さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

石畑由紀子『エゾシカ/ジビエ』

2023年02月06日 | 現代短歌

 数年前に私はこの人の作品を「未来」の「月旦」(これは毎月の作品批評の欄の名称)でしばしば取り上げたことがあった。だから、この人が作品集を出すなら、それはすぐれたものになるであろうことは、まちがいなかった。いや、私のその期待をはるかに上回る今度の作品集の仕上がり方、言葉を全体としてはゆっくり動かしながら、一首の中で微細な修辞的な差異を確かめるようにして詩語を反照させてゆくところが実に読んでいて心地よい。ページを繰るにつれて清冽で純度の高い歌がゆっくりと飛翔し始める姿が申し分ない。

  くちびるに触れるはかないものたちをあまく殺めて これは雪虫

 北海道に住む作者である。雪の歌がどれも新鮮ですがすがしくて、リリカルで汚れていなくてま新しい。同じ位相に置かれた純度を保って、相聞歌も冬の寒気にひたされていることがある。

  嘘ひとつおいてきただろうひとを待つ冬眠中の噴水の前

  いや、この歌集の世界を冬を柱にして比喩的に語りすぎるのは、まちがいのもとだけれども。でも、そういう歌を引いてみよう。

  浴びたならこごえるような水をなぜひとは飲めるのでしょうね、蛇口

  あたたかくあまいものが頬をながれて部屋は焚いても焚いてもさむい

 私はいまスティーブ・ライヒの音楽を聞いているのだが、こうした世界の芸術の同時性に互することが、日本の小さな詩型である短歌にも可能なのではないかと、ここで何となく思ったりするのである。本当は私には自分のいま言いたいことがよくはわからないのだが、探り当てられるところまで書き続けてみると、抒情質の根っ子に伏在する透明な空気感のたとえばスティーブ・ライヒの静かな悲痛さを湛えた音楽との等質性のようなものを、私が感ずるからだと言っては言いすぎだろうか。ためしに書いてみるならこれまで作者が生きているなかで大切に保持してきたものとしての無垢な感じのする何物かに対して、スティーブ・ライヒが祈っているのと同じように、石畑さんも祈りながら歌を作っているのではないだろうか。また短歌に限って言えば、石畑さんの作品には同時代の類似した作品の持っている意匠を少しだけ(でもその「ほんの少し」が大事なのだ)、抜け出た真実性の核がある。そういう表現としての必然性があるように思うということだけは、強調してみたい気がする。

  暗室を知らぬ写真のなかで笑む友たちの肌ざらついている

  だいじょうぶ何も探していないから惜しげなくただ広がっていて

  冬は少女、何度でも少女あまた見たのちの雪原かがやいている

 こういう歌についてなら私はいくらでも何か書いてみたい気がするのだが、いや、もうこれ以上のことは言うまい。さっきから「Different Trains」が足元のスピーカーから響き続けている。石畑さん第一歌集おめでとう。


須田覚歌集『西ベンガルの月』

2022年12月10日 | 現代短歌
 須田覚歌集『西ベンガルの月』2020年、書肆侃侃房刊 をめくる。インドに赴任して駐在員として働いている人の歌集である。

・合掌をすればかならず合掌すインドの民は僕を受けいれて

・笑顔には笑顔で返す歯を見せて言葉通じぬ作業員には

・罪のない技術者のまま死にたいと鉄を相手に過ごす一日

・「なぜここで生きているのか」目が覚めて生産遅延の対策を練る

・「我々にインド文化は変えられぬ。でも変えようよ工場5S」

 ※ 傍注に「5S」は「整理、整頓、清掃、清潔、躾」の頭文字で、工場改善活動の基礎とある。

同じ一連から引いた。ここには、異民族の中に入って懸命に生きる日本人技術者の友愛の感覚がうたわれている。貧富の格差が激しいインド社会ではあるけれど、この国に入ると絶対的な平等感覚が求められるところがあるのではないかと思う。その一方で、工場の現場では、一般の労働者と経営側の職制としての立場とは厳然として異なる。そういう同僚の姿も、それに連なる自分の姿も見えている。だから、三首めのような歌も作られる。

次に街を行く歌を引く。

・コインひとつ缶に落とせば騒ぎだす物乞いたちが集まってきた

・背は曲がり前足は伸び四つ足で歩く人間 近づいてくる

・手を叩き痩せたヒジュラが寄ってくるトールゲートがまた渋滞で

 旅行でインドに来ているわけではないから、「しまった」とか、「またか」とか、日常のトラブルのひとつとしてインドの習俗が感じられる瞬間はあるだろう。けれども、ここに流れているのは、困った出来事を微苦笑しつつ受け止めている作者の姿である。それはインドに来て学んだ平等感覚から発するものである。そういうインドの文化への敬意と愛着のようなものが、次のようなスケッチにも滲んでいる。

