さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

砂川文次の『越境』

2024年09月06日 | 現代小説

 なんとかこのブログについては、書くための浮揚のきっかけをつかもうと思うのだけれども、そもそもパソコンの前にあまり坐らないのだから、どうにもならない。更新しようと思いながら九月になってしまった。以前やっていたのは、手元の本とか、身辺雑記を記しているうちに、だんだん興が乗って来て、気付いてみるとそれなりのことを書いてしまっているというものだったが、この夏はあまりにも暑くてそういう気も起こらなかった。

〇 最近あまり小説は読まないのだが、砂川文次の『越境』の広告が出ていたので、いそいで買いにでかけた。「文學界」に連載されている途中から読み始めて、断続的に読みすすむうちに展開が気になって仕方がなくなって、それが唐突におわってしまったので、どうなったのか気になっていたのだが、広告をみていったん終了したのだとわかった。これは二日かけて読了した。

 そのあと同じ著者の文庫本の『小隊』も入手して、この小説の前段がわかった。時期的にはウクライナの戦争がはじまる以前に、北海道へのロシアによる現実的な軍事侵攻をシミュレーションしてリアルな戦闘場面と将兵の心理や表情を描いている。著者が自衛隊出身ということもあって、兵器や装備についての記述が異様に精細である。硝煙や血肉の四散する場面に出まかせが感じられない。一方で最後まで主人公は生き残るから、その生き延び方には、ハリウッド映画的な都合のよい偶然が多々あらわれるけれども、そういうことは、この小説の欠点とはならない。戦闘場面は、徹底的に非情で凄惨である。しかし、現実のウクライナやガザで起きていることは、こういうことなのだろうと、得心がいく。この非情さは、戦争それ自体の持っているものなのだ。小説の後半に差し挟まれる主にロシアの思想がらみの議論は、冷酷残忍な描写のみを消費することを目的とする読者を遠ざけるだろう。それにしても、『小隊』に収録されている文学賞受賞当時の初々しい書き手が、ここまで来てしまった。そこに現下の世界情勢の陰惨さが作用していることは、まちがいないところだろう。