へなちょこかいご

アルツハイマー型認知症・80代の母との暮らしで思う事。
母は2021年秋に亡くなりました。父の事も少し。

父、退院に向けて

2023年04月29日 | 父のこと
転院先では普通食になり、好物のあんぱんも解禁になりましたが、

すぐに飽きてしまい、食べなくなりました。

内科の他、耳鼻科、泌尿器科での検査や治療、リハビリの毎日。

父は今後介護が必要になるのだと、母のケアマネージャーさんに連絡し、

父が利用できるところはありますかと聞くと、

「ありますよーー!」と明るい返事。

このひと言にどんなに救われたか。

後々、父の担当はこの人じゃなければだめだったなあと思いました。

母とも仲良しで、私は本当に頼りにしていました。

父についてくれた若い男性看護師さんも、

いつも迷惑かけてすみません、と言うと、

「うちのじいちゃんに比べたらかわいいもんですよーー!」と笑っていて、

安心できる存在でした。

病室での介護度認定調査では、質問や動作の確認に憤慨。

こんなに動ける!とアピールしようとしてベッドの上で転げていました。

私は在宅酸素の方法を教わったり、家への介護用品の搬入、各種手続き。

父に○○買って来て、と言われて買って来ると、

もう病院で借りた、とか、ひと目みて「いらない」と言われたり。

検査で移動する時、寒いかなと羽織るものを用意しても、しかめ面。

ある日見舞いに行くと、看護師さんから

「電話しようと思っていたんですよ。床屋に行きたいと言うので、出張床屋さんに

ご家族が電話して下さい」と言われました。

病院によく来ている出張床屋さんを教えてもらい、電話すると、

ちょうど今近くにいるのでこれから伺います、とのこと。

待つのが嫌いな父にはラッキーで、父もさっぱりしたのですが、

いつもこうだと勘違いしてしまい、

次の時には待ち時間があったため、ご立腹でした。

見舞いに行って5分もすると「帰れ」と言うので、

入院用品や着替えの確認をしたりして帰ると、

家に着いたとたん病院から、先生のお話があります、と電話が来て

また行ったり。


うちは、父が元気に入院している時が1番平和でした。

元気にと言うのは、がんの時のように、手術、治療して元気に退院するという

確定がある場合。

母も私ものびのび暮らしました。

しかしこれから介護が始まるという入院、退院に、

うちは緊張、不安しかありませんでした。



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