・忙しくCAたちが行き来する残り香だけが僕の救いで

 インドの国内線の飛行機の乗務員は、日本の航空会社のように完璧に装われれていない。とにかく皮膚感覚がまるでちがう。ここには表面的にだけでも好ましいCAなどというものは、存在しない。「残り香だけが僕の救いで」というのは、孤独なユーモアである。

ウクライナでの戦争のために、それ以前に出たこの歌集の中の戦争についての歌に目が行く。

・戦争に勝ち続けてる国のこと敬うように英語を話す

 インドは国境線をめぐって一年中隣国と小競り合いをしている国である。
ここで英語を話しているのは、どこの国の人なのか。わからないが、英語を話すことに誇らしい気持を抱いている人物らしいことは、わかる。しかも、その人物は、自分が所属している国は「戦争に勝ち続けてる」と思っているらしい。アメリカはベトナムで負けているし、先のアフガニスタン撤退だって負けと言えばそう言えるかもしれない。イギリスは世界中で勝ったり負けたりする歴史を経つつやって来た国だ。しかし、括弧付きで「勝ち続けてる」「英語」の国と言えば、やはりアメリカ以外には思い当たらないような気もする。そういう「英語」に威力を感じる感性に対する違和感をもとにして一首が組み立てられているということは、わかる。そういう人の話す「英語」の調子に反応している作者がここには居る。しかしこれがインド人だとしたら、私にはよくわからない。おもしろいけれども、もう少し背景がわかる歌が両脇に置いてある方が良かったかもしれない。
 
・白地図に仮で描いた国境を挟んで人は殺し続ける

 これは、よくわかる歌だ。この歌集についての話はここまでとする。

話はかわるが、たかが英語とは言いながら、東京都のスピーキング・テストをめぐる経緯を見ていると、うんざりした気持ちになる。そのうちスマホなどのアプリで会話ができるようになるはずだというのに、英語で話すことを入試の中で重視して、受験生に無用な負担を強いている。英語は道具なのだから、流暢に話すことを求められる専門家と、それ以外の専門分野に注力しなければならない人たちとを区別するべきである。すべての中学生に一定以上の英語の「スピーキング」の能力を求める必要など、ありはしない。これまでの記述式テストだけで十分に英語の能力は判定できていたのに、業者に利益誘導をするためとしか思えないスピーキングテストをどうして導入する必要があるのか。会話に時間を割くおかけで長文読解と文法の勉強のための時間が減ってしまって、かえって難しい英文を読む能力は下がっていくのではないだろうか。さらに、中学校の段階に加えて、小学校の段階でも問題が生じている。母語の獲得は十五歳までである。母語としての日本語が確かなものになる以前の小学生の段階から英語のスピーキングを教えてどうなるものでもない。それなのに低学年から英語の学習を必修とするという愚策を大々的に推し進めている。基本となる日本語の勉強の時間を減らしてしまえば、その結果は、総合的な学力と思考力の低下につながるであろう。英語をめぐる日本の教育行政は根本的に舵取りを誤っているし、亡国的な政策である。

志垣澄幸『鳥語降る』

2022年07月27日 | 現代短歌
遊ぶ子ら一人も見えぬ三納川ひねもすわれら遊びてゐしに  志垣澄幸

 時間の余裕があると、淡い味わいのある歌を何となく手に取って読んでみる気になる。『鳥語降る』いいタイトルである。作者は引き揚げと戦後の食糧難を知る世代である。子供の頃の川遊びの歌があって、「あとがき」に「まだ少年だった私は近辺の川や山野をかけめぐり、ひねもす遊びほうけていた。だがその体験がどれだけその後の生に彩りを添え、豊かにしてくれたことか。自然との昵懇な歳月は人を豊かにするというが、最近になってあらためて遊びほうけていた日々が貴重な体験であったことをしみじみと感じている。」とある。

 「人間が向き合わなければならないのは、政治や社会、時代や人生だが、もう一つ根源的なものとして自然があると思う。」と続けて書く。

これはごく当たり前のような言葉だが、今の時代はこういう伝統的な日本人の感性というものが、都市に集住する若者たちにはなかなか共有されにくくなっている。そもそも自然の事物を知らないうえに、たとえば子供たちの多くが虫を嫌悪することはたいへんなものである。教室に蜂や蜘蛛などの虫が入ってきたら、私はそれを紙やノートを使って上手に追い出すことができるが、虫の扱いを知らない者は大騒ぎをして飛びのいたり、すぐに殺そうとしたりする。こんな歌がある。

