うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

神田堀八つ下がり~河岸の夕映え~

2012年04月01日 | 宇江佐真理
 2003年2月発行

どやの嬶
浮かれ節
身は姫じゃ
百舌
愛想づかし
神田堀八つ下がり 計6編の短編集

 「おちゃっぴい」の続編。副題に「河岸の夕映え」とあるように、河岸(川沿い)舞台に、そこに生きる人々を描いている。

どやの嬶(かか) 御厩河岸
 何不自由なく育った、水茶屋和泉屋の娘おちえは、父親と火事で家財一切を失ってしまう。番頭の卯之助の手配で、御厩河岸の仕舞屋に移り住み、小さな八百屋を営んでいたところ、船宿川藤の息子勘次に見初められる。
 そこには、勘次の兄弟が何人もいたが、皆捨て子であると言う。勘次の母親の明け透けな人柄や、家族の愛に触れる。
 どや=宿、嬶=勘次の母親の事で、物語上は脇役ながらも、おちえに多大な影響を及ぼす肝っ玉母さんをタイトルにしている。だが実は、おちえが、次第に卯之助を信頼して過程が、ポイントとなり、人としてひと回り大きく成長していく姿を描いている。

主要登場人物
 おちえ...元水茶屋和泉屋の娘
 卯之助...元水茶屋和泉屋の番頭
 お鈴...おちえの母親
 民次...おちえの弟
 勘次...船宿川藤の嫡男
 お富士...船宿川藤の女将、勘次の母親
 
浮かれ節 竃(へっつい)河岸
 無役の小普請組の三土路保胤は、唯一の特技が端唄であった。そんなある日、娘に武家屋敷への奉公の話が舞い込むが、その支度金もままならず、賞金目当てに唄合戦に参加する。
 宇江佐さんの小説には、貧乏御家人の代表である小普請組を題材にした作品は多いが、今回は悲壮感のない、明るい進行。結末も、何事も多くを望まずほどほどにといった終わり方である。
 「ずっと年を取った時、一生で一番忙しく過ごした一日を懐かしく思い出せればそれでいい。どうやら三土路は死ぬまで小普請組で終わりそうだった」。
 こういう考え方、素晴らしいと思う。

主要登場人物
 三土路保胤...小普請組御家人
 るり...保胤の妻、元料理茶屋増田屋の娘
 隠居...蝋燭問屋
 増田屋清六...るりの父親
 ちひろ...保胤の長女

身は姫じゃ 佐久間河岸
 和泉橋の袂に住み着いているらしい七、八歳の娘。声を掛けても「身は姫じゃ」と言うだけであった。仕方なしに、岡っ引きの伊勢蔵は自宅に連れ帰り、しおたれた姿の割には、絹物を身に付けた娘の素性を探る。
 待ってました。「驚きの、また喜びの」の続編。姫様の話は胸につんとくる切なさがあるが、宇江佐さん描くところのキャラで大好きな、か組の纏持ち末五郎がワンシーンながら登場。しかも、このシーンがこれ以上あるかというくらいに粋である。
 伊勢蔵を持ってして、「印半纏をいなせに着て、水も垂れそうな男ぶりの末五郎が店に入って来た時、の伊勢蔵は末五郎の身体から大袈裟でもなく後光が射したように見えた」。と言わ示しているくらいだ。
 末五郎の息子の龍吉も、中々に出来た人物なのだが、父親のスケールの大きさの前に霞んでしまうのが残念。
 スピンオフで、末五郎の物語を望みたいが、実際にはこういった粋でいなせなキャラは、脇でぴかりと光る存在であり、主人公になって所帯臭さを見せてはいけないのだろうと、ぼんやりと考えた。

主要登場人物
 伊勢蔵...岡っ引き
 おちか...伊勢蔵の妻
 小夏...龍吉の妻、伊勢蔵の娘
 龍吉...鳶、か組の火消し
 末五郎...龍吉の父親、鳶、か組の纏持ち
 敏子...公家の姫

