拝啓 夏目漱石先生

自称「漱石先生の門下生(ただのファン)」による日記

約4年半ぶりの再会。ゴンとネフェルピトー

2008-03-25 19:42:15 | 漫画
「仲間思いの奴がいたらどうするんだ…?」(「HUNTER×HUNTER」19巻)


思えば「HUNTER×HUNTER」に、ガチでタイマン張るような戦闘シーンは今まで殆ど皆無だった。ルール無しで己の全てを賭けて戦う、みたいなシーンが極端に少なかった。序盤のハンター試験編は試験ごとに明確な課題があり、それをクリアしていく物語だったし、最終試験のトーナメントでのタイマンも「まいったと言わせれば勝ち」「相手を殺したら失格」という鉄の掟があった。天空闘技場での戦いは審判によるポイント制だった。ヨークシン編は旅団が強過ぎてゴンとキルアはまともに戦う機会すら得られず、旅団員とのスリリングなやりとりが物語の中心。その旅団とまともに戦えるキルアの家族で暗殺者・ゼノとシルバも「依頼主が死んだから」という理由で試合放棄。ガチで旅団員と戦い、決着をつけたのはクラピカだけだった。グリードアイランド編はゲーム内に入る物語だけあって、己の念能力だけでなくゲーム特有のルールも駆使して強敵に立ち向かっていた。爆弾魔を完膚なきまでに打ち負かす実力を持ってたのはビスケだけだったから、ゴンとキルアは事前に策を張り巡らせてミスリードを誘うような戦い方をした。
このような「ガチで戦うシーンの少なさ」が「HUNTER×HUNTER」の魅力の一つだった。乗り越え難い大ピンチにいかに頭使って立ち向かっていくかが大事。誰よりも強い奴が勝つのではなく、相手を一泡吹かせた奴が勝つ。ゴンVSゲンスルー戦のように。
しかしキメラアント編に突入してからこの傾向は変わった。キメラアント達が猛威を奮うNGLでは、策を練るより問答無用で敵に立ち向かうこと、ガチで戦うことが推奨された。カイトはゴンとキルアに「(蟻を)迷わず殺せ」と命令。「ピトーには勝てない。勝ち目がない」と判断し逃げてきたキルアはモラウに「100%勝つ気で闘る。これが念使いの気概ってもんさ」と一蹴される。さらにナックルとシュートに勝つための作戦を練ろうとゴンに提案したキルアはゴンに「下準備が必要な勝ち方なんて意味がないよ」と返される。考え過ぎるな、戦え、と。策なんて練らずとも正攻法で敵を捻り潰せるような無敵の力を身につけなければならない、と(そいえば幻影旅団がザザン隊と対決した時、シャルナークが「正面突破で」とか行ってたな…)。子供の頃から策を練り、確実に敵をしとめる戦法を、ある意味「HUNTER×HUNTER」の醍醐味のような戦いを教え込まれたキルアはキメラアント編でそれを全否定されるが、やがて自らの殻を破り変貌を遂げた(脳みそに刺さってた針を抜くシーンは屈指の名場面!)。一方ゴンも、変わり果てた姿となったカイトと再会したことで、憎きピトーとガチバトルする決意を固めた。
キメラアント編では、王の宮殿に乗り込み護衛軍と王を分断するための綿密な作戦会議をハンターチーム内でしていたようだが、分断後に護衛軍とどう戦うか詳しく策を練ることは無かった。相手は化け物揃いだし、能力も全くわからないし、捨て身で立ち向かうしか無いからだ。当然ゴンも同様だ。ゴンが、力の差がかなりある相手と無策で命を賭けて戦うなんて今まで無かったから、ゴンVSピトーの描かれ方が全く想像出来ず、ずっと楽しみにしていた。そしたら今週の「斜め上を行く」(byクラフト隊長)展開。無防備なピトーがすぐそばにいるのに戦う事なんて出来ないという、序盤のカイトのモノローグが伏線として活きまくってる、地獄のようなシチュエーション。やっぱり冨樫はこの漫画では、ガチの戦闘シーンを描かないのだろうか。
や、別に描かなくても良いんだけど。面白ければなんでも良いんだけどね。今週本当素晴らしかったよ。かつてビスケが「まさにダイヤモンド」と例えたような固い意志と、キルアが「お前は光だ」と感じたような、誰の心も解かすような熱いハートを持つゴンが、今回すっごい顔してたもんね!旅団と対峙してるクラピカ並、いやそれ以上の迫力(そいえばクラピカの宿敵幻影旅団もただの残虐非道集団じゃなかったね)。何てったってあのピトーが焦ってたからね。それにしても、あんな状況でも相変わらず脳みそフル回転のキルアって…。数秒で全てを理解してるよね、あれ…。