掌に囲ふ蛍の匂ひだしぬけによみがへりたり川の辺に来て

「てにかこう ほたるのにおい だしぬけに よみがえりたり かわのべにきて」と読む。ア行の音韻をみると「イ」音が三十一語音のなかで一〇個ある。つまり三分の一。助詞の「に」が数えてみると三つあって、『古今和歌集』の「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」などイ音の効果的に響く歌と共通の音韻感覚を持つ。イ音の多い歌は、たいていさらりとして押しつけがましくないところがあって、それは作者の歌の特徴でもあるだろう。

短歌の時代が終てたるやうなさびしさに岡井隆の訃報を聞けり
 ※「短歌」に「うた」、「終」に「は」と振り仮名。

 この歌の前には自選五首として帯に印刷されている歌のうちの一つが置かれている。

ペストの世もスペイン風邪の世も照らし今宵は川の中にゐる月

 二首とも初句が一字字余りで、初句の字余りは「うたのじだいが〇」、「ぺすとのよも〇」というように一拍から半拍ほど息をついて感情の高ぶりを漏らす声調として私は読む。そのために続く二句を七五調のリズムとしてより強く感じ取りながら読むことになる。だから「終てたるやうなさびしさに」で小休止、「スペイン風邪の世も照らし」で小休止。二首は内容は異なるが声調的には同じなのであり、岡井隆の亡くなった世と、コロナの流行する世とは、ともに歌の「終てたるやうな」さびしさを同じ時代の事柄として感ずる作者の感慨を歌の調べとして提示するものになっているのである。志垣澄幸の一見すると平凡に見えるかもしれない淡い歌の持つ価値を一般読者のために細かく解説すると、こういうことになる。

空を見ることなくなりし少年らてのひらの中の世界のぞきて

触れ合へる幹は見えねど軋む音竹むらの中に折りをりひびく

戦後よく食べさせられし千切大根旨きものなり今にし食めば

白飯を食ひたけれども食へざりし戦後知る人も少なくなりぬ
 ※「白飯」に「ぎんしやり」と振り仮名。

寒中水泳の少年らの首川の面に数かぎりなく浮きてただよふ

もつれるやうにあまたの脚がうごめきて女子マラソンの一団がくる

 一首目の少年はスマホに夢中。白飯は、ぎんしゃり。今の若い世代にはこの言葉をしらない人もいるかもしれない。おしまいに引いた歌、宮崎県はマラソンの大会がしばしば催される地だ。

持田綱一郎『愛河波浪哀歌』

2022年07月24日 | 現代短歌
 愛する人をうしないつつある時間のもの哀しい思い、それからとうとう居なくなってしまった後の思いを、妻恋の歌として一冊の中心に置いた歌集である。そのほかに青壮年の頃の自身を回顧する歌があり、父や血族のことに触れた歌もある。苦難の七十代を何とかしのいだと「あとがき」にある著者の老年の感慨が、平易にやすらかに詠まれている。三八〇首。あっという間に目を通せるのだが、これに近い境涯の読者なら、日日玩味するという別の読み方もあるだろう。

彼岸へと旅立ちし妻を夢に見つ笑まひて吾に駆け寄り来るを

妻の呼ぶ声に目覚めし夜の明けに夢か現かしばしとまどふ
  ※「現」に「うつつ」と振り仮名

「あとがき」の文章やカトリックへの入信、それから知恵の実を食べたアダムの表紙絵の選択からも察せられるが、亡くなった妻への罪の意識、つまり贖罪の感覚が、加齢とともに強まってくるということは、あったのだろうと思う。しかし、人は自分の過去を悔いつつも肯定するということが同時になければ生きられない。老年の沈降して行こうとする意識といかにたたかうか、生きることの意味をどのようにして人は見出すことが出来るのか。歌集をめくりながら、そのようなことを考えた。

降りしきる落ち葉の中に打ち仰ぐ樹間の空に永遠の青

窓近く蝋梅の咲くを今日知りぬわが生にまた喜び一つ

放歌もて過ごせる長き夜もありきわが浪々の身をもてあまし

筆者は「短歌往来」にすぐれた評論を連載している知恵者である。この知恵者というのは、優秀な読書人として世上の出来事や種々の文学芸術についての見識を持った人のことである。人間の情の部分を担う短歌とのかかわりを深めることによって、その見識が養われたということが、私には慕わしい。

幼年のわれに飛びきし雪礫わが曾祖父を憎める者ゆ

表では徳彦様裏では妾の子父の哀しき分裂も見き

夢いくつかなはず終はるわが人生思ひやるだに過去は切なし

わが流転ここに終はるかあらたまの常陸の国の空晴れ渡る

老いらくの身にまた春は巡り来て光の中に涅槃を慕ふ

もはや表現上の独創とか新境地を追求するというような野心は作者の心の中にはないだろう。けれども、書くことへの執心はもち続けてほしいと思う。そのうちの一つに作者の一族の物語もあってもいいかもしれない。しかし、この歌集のなかに小川太郎の名がみえるが筆者の歌友の多くの歌については何か書き残しておいてほしいと思う。どちらかというと浪漫主義系の激情型の歌が多いように思うが、歳月を経た目でみると、また別の側面を見出せるかもしれない。  

