さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

戦後の詩

2016年09月22日 | 戦後の詩
 先日、知人に昔の詩を見せていただく機会があった。大切に保存してあった当時の新聞の紙型から起こしたもので、1960年頃の作。業界紙の文芸欄に発表したものだという。許可を得て、ここに掲載する。 

  金属音          堀井淳一

おれは機械になるのがどうも苦手だ
同僚たちが
アリバイのタイムカードを捺し
ユニホームに着かえる身軽いしぐさで
おのおののパートになりきっていく

彼らのあざやかな変身ぶりを見ていると
彼らも気づいて あいさつをする
―おはよう
 君は相変らず なりきれんのか
 ハムレットの悩みなんてはやらんぞ
 ドライにやれ
 ドライに!

おれはわずかに
彼らの生の声を聞きとったように思ったが
彼らの声は
もう金属的な音だ

※まだ職場に馴染めない印刷工の青年の詩である。六十年安保闘争で国会前のデモ隊にいて死んだ樺美智子の父親の教授が書いた「疎外論」についての本があった。マルクスの著書の中でいちばん人間的な共感を込めて読まれた部分、『経哲草稿』や『フォイエルバッハ論』の疎外論は、文学青年にも心情的に呑み込める部分だった。そこから一足飛びにレーニンの国家論や組織論に行ってしまって、多くの人々が間違ったのだ。しかし、国家の廃絶という事を言うレーニンの国家論は、十分にロマンチックだったと思う。それに対してその組織論の類には、冷厳な政治的現実主義の部分がある。思想・主義というものの持つ二面性である。若者には、若い時には、そういうことはわからない。
 
 堀井さんの詩の一行目、「おれは機械になるのがどうも苦手だ」という言い方の背後には、何となくマルクスの疎外論を肯定するような時代思潮がある。それと、自身の個人的に不器用な部分を、正直に告白してみようとする、世慣れない若者の柔らかなハートがある。その表現のしかたに、みごとなまでに時代の刻印が押されていることにあらためて私は驚いた。

 いま、戦争を振り返ることは比較的盛んである。それと同じぐらい戦後の高度成長期の文化を振り返ることも大事である。私は戦後詩の研究もしてみたいのだが、何から手を付けていいのか、今のところ目標が定まらない。

 先日知人から詩の雑誌が届いた。そこで彼は田村隆一の詩について説くところからはじめていた。吉貝甚蔵「始点としての『四千の日と夜』」(「季刊午前41」2009年)。これは、正しい方向性のひとつだろう。そういう考察をベースとして、彼は丸山豊の詩の事を最近になって論じていた。

 これが、実にいいのである。吉貝甚蔵「今、読む、丸山豊の詩」(「季刊午前53」)。私も丸山豊の詩が好きで、以前に少しだけその注釈を書いて自分の雑誌に載せたことがある。丸山豊の詩は、後世に残したいもののひとつだ。