが、日本語で怒鳴ったのが悪かったのか、あっさりと諦めてしまい、バイクはここに置いて行くことになりました。

その間、幾人もの人々が国境の両側から行き来してましたが、パスポートを提示してる人は無く、IDカードを提示したり何も提示せずに通っていました。カンボジア側から来るバイクにはどちらの国のナンバーを付けてないものもあります。

ベトナム側のゲートを抜け橋を渡るとカンボジアの入国手続き。ここにはちゃんとビザの発行窓口と入国審査窓口があり、ビザ代+写真代=25ドルを払ってやれやれ、と思ったところが入国審査の係官が「期限が1月1日」とスタンプされてることに気付きました。「1ヶ月の観光ビザです」と言われて印字を確認しなかった自分の落ち度でもあるわけですが。こちらは同行のべトナム人の誰かが一緒にキャッサバの買い付けに行く、などと喋らないかと気を揉んでいたので(ビジネスビザだと5ドルアップ)見落としていました。が、修正ペンで白く塗りその上からもう一度31日のスタンプを押して貰って無事カンボジアに入国できました。



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