林和子『ヒヤシンスハウス』

2022年03月26日 | 現代短歌
 午前中に家の雑事を片付けてから、ちょっと寝そべって時計を見ると、もう十二時である。手元にずり落ちて来た本を少しずつ読む。まず粟津則雄の『沈黙に向きあう』を手に取る。この随想集は折々に適当なところを拡げて読んでいる。今日は草野心平についての文章が目にとまった。二〇年あまり「歴程」の同人としてつきあったという。粟津がかかわったという、いわき市の草野心平文学館には私は行ったことがない。別のページをめくると、こんな言葉があった。
「われわれは単なる個性をこえた価値と向かいあうことによってはじめて真に個性的になりうるのだが、人びとはそういう価値のありかを見失っている。」
恥ずかしい話だが、還暦をすぎてそろそろ自分の人生の終末が見えはじめたところで、ようやく私には「単なる個性をこえた価値」のようなものが問題になってきているので、それは文芸にかかわりを持っている者としての、自分の興味や思考の移り行きと深まりということも関係している。また、最近では近代の日本の絵画史の変遷の一部に目を注ぐことによって呼び覚まされた疑問と関心を、実践的には日々実際に絵を描くということを通して実地に検証しているというようなこともあって、私の部屋には、二週間に一回程度のペースで架け替えられる絵のための壁面がある。一枚の絵(複製も含む)を架けて眺めながら種々のことを思うのである。

さて、その次に手に取ったのが『ヒヤシンスハウス』(二〇二〇年3月刊)で、朝のうち庭の日陰に植えられているヒヤシンスの花芽がようやく色づいてきたのを見つけた。ヒヤシンスというと、小学校の頃に水栽培のポットを教室の後に並べていた光景を思い出す。昭和三十年代生まれの子供にとってはおなじみの光景なのだが、いまの小学校ではどうなのだろうか。
浦和の別所沼公園のほとりに立原道造設計の「ヒヤシンスハウス」を実現した人たちがいて、著者はその運営にかかわりがある人だという。昭和二十年代に沼のほとりに神保光太郎が住んでいて、その縁で同地を訪れた道造が構想した図面をもとにして建てられたこぶりの別荘である。これはスマホの検索で見ることができる。

 道造のベットの端に少しだけ掛けてよいかと振り向く少年

巻末にある二年間広島の学校に通った頃の同級生への挽歌と追想の一連がとてもよい。一連のタイトルは「昭和の春 平成の春」である。

 広島の冬は風花舞いやすく制服の肩にふれて消えしよ

 東京タワーのてすりに休むわれ十九歳のぞきこみて笑うきみは夭折
 ※「十九歳」に「じゅうく」と振り仮名。

私自身も大きく世代を問われたら、昭和の戦後の世代の人間と答える。ここでの制服はセーラー服だし、女子高生にミニスカのイメージはない。モノクロの卒業アルバムと、手書きの手紙。肩に手をかけて寄り添う旧友たち。鉛筆削り。砂消しゴム。……。青春の思い出は切ない。その思い出に生きることは、老年の時間を豊かにもするのである。思い出は繰り返し取り出すことのできる宝物のようなものなのかもしれない。その時に生きていた人は、たしかに今もその追憶の中で生きているのである。

 上野駅から動物園まで息切らし走りはな子に会いし春あり

これは上野動物園の象はな子の死を聞いて作った歌である。続く一連の歌。

 上野駅、戦災孤児らの屯してわれのみ庇う父を厭えり

 幼きわれの持つ一切れのパンにさえわらわらと寄りくる裸足の子たち

 「あの子たちは、あの子たちは…」問うわれに父は答えずただに急ぎき

 ボロを着て倒れていた子、母さんと叫ぶ子 泣き泣きその脇通りき

 父母を戦争で亡くせし悲しみはひしひしと伝いき幼き胸にも

上野動物園の象の死を悼む歌に続いて、噴き出すように幼時の追憶が甦る。戦災孤児の姿は、私の年代では実地に見たことのない情景であるが、私自身は幼時に渋谷の駅に降り立った時の一番の思い出が、駅の地面の真っ黒に踏み固められた土の色、その強烈な黒色である。舗装されたり、別の具材で覆われる以前の国鉄(分割民営化される以前のJRの呼称)の駅には、地面の上にじかに駅舎がある感じがあった。今はどこも何となく宙に浮いているし、構造上も立体化されて地面より高いところか地下にあることが普通になった。
作者が目撃した上野にも同様に舗装されていない真っ黒な地下道があって、そこに汚れた戦災孤児たちがいたのだろうと、私なりに想像するのである。

