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第520回 言葉との格闘技−2

2023-04-21 | エッセイ
 久しぶりに続編をお届けします(文末に、前回(第495回)へのリンクを貼っています)。
 格闘技が大好きな言語学者・川添愛さんの本「言語学バーリ・トゥード」(東京大学出版会)から、軽いノリで、いろんな言葉と格闘する著者の戦いぶりをお楽しみください。

★「絶対に押すなよ!」の意味と意図★
 80~90年代にかけて放映されたスーパーJOCKYという番組の中に、「熱湯コマーシャル」というコーナーがありました。テレビコマーシャルをしたいタレントがルーレットをします。勝ったタレントは、水着に着替えて、熱湯の入ったバスタブに身を沈め、我慢できた秒数(最大30秒)だけ、自己宣伝ができる、という他愛ない企画でした。
 常連の上島竜兵(ダチョウ倶楽部・故人)の場合、いよいよバスタブに入ろうとする時に発するのが「絶対に押すなよ!」です。本書からイラストを拝借しました。

 文字通りの「意味」は、押されて急にバスタブに落ちたりすると危ないから押すな、という強い禁止命令です。でも、「意図」は違います。ここで押されて、ドタバタとバスタブへ入って、「アッチッチ~」と騒げば、ギャグになります。そのきっかけが「絶対に押すなよ!」です。なので、真の「意図」は、「押せ」なんですね。日常生活でも、「意味」と「意図」のすれ違いはあります。「あしたヒマ?」というのは単なる質問じゃないですね。何かやって欲しいことがあったり、誘いだったりするきっかけの質問ですから。
 お笑いの世界では、禁止命令をきっかけに、あえて禁止のアクションを起こさせ、そのギャップをギャグにする、こんなテがあったんですね。さすが言語学者、「熱湯コマーシャル」を例に引いてきた「意図」がよく理解できました。

★怖い「前提」★
 著者は、警察学校の生活をリアルにテレビドラマ化した「教場」を取り上げています。そこで事情聴取の訓練として、警官役とひき逃げ容疑者役とでこんなやりとりがありました。
警官役「○月X日、あなたは現場近くを通りかかりましたね?」
容疑者役「いいえ、通りかかってないですよ」
 容疑者は否定するばかりで、手詰まりになったところで、別の生徒が手を挙げて、警官役を買ってでます。そして、こう訊きます。
「あなたが現場近くを通りかかったのは、○月X日の何時頃でしたか?」
 容疑者役は、一瞬、ぐっと答えに詰まります。教官からもこの尋問は評価されます。そこで言語学者たる著者は気づくのです。これは、「前提」の問題だと。
 つまり、この訊き方は、現場近くを通ったことを「前提」にしていますから、容疑者の立場からはまともに答えてはいけないのです。「いいえ」とか「わかりません」とか「覚えていません」などと答えても、近くを通ったという「前提」は認めたことになる、というのが言語学の立場だそうで、怖いですね。
 この手法をうまく使う手があります。デートして、次のデートの約束を取り付けたい時、「また会ってくれる」と尋ねるよりも、「今度いつ会う」と訊くのがいいのです。会うことを「前提」にした言い方ですから。う~ん、若い頃、この知恵があれば・・・・

★なくて七癖★
 プロの書き手でも、書き癖というのはあるのですね。著者が、編集とか校閲の人からよく指摘されるのは「「カギカッコの多さ」である」(同)と、さっそくカギカッコ付きで書いてあります。
 ご本人も指摘されて気づいたようです。
 普通は、話し言葉や他人の言葉の引用、そして、強調したい言葉や、ひとつの意味のあるカタマリ(例:先ほどの「カギカッコの多さ」)として理解してほしい時などに使います。
 問題は、「「文字通りではない特別な意味」があることをほのめかす場合にも使われる」(同)というあたりにあるようです。漫画で怪しげなキャラが「さあ、「パーティー」を始めようか」と言えば、普通のパーティーじゃないな、と感じる、との例を著者は挙げています。
 したがって「私の文章は、「ほのめかしが多く、なおかつ読みやすさをカギカッコで安易に補おうとしているウザい文章」ということになる」(同)と「カギカッコ」付きで総括しています。
 う~ん、そんなに気になりませんけどね。うまく使えば便利とはいえ、「安易に」「多用する」のは、避けなければ、と自戒したことでした。

 いかがでしtか?なお、前回の記事へのリンクは<こちら>です。合わせてご覧いただければ幸いです。それでは次回をお楽しみに。