デザイナー、俳優、映画 監督など多くの分野で多彩な才能を発揮された伊丹十三さん(1933-1997年)。
私にとっては、何よりも格別のエッセイストです。スポーツカー、ファッション、料理、音楽、絵画、などあらゆる分野の蘊蓄(うんちく)が上質の文章で披露されているのを心から楽しみました。以前、当ブログでも一つのエッセイを紹介しています(文末にリンクを貼っています)。
今回はデビュー作「ヨーロッパ退屈日記」(新潮文庫)から「スパゲッティの正しい食べ方」をメインにお届けします。なお、オマケとして、ネタ元(伊丹さんの本ではなかったと思います)は忘れましたが「スープの正しい食べ方」を付記しました。最後までお付き合いください。
スパゲッティもスープも、音を立てずに食べるのがマナー、というのは皆様ご存知の通りです。でも、家庭とかファミレスなどでは、皆さん、結構壮大な音を立てておられます。特に、スパゲッティの場合、フォークを麺に突き立ててぐるぐる回すと、際限なく巻きついてくることがありがち。え~い、面倒だ、とばかりにフォークを箸代わりに、ズルズルと啜(すす)り込んで食べる姿をよく目にします。こんな事態を避けるためには、一口で食べられるだけの麺をフォークに巻きつけるのが最大のポイントです。そのうえで、フォークごと口に運べば音もせず、スマートに食べられるのが道理。そのためのノウハウ、手順を氏は熱く(?)語ります。
前提として、日本でついてくるスプーンは本場では使いませんので、フォーク1本勝負です。
皿が運ばれてきました。スパゲッティが山の形に盛られています。まずは、ソースと混ぜ合わせ、麺をプレート全体で同じくらいの高さになるように、フォークで地ならしをします。そして、これが大事な作業になるのですが、「皿の一隅に、タバコの箱くらいの小さなスペースを作り、これをスパゲッティを巻く専用の場所に指定する」(同エッセイから)のです。著者によるこんなイラストが載っています。「指定する」なんていうキザっぽい表現が、いかにも氏らしいです。
いよいよ、指定した場所に麺を持ってくるのですが、1本が50cmほどもある本場モノの場合には2~3本、日本の短いモノでも7~8本が、一口で食べられる量の目安になります。それを「指定」の場所に持ってきて、フォークに巻きつけていくのですが、大事なことがあります。
それは「フォークの4本の先は、スパゲッティを巻き取るあいだじゅう、決して皿から離してはいけない」(同)ということです。これは私も読後に実験してみました。確かに適量を取り分けて、フォークを皿に接触させたまま巻き取ると、あら不思議、麺がもつれることなく、フォークにスルッと巻きつきました。それでも失敗したら「すぐやり直さなきゃだめだよ」(同)と著者のアドバイスは誠に親切にして、厳格です。
氏の説く手順にすべて従え、と言うつもりはありません。多少は音がしても、楽しく食べるのが第一です。ただ、フォークの先を皿から離さない、というコツは普段から利用できそうです。ここ一番の勝負どころ(どんなところ?)ではスマートな作法に映るはず。是非お試しください。
さて、スープです。中学校の英語で、スープは、drink(ドリンク=飲む)ではなく、eat(イート=食べる)だと教わりました。液体を「食べる」のがなんとも不思議でしたが、後年、謎が解けました。drink というのは、液体が入った器に口をつけて、飲み込む動作を言うのですね。コップの水、カップのコーヒー、紅茶などを「飲む」ように。
スープの場合は、スープ皿には口をつけません。スプーンを介して口に運びます。だから、「食べる」なんですね。
レストランなどで見ていますと、皆さん、音を立てないよう注意しておられるのは感じます。でも、スプーンから(ゆっくりではありますが)液体を吸い込む感じになりますから、ズッとかすかな音はします。しからばどうするか?スパゲッティ方式の応用です。スープの入ったスプーンを丸ごとパクッと口に入れ、スプーンを抜けばいいのです。音も立てず、スープが「食べられ」ます。欧米の映画でもこの通りのシーンを見た覚えがあります。が、特に女性の場合、あの大きなスプーンを、パクッと咥(くわ)えるのは、抵抗がありそうです。少量をスプーンにとり、傾けたスプーンからおしとやかに流し込む感じでいいのではないでしょうか。
いかがでした?マナーも大切ですが、美味しい料理を、気の合う仲間と、楽しく、いただくのも大切にしたいですね。なお、冒頭でご紹介した記事へのリンクは<第260回 エッセイスト伊丹十三>です。合わせてご覧いただければ幸いです。それでは次回をお楽しみに。