山木礼子『太陽の横』

2022年03月12日 | 現代短歌
この歌集は前に読もうと思った時に自分のコンディションがわるくて内容が頭にはいってこなかったので、そのままにしていた。ずっと気になっていたのだが、今日はいい感じに読めたので、書いてみることにする。
最初に読んだのは、後半の第Ⅱ部である。ずっとなじんて来た現代短歌の文体で書いてあるので、私にとっては読みやすい。たとえば、

 帰るたびまづジャケットを掛けられる椅子の背のやうに求められたい

これは大人の男女の愛の歌なのだけれども、少しだけ奇抜な比喩が、読み終えてみると、それはいかにも落ち着いた言葉の選択であるように受けとめられて、なるほどそういうものが、安定した男女の関係の理想なのだなと思わせる。

 春の雨 尿するとき抱きあぐるスカートは花束となるまで
   ※「尿」に「ゆまり」と振り仮名。

初句の「春の雨」が効いていて、なんともうつくしく、はなやかである。体操ならE難度という作品で、「春の雨」はしずかなものだから、やはり子供のこととして読むべきか。

 婚や子に埋もれるまへの草はらでどんな話をしていたんだつけ

 縫ひ目のない世界に暮らす 濃紺のただ一枚の布きれのやうな

人間がある関係のなかにいるということは、その関係のなかでほとんど埋没しきって、いくつかの役割を引き受けながら力を尽くすということだから、そこでは自意識というものが多分に滅却されやすい。毎日が夢中であるというような、そうした日々のうちにあって、自分の居場所がよく見えない、という閉塞感を「濃紺のただ一枚の布きれ」と表現する感覚は、さすがにするどい。

第Ⅰ部は、「あとがき」の文章によると雑誌連載の作品である。子育ての局面における作者の自意識がもみくちゃになった所で格闘する言葉のはたらきに気をつけて読めばいいのだが、前に読もうとした時はどうもそれができなかった。

  ツイッターに書かれることを恐れつつ怒りやまざり昼の車内に

今の時代は、考えて見れば多くの人がツイッターのような「だんびら」(ふりまわすと危ない凶器)を持っているとも言えるので、私もこのブログに書くにあたってはつねづね注意しているところで、この歌の気分はよくわかる。一首の内容は、恐る恐る批判的なコメントをだしてみたものの、あとでそれに対する反撃が来るのがこわい、というところだろうか。同じ一連から引く。

 ベビーカーをずり落ちてゐる片足にひそかに触れる老いた手のある

 届きたる長い手紙はうつすらと仕事やめよと読みうるやうな

 三年をともに過ごして子はいまだ母の名前を知らずにゐたり

一首めは、電車の中などで、気付いてみたら無断で子供の足に触れている人がいたという歌なのだけれども、下句の四・三、三・四の語句の調子の持っている低声のくぐもるような響きのうちに呼び込んでいる気分というものが、ここにはある。二首目は、産休中の会社からの手紙だろうか。作者は歌の言葉を発しつつ泥沼のような葛藤の多い育児の日々をたたかっている。
三首目、思わず笑ってしまう。体でつかみ取ったユーモアという感じ。

 おしまいに何げないけれどもセンスの感じられる歌を第Ⅱ部から一首引く。

 冷房にあたればそよとそよぐ髪 屋根のしたにも風上がある

※ 一度投稿したのち、同日夕方に一部の文章を手直ししました。

永田典子さんのこと 季刊「日月」2021年4月号

2022年03月05日 | 現代短歌
手元に季刊「日月」の2021年4月号が出て来たから、こういう機会にでもないと書けないので、書くことにする。まず永田典子さんのページを開く。ネットで検索すると、永田典子さんの同姓同名の政治的な有名人がいるうえに、ふつう歌人で永田さんというと永田和宏、河野裕子夫妻、ならびにその子らのことを思い浮かべるから、一般の人にはかなりまぎらわしいだろう。本題に入る。

2021年4月号の「日月」の永田典子さんの「父の出征」という一ページの随想文には、僻地の小学校で教える父への召集令状が来たときの思い出がかかれている。父は村で一人目の出征兵士であった。

「僻地の子供達の教育改善を唱えて師範学校に入った父にすれば、その主義主張のゆえに「イの一番に召集された」ことを万事承知であった。だが父は何も言わずに出て行った。」

ここで「その主義主張のゆえに」「イの一番に召集された」という時代的な背景は、現代ではもうわかりにくいのかもしれない。危険思想の持ち主と目されるところがあったのだろうと思う。

