つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

あなたの人生、変わる……かも

2005-03-20 16:20:03 | SF(海外)
さて、漫画も含めることにしたとか言いつつ漫画でない第110回は、

タイトル:あなたの人生の物語
著者:テッド・チャン
文庫名:ハヤカワ文庫

であります。

「テッド・チャンを読んでる奴はいねかぁ~」

いますね、沢山。友人の薦めもあって私も手を出してみました。
短編集なので、例によって一つずつ感想を書いていきます。

『バビロンの塔』……旧世界のテクノロジーで、本当にバベルの塔を造ってしまったとしたら? という話。工人達の会話や、塔の歴史など、そこかしこにリアリティを感じさせるものがちりばめられているが、厳密に言うとおとぎ話。自重で塔が潰れてしまうんじゃないかとか、風が強すぎて上の方は作業どころじゃないだろとか、下世話な突っ込みを入れつつ読んでいたら、いともあっさりとテッド・チャンの魔法でかわされて塔のてっぺんまで連れて行かれる。しかもさらにその上には――とと、秘密を全部しゃべってしまいそうなのでここでストップ。少なくともこれ一作だけで、「テッド・チャンは他の奴等とは違う」と言い切ってしまえる美しい短編。一押し。

『理解』……ある人物の『知的進化』の過程を詳細に描いた力作。中盤、会話がまったくなくなり、主人公の思索だけが延々と繰り返されるためやや冗長に感じられるが、ある存在の登場により一気にストーリーが加速する。知的進化といえば『アルジャーノンに花束を』を思い出すが、あれと本作とは全く毛色が異なる。ある意味悲劇だが、それは主人公にとってではない。

『ゼロで割る』……小学生の頃、1割る0は何? と聞かれて、は? となった記憶がある。割る0ってことは割ってないんじゃないか? と子供ながらに思ったからだ。その質問が、数学ではタブーとされていることを知ったのはずっと後のことだった。あー、『Q・E・D』の彼ならどう答えるんだろ? ――全然、話の内容に触れてませんね、このコメント。

『あなたの人生の物語』……主人公は言語学者の女性。軍の要請でエイリアンと接触し、その言語を解析することになる。そして、一定期間を過ぎて彼女自身にある変化が――。一見、過去と未来を交互に見せる手法を使った一般的なストーリーに見えるが、大きな間違い。未来の場面の主人公の心理描写がどこかおかしいのだ。この奇妙な感覚はストーリーを読み進めていくうちにさらに濃くなり、すべての謎が解けた上で未来と過去が接触して物語は終わる。タイトルの付け方が絶妙。

『七十二文字』……魔法が科学として扱われている世界の物語。この作品に限らないが、テッド・チャンが造る世界は非常に計算されており、必然がストーリーを推進させキャラクターを動かしている感がある。これもまたそうで、名辞と呼ばれる支配の言葉(要はプログラムと回路を一緒にしたようなもの)を使って、来るべき人類の危機に立ち向かう者達の姿を描いている。あ、ちなみにドンパチじゃないです。飽くまで研究によって人類を救う話。

『人類科学の進化』……旧人類と超人類が混在する世界で、旧人類の同胞に未だ自分達の科学は死んでいないことを訴える架空論文。

『地獄とは神の不在なり』……『天使降臨』を偶発的に発生する自然災害として扱ったユニークな話。天使によって人生を狂わされた者、救われたと感じていた者、未だ降臨に立ち会っていないが神を信じている者。三人のキャラクターが交錯する時、そこに再び天使が現れ――。天国と地獄が実際に存在している世界、というのが驚き。ただし、宗教の解釈は現実世界と同じで、飽くまで個人個人が自分でどう取るか、である。

『顔の美醜について――ドキュメンタリー』……手術によって、美醜による偏見を捨てることができるとしたら? という実験作。顔を整形するのではなく、他人の顔を見た時に、美醜で相手の印象を決定しなくなる、というのがミソ。副題にあるように、様々な人物のコメントの連続で話が展開される。作りとしては面白いが、結論が出ない命題であることを証明しただけで終わる。

以上! 長かったぁ、もう満腹です。
とりあえず、SF好きなら絶対のオススメ。
全部が全部SFかと言われるとそうでもないから、SF苦手な人にも読んで欲しいですね。
ちと難解な話もあるので、軽く読み飛ばすには向いてないけど……。



――【つれづれナビ!】――
 ◆ 『海外作家一覧表』へ
 ◇ 『つれづれ総合案内所』へ