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第181回 声の銀行

2016-09-02 | エッセイ

<居庵さんへの私信>金馬の「居酒屋」の口演記録を2点、ネットで入手しましたので、お店に届けておきます(例の、口上もしっかり載ってます)。忘年会でのパフォーマンス、是非、よろしく!(プレッシャーをかけるわけではないですが・・・)。さて、本題に入ります。

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気をご存知でしょうか?

 カラダを動かすのに必要な筋肉(随意筋)に命令を伝える運動ニューロン(神経細胞)が侵される病気で、原因も治療法も確立していない難病です。

 この病気を発症すると、徐々に運動機能が低下し、末期には、発声、自発呼吸もできなくなるため、人工呼吸器の助けが必要となります。そして、最後まで動かせるのは、瞼(まぶた)と、目の玉だけになります。
 医療グループ徳洲会の創設者である徳田虎雄が、罹病していることでも知られていますが、その様子を以前、テレビで見た事があります。

 氏の前に、ボール紙に、ひらがな、数字などが書かれた文字盤を持ったスタッフが立ちます。目の動きだけで、1文字1文字読み解いていくのですから、熟練した特定のスタッフにしかできません。ギョロッ、ギョロッと動く氏の目玉には、なにがなんでも、この方法で、自分の意志を伝えるのだ、という執念がみなぎって、すさまじいものでした。

 さて、先日、アメリカのニュースを見ていたら、ALS関連のニュースで、テロップには、
 <VOICE BANKING>と出ています。はて、「声の銀行」ってなんだろうか、「血液銀行」ってのは、聞いたことはあるが、と気になって見てみたら、概ね、こんな内容でした。

 全米で、ALSの患者は、約6000人いるとのこと。発声ができる段階のうちに、日常使う言葉、表現を、本人の声でデジタル録音しておきます(これがBANKINGというわけです)。そして、発声ができなくなった時に、それをコンピュータで再生・利用する、という試みが広まりつつある、というのです。

 人工合成の声は、すでに実用化しています。パソコンを使ったこんなイメージでしょうか。

 でも、人工音声だと、いかにも機械的で無個性。すべての意思まで表現できないにしても、本人の声でのヒューマンなコミュニケーションが、本人、家族にとって、大いなる助け、救いとなるのは、間違いないですし、なるほどと思います。

 68歳の女性の場合、手足の運動能力は落ちているが、まだ発声はできるので、いろんな言い回しを録音するのに余念がありません。
 「こんな表現も入れとかなきゃね」「これはどうかしら?」
 あくまで、明るく取り組んでいるのが、ほほえましい。

 42歳の男性の場合。運動大好きで、活動的だったとのことだが、若くしてALSを発症。年齢を問わないこの病気の厳しさを見せつけられます。
 さて、この男性の場合、今は発声ができない状態ですが、「声の銀行」の試みが始まった初期に録音を終えていて、現在は、それを利用しています。
 その様子が映っていましたが、ノートパソコンの画面に、いろんな表現が表示されている。
 Good morning. How are you today?  Hi,honey などごく日常的なあいさつなども並んでます。 
 意思を伝達したりとか、自分の体調を伝えたりという高度・複雑な表現も大事だが、このようなごく日常的で、ありふれたやり取りも大切なコミュニケーションなのだ、ということを、あらためて認識させられます。
 パソコンの側では、目の動きを読み取って、表現を選び、本人の声を、音声出力するという、なかなか優れたシステムです。

 「若い頃の主人の声が聞けて、ハッピーよ」とは、奥さんのコメント。小さい男の子も、ごく普通に、父親と接しているのが救いです。

 病気の治療法は簡単に見つからないにしても、「声の銀行」のように、生活のクオリティ(質)を少しでも、維持・改善していく工夫・努力を、患者を支援する側が怠らない、そして、患者の側もポジティブに、それを利用して行く、アメリカならではのニュースだと感じました。

 いかがでしたか?次回をお楽しみに。