百舌 本所一つ目河岸
 農民の出ながら学問を修め、津軽弘前藩の藩校である稽古館の教官を務めた横川柳平は、お務め退き、子どもたちに手習を指南しながら、弟の金吉と余生を送っていた。
 そこに、故郷から彦次と名乗る男が、二人の姉のひさからの土産を携えて訪った。
 兄弟の絆を描いた心温まるストーリになっている。金吉が己の紋付を誂える金子をひさに送るシーンは感動する。「吾ァは紋付なんざいらね。その気になれば古着でもなんでもある」。そう言って、ひさの上京の路銀に渡すのだ。兄弟愛を感じる名場面であると同時に、若い頃は放蕩を尽くしたとされる金吉が、心根を入れ替えたことをも伺わせるキーとなる台詞に感じられた。
 金吉が強く望んだひさの江戸見物だったが、その時、金吉はひさに会う事が適わない。思うに彼らの年齢から考え、最期の兄弟対面だっただろう。そこが読み手にとっての悔いである。
 だが、何十年離れていても肉親の情は、時を超えると言い聞かせているようなラストがすがすがしい。

主要登場人物
 横川柳平...元津軽弘前藩稽古館の教官、手習所師匠
 金吉...柳平の弟
 ひさ...柳平の姉
 ほり...金吉の娘
 彦次...津軽の百姓

愛想づかし 行徳河岸
 小料理屋で働くお磯と、家を捨てた日本橋の廻船問屋三枝屋の嫡男旬助の恋物語。
 大方別れるだろうと読み進めて行ったが、この旬助、存外に良い人柄で、お磯を三枝屋の嫁に迎えると言うのだった。
 だがこのお磯という女、幸せになりたい癖に、実際にそれが手が届くところまでくると臆病になってしまう。
 お決まりの修羅場へと展開するのだが、こうなると、旬助の実に連れない態度がクローズアップされるが、然りとてお磯に同情する気になれないといった有様。
 途中、旬助逃げろと叫びたくなるほど、女の嫌な情念を持ち合わせたお磯だった。
 だが、最後9行で現した旬助の心情描写はお見事。「せめて、油障子ぐらい直してやればよかった」。は、本音だろう。

主要登場人物
 旬助...廻船問屋三枝屋の嫡男
 お磯...居酒屋末広屋女中
 亀吉...居酒屋末広屋主
 おるん...旬助の姉
 おとせ...旬助の母親
 佐兵衛...三枝屋主、おるんの夫

神田堀八つ下がり 浜町河岸
 「れていても」、「あんちゃん」に続く薬種問屋丁子屋の菊次郎物の第三弾。
 一気に時が過ぎ、菊次郎には3人の娘が出来ていた。そして女房のおかねの腹にはもうひとり。
 婿養子先が決まっても、装束すら揃えられない、貧乏旗本の次男青沼伝四郎の為に、菊次郎と医者の佐竹桂順は、一肌脱ごうとする。
 その矢先、元柳橋の一膳めし屋おそめでは、見世にそぐわない高級料理が話題となっていた。その板前は袴姿であった。
 身形は見栄の為か、己の戒めの為か…。
 まずは、佐竹桂順。確か第一話では、玄白だったのだが、二話から桂順を名乗っているが、これはわたくしの見落としだろうか?
 さて物語。菊次郎の主観が今回も冴えており、ついつい引きずり込まれてしまう。
 個人的に好きな台詞は、菊次郎に娘をひとりくれてやると言われた与四兵衛が、「あちき、自分で餓鬼を拵えるから。大丈夫」。で、本筋には関わりのないところまで手を抜かずに、キャラを立て笑わせてくれている。
 このシリーズは悪人が登場せずに、実際に有り得ただろう日常を追っているほのぼの感が好きである。

主要登場人物
 菊次郎...薬種問屋丁子屋の嫡男
 おかね...菊次郎の妻 
 与四兵衛...薬種屋鰯屋の嫡男、菊次郎の友
 善兵衛...小間物屋えびす屋の隠居、菊次郎の仲間
 豊吉...人参湯の三助、菊次郎の仲間
 佐竹桂順...医師、菊次郎の友
 青沼伝四郎...旗本の次男
 源次...一膳めし屋おそめ板前(料理屋嶋村板前)
 

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