さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

身めぐりの本 

2020年12月21日 | 
 いま頭の後に積んであった本が百冊ほど崩壊して、それを片付け終ったところである。それで、久しぶりに「身めぐりの本」を例によって書き出してみることにする。主として絵画関係の本である。

・『岡鹿之助文集 フランスへの献花』昭和五十七年十月、美術出版社刊。
 貧窮時代の藤田嗣治についてのエピソードが秀逸。
・「美術手帖」1959年10月号
 特集 モーリス・ユトリロ。「パリ風景にたくす 民衆画家の詩情」として高野三三男と大久保泰が対談している。ユトリロの絵は贋作の方がうまい、というのはおもしろい。ほかに本郷新のアトリエ訪問の記事や、野口彌太郎の伝記がある。野口の伝記の文中には、版画家の永瀬義郎の名前がある。永瀬は映画「ラ・バタイユ」で東郷元帥役をやり、その縁でほかにも多くの日本人画家が一緒に映画に出演したという。永瀬は昭和時代の版画のパイオニアの一人であり、その功績は大きいのだが、近年はほとんど顧みられない感じになっているのを残念に思う。
・黒田重太郎『欧州芸術巡礼紀行』大正十二年八月、大阪時事新報社編、十字館刊。
 どこかの出版社で注をつけて再刊してもらいたい本。同様に黒田の小出楢重伝である『KOIDE』は同じ船場育ちの著者による出自から理解が行き届いた著作である。
・『小出楢重絵日記』昭和四十三年七月、求龍堂刊。
 やや高額な本ではあるが、修行時代の小出の絵による日記の自由闊達さには目を瞠らされる。
・.山田光春『瑛九』1976年6月、花神社刊
 瑛九についての基本書と思う。中で話題になっている三岸好太郎の蝶と貝殻の絵は、いま平塚美術館で寄託展示されている大きな油彩の板絵のもとになったものではないかと思う。
・金子光晴『人伝』構成 桜井滋人、一九七五年ペップ出版刊。
 これは金子の自伝的な座談を活字に起こして担当の編集者が構成したもので、書名の由来を説明した十四ページもある長い自序がついている。それにしてもよくまあ、というぐらい奇談がつづくので、ちょっと読むとおなかがいっぱいになってしまうのと、紙の黄変がはげしくて読みにくいためにまだ全部読んでいないが、ぜったいに退屈しない本であるということは言えるだろう。
 金子の絵は、放浪中にも絵をかいて売った話が出てくるが、その技量たるや大したものである。神田の老舗の古本屋の包装紙になっているのは見たことのある人が多いと思うが、私は学生の頃にそれを見て気に入って、長いこと壁に貼ってあったのをいま思い出した。
・岩田専太郎『溺女伝』昭和三十九年八月、読売新聞社刊。
 永井荷風よりだいぶ離れるが、まだ江戸の残り香があった大正時代の東京の風俗を描いて居る。地色漁りは男の恥、という言葉があったそうな。男女観や恋愛観が現代とはよほど違っている。そういう空気のなかで関東大震災前にはじめた放蕩暮らしを、戦争をまたいで生涯一貫してしまった画家の回顧録。
 そう言えば子供の頃、新聞の特別な色刷りで岩田専太郎の画集の広告が入ってきて、私はそれが無性に欲しかったということがあった。だんだん思い出してきたが、切り抜いて壁に貼ってあったかもしれない。専太郎の美人画の絵皿のようなものは、あちこちの家でよく見かけるものだった気がする。田村孝之介の外国美人の絵皿も同様である。そういうものは、普通の家庭の玄関や応接間の本棚のガラスケースの中などに何となく飾られていた。そういう記憶の下地があって、この本を古書店で手に取ったわけなのだ。こういう十代前半の記憶の底にあるもののことを、すっかり忘れていた。
 
 などと書いているうちに、積み上げ直した本の山が再度崩壊してしまった。さっきから何て時間の無駄をしているのだろう!もう寝なくてはいけない時間だから、これでやめにする。

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