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第498回 香港で語学を学ぶという事<旧サイトから>

2022-11-11 | エッセイ
 <旧サイトから>お届けします。一時、星野博美さんのドキュメント風エッセイを愛読していました。プロカメラマンの助手から、文筆の世界に転身した方で、その知的好奇心の旺盛さ、行動力、そして文書力に感心しながら、楽しく読んだものです。 
 本文の冒頭では、愛読するきっかけとなった彼女の作品や当時読んでいた作品などにちょっと触れています。そして、本題として、彼女の香港での語学学習体験を紹介しました。中国風とも香港風とも思える異文化体験をお楽しみください。 

★ ★以下、本文です★ ★
 ここのところ、星野博美という女性ノンフィクション作家にハマっています。
 きっかけは、最近出た「みんな彗星を見ていた」(文藝春秋社)という本です。織田信長の時代から、江戸時代初期までの、キリスト教の布教と弾圧の歴史を扱っています。日本側だけでなく、宣教師側の資料も徹底的に読み込み、取材を重ねた労作です。最後は、キリスト教の「本場」スペインまで足を運んでしまう徹底ぶり。重たいテーマですが、まったりした文章と、適度なユーモアに引っ張られて、あっという間に読み終わってしまいました。
「コンニャク屋漂流記」(文春文庫)は、先祖が、江戸時代、紀州から房総半島へ渡った漁師、というご自身のルーツをたどる珍道中の記録です。こちらでも、涙と笑いを堪能しました。

 そして、今は、「転がる香港に苔は生えない」(文春文庫)を読んでいます。著者2度目の中国(ただし、今回は香港のみ)訪問の記録です。時期は、1996年の返還直前。当時の街の様子です。


 本人は、広東語(香港を中心とした地域で使われている言葉)をそこそこマスターしているのですが、長期滞在するためには、語学の習得という形を取らざるを得ません。やむを得ず、最低限だけ広東語を教える語学学校に通いました。そこでの授業ぶりは、まさに異文化交流の趣きで、時に笑いを誘います。

 当時、香港の語学学校には、日本人は当然として、キリスト教関係者が多く通っていました。それには、こんな歴史的経緯があります。イギリスの植民地になっても、香港政府が熱心なのは、金儲けばかりで、そこに暮らす人々、難民の生活、福祉などにはまったく関心がなく、人々は劣悪な生活を強いられていました。そこに救いの手を差し伸べたのが、キリスト教関係者で、布教のかたわら慈善事業などを行なっていました。ですから、その人たちには広東語の習得が必須だったのです。
 そんな伝統は当時も続いていて、語学学校のクラスメート6名のうち、5名がキリスト教関係者という構成になっていたといいます。

 さて、香港という土地柄で、テキストには、政治性、社会性はあまりありませんが、それなりにユニークな例文が並びます。
「あなたは翡翠(ひすい)が本物か、偽物か見分けることができますか?」
「そんな風に子供を殴ったら死んでしまいます」
「子供に盗み癖をつけさせてはいけません」
「いくら銃を持っているからといって、むやみやたらに撃ってはいけません」
「香港ではどこを歩いても黄色(ポルノ)雑誌や風俗店ばかりが目につき不愉快だ」
「婚姻関係が破裂したら、我慢するより離婚したほうがいいのです」

 これらのテキストに、キリスト教関係のクラスメートが黙っているわけがありません。アメリカの修道女が異議を申し立てます。
 「私、離婚に反対します」
 それに対して先生は、「これは学習した語彙を使った例文ですから・・・」
 修道女も負けていません。「私、反対します。結婚は神聖な契約です。神が証人です」

 別の修道女から「先生、質問があります」「なんでしょう」「あなた方は本当に子供を死ぬほど殴るのですか?」答えに窮する先生。「私、暴力に反対します。子供は泣きます。何か伝えたいのです。なぜ泣くか、それを聞く必要があります」「まるで子供を育てたことがあるような深い意見ですね。シスター」と先生も負けずにイヤミを返します。
「さてと、次の語彙に移りましょう。「金庫にしまう」、これにしましょう。「あなたなら、宝石をどこにしまいますか?」」と先生。
「私は宝石を持ちません」「もし持っていたとしたらですよっ」「私が持つのは十字架です。十字架はいつも持っています。金庫にはしまいません」「「金庫にはしまわない」と一応、「金庫」という語彙を使いましたね。結構です。次に行きましょう・・」

 日本人にはちょっと考えられませんね。まあ、異文化、価値観のぶつかり合いって、こんなものかもしれません。でも、これだけのやりとりが出来れば、立派なもの。例文をすんなり受け入れるのではなく、異議を申したててみる、これって、語学習得の早道かも、と最後はちょっぴり「英語弁講座」を兼ねました。
 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。