「父は最後まで人も通わぬ鉱山跡や木地師の部落などの分校で子供たちと学び、丈余の釣橋を渡って六帖一間ほどの教舎に寝泊まりして教職を終えた。」

「丈余の釣橋を渡って六帖一間ほどの教舎に寝泊まりして」という簡潔な文章がいい。一昨年ネパールの僻地の学校の映画が、現代日本でもしずかに評判になったが、それと同様の現場で働き、理想に殉じた作者の父への崇敬の念が伝わって来る。

同じ号の永田さんの短歌作品を引く。

庭先の大輪の花くろずむとわれのまなこのあしたおどろく

朝、庭先の椿の花をみたら、ふいにそれが黒ずんで見えたという。体調異変のきざしを告げる歌である。


  夏の蚊帳広きめぐりをひたすらに逃げてゐし身よ十三の夏

  子を持ちて知る愛ふかし、愛されず育ちし一世いまにし昏き
   ※「一世」に「ひとよ」と振り仮名。

二首つづけて読むと事情が推察される。蚊帳を吊る家もいまはないが、折檻しようとする母からぐるぐる逃げ回ったということなのだろう。蚊帳を持ち上げてつかまえるには時間がかかる。追いかける方はすぐさま自分の気分を晴らさないと気が済まないからぐるぐる回ることになるわけである。内田百閒だったか水上滝太郎だったか忘れたが、近所の芸事の師匠さんがその女弟子を折檻する悲鳴が定期的に聞こえて来るという文章があった。現在言うところの虐待は、昔は折檻という言葉で表現されていた。

  指を噛みぐみの木下にたたずみて父を恋ほしと泣きゐし少女

この少女は、作者自身のことである。哀切な作品である。

「日月」の編集には、作者の生き方がひとつの表現行為として現われ出ていた気がする。一度だけ私の方から歌会に挨拶にうかがったことがあるが、その時にかなり長い時間会話を交わした記憶は私にとって大事なものとしてある。「日月」は私がつねづねその玄人好みの文章に敬意を払っている清水亞彦や、福島の歌で知られる三原由起子をはじめとして、永田さんの娘さんの朋千絵、それから十谷あとり、黒沢忍、浅川洋、青沼ひろ子ほか個性的な作者を多く集めている雑誌だった。同誌には、特に幾人かの旧世代の歌人に依頼して回想を書かせた記事があったと思うが、あれは埋もれさせるのはもったいない気がする。

嶋稟太郎『羽と風鈴』

2022年02月26日 | 現代短歌
  終点に近づくほどに声は増す誰に捧げる聖火だろうか

 今の時期は、ちょうどオリンピックが終わったところである。と同時にロシアのウクライナ侵攻の報道がなされている。アスリートを利用して国威発揚し、その気分を利用して対外侵攻をする、そんな聖火では空しいかぎりだ。一、二句めのさりげなく置かれた観察が効いている一首。この歌からも見て取れるように、全体に安心感をもって読める技術と言葉の感覚を持っているところが、オミクロン株にまで進展したコロナウイルス感染拡大という不安な状況のもとに置かれている読者の心に響くことだろう。

  数秒で消えるひかりが伏せ置いたスマートフォンの角から漏れる

 続く歌も、普通の写生ようでありながら、つぶやくように読んでみると、「数秒できえるひかり」から呼び覚まされる或る感じ、そこに留まっている時間というものへの感覚が先鋭に把持されていると感じる。そのことによって、読者は自己の内面にうごめく情念やイメージというものに照射して来るものを確かめることができる。そこでは、作者の内省と内声は、読者の内省となるのだ。

  対岸の街の明かりが冴えてくる窓のしずくを横に拭えば

  そして春。緑の列車はかたかたと関東平野のジッパーひらく

おしまいの同じ一連から引いた。どれも落ち着いた歌でそつがない。何となく職場の同僚の優秀な若い人たちのことをふと思い出した。前の方をめくってみる。

 乗り過ごして何駅目だろう菱形のひかりの中につま先を置く
 
 パンゲアは砂の大陸 書き出しの言葉を未だつかめずにいる

この清潔な統序された感覚。隙が無くてデッサンがくっきりしている。二首とも、たぶん寝過ごしたり、何かを書きあぐねたりしているというような場面を詠んでいるのに、倦怠感が漂わない。むしろその中で晴朗である。先日作者とその奥さんと赤ちゃんに短い時間だけ歌会の会場入口で出会って挨拶をした。好青年という印象はこれらの作品と重なる。あまり屈託しないのだ。

 いちめんの白詰草の中に立つアパートは詩か目を閉じて見る

 零余子ひとつ放りたりけり朝空とわれの間のぶあつき青に

  ※「零余子」に「むかご」、「間」に「あわい」と振り仮名。

 天窓をあけたる母のすみずみに向日葵の影かさなりてある

やや冒険した描写句の見える作品を集めた一連から続けて引いた。これも破綻がなく上手い。一首目の上句はイ音が主で、下句はア音に転じて、イ音をもう一度だしてまとめている。二首目はア列音の点綴。短歌が大事にしてきた母音の響き合いを大事にした歌の作り方が体のなかに入っている。だから、読んでいて心地よい。

