私は、平成2年4月に地元の消防団に入りました。地元の消防団では、それまで10年で退団するのが一般的で、最長でも15年程度でした。しかし、時代の流れでしょうか、入団資格のある18歳以上の若者がいても、消防団に入らない傾向が強まってきました。それは、単に消防団が嫌いというわけでなく、就職のために遠方へ転居し故郷を離れてしまったり、入団した方でも転勤で遠方に転居してしまい活動に参加できなくなり退団せざるを得ない状況に陥ったり。そのため、平成12年に分団長を務めたら退団可能だったはずの私が、その後ずっと消防団を続けることになってしまいました。
20年余りの中で、分団長というチームリーダー役は3回務めました。3回目は、24年度で退団を決意していたのに、「25年度は町の操法大会があります。篠原さんじゃなければ、チームをまとめられないんです。私たちは優勝を狙っているので、篠原さんには指揮者として頑張って欲しいです。」といったような言葉を仲間たちから言われ、退団を引き留められました。仲間から自分が必要とされていると分かった私は、50代の老体に鞭打って練習に励み、操法大会には選手として出場し、チームを町の大会での初優勝に導くことが出来ました。そして、ようやく26年3月末に退団となりました。
退団すると、消防団員退職報償金というご褒美が支給されることになっていますが、その手続き書類がようやく1月14日に届きました。今まで知らなかったのですが、この手続きは退職した団員からの申請に基づき自治体の長(酒々井町で言えば、酒々井町長)が消防共済基金に請求するのだそうです。細かい話ですが、酒々井町では総務課の危機管理室の職員が担当してくれて、報償金の申請書だけでなく、税務署への「退職所得申告書」も作成・提出することになります。私の給料1か月分くらいの額ですが、自分の銀行口座に振り込んでもらえる日がとても楽しみです。
*写真では、座って背中に筒先と呼ばれる消防ホースの先頭部分を背負っているのが私です。
20年余りの中で、分団長というチームリーダー役は3回務めました。3回目は、24年度で退団を決意していたのに、「25年度は町の操法大会があります。篠原さんじゃなければ、チームをまとめられないんです。私たちは優勝を狙っているので、篠原さんには指揮者として頑張って欲しいです。」といったような言葉を仲間たちから言われ、退団を引き留められました。仲間から自分が必要とされていると分かった私は、50代の老体に鞭打って練習に励み、操法大会には選手として出場し、チームを町の大会での初優勝に導くことが出来ました。そして、ようやく26年3月末に退団となりました。
退団すると、消防団員退職報償金というご褒美が支給されることになっていますが、その手続き書類がようやく1月14日に届きました。今まで知らなかったのですが、この手続きは退職した団員からの申請に基づき自治体の長(酒々井町で言えば、酒々井町長)が消防共済基金に請求するのだそうです。細かい話ですが、酒々井町では総務課の危機管理室の職員が担当してくれて、報償金の申請書だけでなく、税務署への「退職所得申告書」も作成・提出することになります。私の給料1か月分くらいの額ですが、自分の銀行口座に振り込んでもらえる日がとても楽しみです。
*写真では、座って背中に筒先と呼ばれる消防ホースの先頭部分を背負っているのが私です。
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