鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

2008年 夏の北海道西海岸・取材旅行 「函館 その3」

2008-08-31 07:44:08 | Weblog
 観光客が記念写真を撮る基坂を登っていくと、右手に、「宇須岸(うすけし)河野館(こうのたて)跡」がありました。ここは安藤一族の河野政通(こうのまさみち)が「館」を築いたところで、遠くから見るとその館が「箱」に見えたため、「箱館」という地名が生まれたのだという。この「箱館」が「函館」に改められたのは明治2年(1869年)のことでした。

 同じく右手に、「諸術調所(しらべしょ)跡」もありました。これは箱館奉行所(「お役所」)の教育機関で、安政3年(1856年)に設立されたもの。教授には、五稜郭で有名な武田斐三郎(あやさぶろう)がいました。

 同じく右手に「ペリー提督来航記念碑」がありました。この記念碑のある広場は「ペリー広場」といいますが、その正式名称は「函病跡地緑地広場」。ここは函館病院があったところなのです。

 基坂を登りきると、そこが「元町公園」。ここが実は「箱館奉行所」のあったところ。現在は、「旧北海道庁函館支庁庁舎」(明治42年)と「旧開拓使書籍庫」、および「旧函館区公会堂」(明治42年・重要文化財)があります。「旧函館支庁舎」は、現在、観光案内所および写真歴史館となっていて、古写真を通して函館の歴史がわかるようになっています。

 面白かったのは、国指定の重要文化財になっている日本最古の写真の複製が展示されていたこと。重要文化財に指定されたのは平成18年(2006年)6月と、つい最近のこと。それまでは現物がここに展示されていましたが、指定により市立函館博物館に保存されるようになり、現在は複製品が展示されています。

 この写真に写っている人物は、松前藩勘定奉行兼旗奉行であった石塚官蔵(55歳)と、槍持(やりもち)の万吉、草履取(ぞうりとり)の卯之吉、貸人(かしにん)の村田某(なにがし・名は不明)。撮影したのは、ペリー艦隊に随行していた写真家E・ブラウン・ジュニア(1816~1886)。撮影した場所は実行寺。撮影した日もわかっています。1854年5月24日。和暦に直すと、嘉永7年4月28日のこと。4月28日と言えば、ペリーが箱館に上陸して松前藩家老松前勘解由と外交交渉を始めた日から4日後のこと。

 このブラウンは、松前藩家老の松前勘解由と松前藩用人遠藤又左衛門、そして石塚官蔵の3人(松前藩のペリーの応接担当役人)そろっての写真や、松前藩士の集合写真も撮っています。

 おそらくこのブラウンの撮った写真にのっている松前藩士たちが、マセドニアン号上で行われた「エチオピア吟遊詩人団」による「ミンストレル・ショー」を観賞したに違いない。西洋の楽器で演奏される賑やかな歌(フォスターの歌など)、そしてその歌にあわせての、顔を黒く塗って黒人に扮した白人の水兵や黒人たちの軽快な踊りを、彼らは始めは驚きつつ、やがては満面に笑みを浮かべて楽しんだものと思われます。もっとも家老の松前勘解由はあいにくの風邪のため出席できなかったようだ。

 夕方7時ちょうどに始まったということだから、宵闇の甲板の上でショーは繰り広げられたに違いない。招待された武士の中には、そのショーで歌われたフォスターの歌を覚えていて、口ずさむものもいたという。

 この石塚官蔵とその従者たちが写っている写真は銀版写真。すなわちダゲレオ・タイプのカメラによって写されたもの。このダゲレオ・タイプのカメラというのは、フランス人のルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(1787~1851)が1837年に発明(彼がフランスの科学アカデミーで公表したのは1839年)したものでした。

 この写真は、外国人が日本国内で日本人を撮影した、現存する最古の写真の1枚でした。

 山の上町の上田屋稲蔵宅で、娘の一人が写真を撮られたという記録が残っているようですが、それが残っていれば、その上田屋稲蔵の娘の写真が重要文化財になっていたかも知れません。

 この展示室には、写真に写っている石塚官蔵が着用していた(写真に写っているもの)裃(かみしも)・刀・脇差も展示されていました。かなり色あせくたびれてはいるものの、撮影時点においては、色鮮やかで、糊のかかったパリッとした裃であったことでしょう。ブラウンの構えるダゲレオ・タイプのカメラを前にして、神妙な顔付きを見せる石塚官蔵のかしこまった姿が髣髴(ほうふつ)とされる展示物でした。

 写真についての解説や展示物を見回った後、12:02に、写真歴史館を出て、その裏手の「旧函館区公会堂」の方に向かいました。


 続く


○参考文献
・『黒船が見た幕末日本』ピーター・ブースワイリー/興梠一郎訳(阪急コミュニケーションズ)


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