 鍔狭き帽子を胸に抱えたり爆心地よりしばし見上げて

 刃のごとくわが前にある砂浜の黒きところに入りてゆきたり

たぶん、ゆるやかなテーマ性のようなものを意識して何かを付加しながら自分の歌境を拡げてゆくといいのだろう。期待している。


西藤定『蓮池譜』

2022年01月29日 | 現代短歌
 最近の若い歌人たちは、鎧を着て本音を幾重にも包まないと言いにくいみたいな感じになっているのかなあ、と思いつつⅠ章を読み終えた。それから長い間置いたままにしてあったが、何となく自分の中で書く気持が熟した気がするので書いてみることにする。私は難解歌はきらいではないが、この作者の場合、平易な歌だけで勝負してもやっていけるのではないかと思ったのだ。

  間が悪く手で押し返す自動ドアその手ごたえで「やれます」という

これはたぶん職場で少し無理やりな感じに仕事を頼まれた感じを表現しているのだろう。「手で押し返す自動ドアみたい」なイエスというのは、本当は引き受けたくないのだろう。でも、仕事というのは、だいたい否応なくさせられてしまうものだ。

 研修のたびに寝返り打つごとく小さくうごくわれらの順位

 いまのところ禁句ではない頑張れでお互いの土鍋が焦げていく

これもわかる。土鍋は研修会場のホテルの食事で銘々盛りで火をつけられた小型コンロの上に載っているのだろう。

 人間はややマシな猿ややマシなひとに二本の畝を預ける

これも仕事の歌だが、一読して「日本の畝」が何のことかと思う。上句は一種のシニシズムなんだろう。「ややマシな」ひとも、どうせ同じ「人間」だし、というのは、今の日本やアメリカのトップも同じだろう。と書いてみてから、ん? 「二本」はニホンか。そうすると、これはそういう意味にも読んでいい歌かもしれない。

 河底のつぶてをひとつ攫っては小さく鬨をあげる海鳴り

 砂防林よるは冷たき森となり眠らぬ鳥を匿っている

惜しげなく地元と言えば氷雨降るなぎさになおもサーファーがうく

この一連は実景を詠んでいるのだが、「惜しげなく」というのは、「地元だからネ」と言って冬もサーファーが海に浸かっているというような事なのだろう。すぐ火に当たったり湯に浸かったりする条件がないとできないことだから。少しわかりにくいか。

「おい、じじい」ときみは呼びくる銀色のUSBを差し出しながら

 この「じじい」というのは、年齢の割に老け顔というか、老成した顔つきの作者に対する仲間からの少しイジリも入った挨拶なのだろう。職場か研究所のような場所での若者同士の軽いやりとりである。軽いけれど、おもしろい歌である。こういう少しだけ自分をカリカチュアライズしている歌が全体に軽妙な雰囲気を醸し出している。集中の友人と会って酒をのんだりしているらしい歌は、どれもみな好感を持って読める。

  あの笑い声は英語の笑い声 冬の薔薇園とろとろ歩む

  北向きの入り江は冷えて夕もやにしんと安らうロナルド・レーガン

 一首目は、文句なくいい歌と思う。こういうさらっと掬った感じの写生が生きているのを作者のために喜びたい。芭蕉の軽みみたいなものだ。二首目の歌は、詞書に「2015.10.1 横須賀入港」とある。だからこれは空母のことである。続いて出てくる「1946.7.25 ビキニ環礁」という詞書のある次の歌は、何ごとかを示唆している。何となく一緒にいるのが女性ではないかと思うのだが、そういう相聞的な要素は、意識してか意識せずしてなのか、Ⅲ章にさりげなく置かれる歌に行きつくまで排除されている。一冊を通じたトーンが甘くないのである。

  環礁のただ碧ければ声もなく長門とサラトガのノーサイド

 あとは先に書いてしまうと、後の方の祖父の歌がいいなあ。

  がんに慣れがんに馴れずに吐く祖父へかたち無きまでなすを煮るのみ

  大学を帰れば磯臭い駅にまたしゃがみこむ祖父を見つけた

 挽歌の一連だが深刻にしない。そうして一連のおわりに次の歌を置く。私はそれでいいと思う。カナブンが飛び立ちやすいように拾っておいたのかもしれないし、同時に西方浄土だから「ただしい」方角なのだという含みもある。

  かなぶんを拾う ただしい向きに置く 出窓の西は雨雲である

三つの散文的なセンテンス。それにしても現代の短歌ははっきり文体が変わりつつあるということが、この歌を見てもわかる。加藤克巳の文体がさんざんバッシングを受けた時代は、とうの昔に過ぎ去ったのだ。これでも定型感がするということが重要で、この作者にはそういう資質が備わっている。

 相模湾かくも小さくまるく閉じヨットの白き列もだえたり

こういう作者自身がよく知っている世界、そういう風景を詠んだ歌はよくわかる。Ⅱ章はあとがきによれば夏の歌を集めてある。直近の「未来」に載った書評文(『迦楼羅の翼』について ※御執筆ありがとうございます!)をみると、「私」性についての考え方がかなり自由な作者だということがわかるのだが、私がこの歌集で感心するのは、こういう日常嘱目の歌の方が多いから、この人はあんまり時代の意匠に寄らなくてもいいのではないかなあ、とは思う。まあ、自分の好きな事をやっていれば、それでいいのだけれど。

 売れるとは馬に蹴られるようなこと胡椒に嵌めるポアソン分布

Ⅲ章の仕事の歌の一連から。何か予測ソフトのようなものを作って売っているマーケティング関連の会社で働いている感じがわかる。売れたからと言って素直に喜べるものではないということがわかる。仕事がどかんと増えることかもしれないし、難しい仕事がさらに先に積み上げられるというような意味のことなのかもしれない。

「Ⅲ章にさりげなく置かれる歌」と書いた。次に引いてみることにするが、ここで言えたのは、告白の言葉?

 馬鹿だからゆっくり言って、言えたんだ 嗄れ声の吹き通る辻

 「馬鹿だからゆっくり言って」と言ったのは、相手の方だと私は解釈するが、「おい、じじい」みたいな色気のない歌を歌集の前の方に持って来るあたり、恥ずかしがりの作者の性格が何となくわかって、楽しい。付けられているおまけの三人の栞は読まないままにこれを書いた。第一歌集おめでとう。

山階基『風にあたる』

2021年12月12日 | 現代短歌
 この人の歌集が出たのは2019年7月だから、もう二年以上たつのだが、何か書いてみようと思ったのは、つい先日のことで、腰を上げるのが遅すぎて申し訳ない。何しろ一定の評価をすでに得ている作者だし、以前「未来」にいらした頃は、顔をみるたび「よお天才君」と呼んでおだてていた。この人だけには歌を続けてほしかったから。若手の歌人は相当にいい感じの人でもしばしばやめてしまうものである。ところが、そのうちに「未来」をやめてしまって、せっかく期待していたのに何だ、とわたしはしばらくむっとしていた記憶がある。それでもこの歌集が届いた時は、すでに重版の本だったけれども、うれしかった。これは装丁の絵を見てから、その絵に手を引かれるようにして読む歌集だという気がする。作者自装で、表紙の絵にこだわったつくりの本である。

 一言で言うなら、表紙の絵の持っているテイストに等しいような、事物と事物、人とひとの間に存在する空間・拡がりのようなものについての清明な透視が、山階基の歌の世界をかたちづくっている。

 かならずという感覚に満たされた袋になって吊り革に揺れる

 小さくて深い湯舟におさまればふたごの島のように浮くひざ

 ルームシェアの友人との物語が、テキストを展開しながらつないでゆく糸になっていて、全体をまとまりのある読みやすいものに仕上げているところなど、なかなか心憎い。一首目の「かならず」が何について言っているのかは、むろんわからないのだけれども、「かならず~しよう」とか、「かならず~したい」といった、心の裡の願いのようなものを暗示していることは伝わる。そうして、二首目は自分(語り手・視点統括者)のからだのことを言っているようでありながら、同時に「ふたごの島」は、自己愛的なものを絶妙なバランス感覚で対象化しつつ見つめていると感じさせる。当たり前のことを言うようだが、「ふたごの島」は一つの島ではない。自己というものは、「一つの島」なのではなく、「ふたごの島」なのである。この繊細かつするどい自覚のもとにのべられてゆく物語の巧みさに思わずうならされるのである。それは一編の青春小説である。

 なだらかな坂があなたで効きづらいブレーキのままここまでぼくは

 お互いに凭れてもいいことにしてライブハウスのちいさなベンチ

 同居する相手の性をいちばんに訊かれるんだな部屋を探すと

 起きぬけのあなたにも巻くたまご焼き夜じゅうを仕事にかまけたら

 だとしても暮らしと陸続きの夢だ初雪を踏んでだめにしながら

 四コマ漫画の単行本を読むような気楽さもあって、同時にきわめてヴィヴィッドに運動する情景の切片には、まぎれもない詩の言葉のもつ初々しさがある。

 ひざに抱く鞄にくぢづけるように終点までをふかくねむれよ

 話さなくなったあとにも口ずさむ歌詞によく似たメールアドレス

 実にうまい歌だけれども、自然な感じにこちらの胸におちて来る。