さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

平岡直子川柳句集 『Ladies and』

2022年08月25日 | 
 頭がかたくなった時に読むのには、やはり詩歌がいちばんで、この本なども、できれば一人でなくて、誰かといっしょに「これは、どう思う?」とか、「私はこれね」などとやり取りしながら、「これ、どういう意味?」。こうなんじゃない、なんて、ソファーにすわって、目の前には碁盤か将棋盤があって、そんなに真剣でもなく、相手の次の手を待ちながら本をやりとりしている。というような感じで読みたい本ではある。チェスの方がいいか。

 回文をつなげていけば江戸時代   平岡直子

これを見たとたんに、うん、いいンでないの、とうれしくなってしまった。確かにそんな感じがする。こうしないと、江戸時代につながらないンだな。納得させられる言葉のフットワークである。

 夜を捨てるペットボトル集まれ光れ

これは、「夜に捨てられる」のでなくて、逆に「夜」をペットボトルたちが、主体的に捨てているのである。「夜」を捨てて、光りつつ集合しているかがやくペットボトルたち。そんなふうな彫刻的光景が思い浮かぶ。しかし、私の頭の中にはなぜか夜の海が思い浮かぶ。漂流しているペットボトルがおのずから集まってかがやいている。月光に照らされて。‥‥というのは、平凡なのだ。やはりおのずから奇跡の発光をなしとげているペットボトルでなくてはならない。

 償いのような長さのパスワード

 これは、わかりいい方だろう。そのパスワードを設定したのは自分だから、それを打たなくてはならない局面で過去の自分に舌打ちしたくなる。

 ライオンを常温保存する危険

何となく言い当てている感じがある。「ライオン」も「熊」も常温だと危険だけれども、危険を意識して接していれば共存できる。それで、危険な目に合っているひとほど、こういう句に接した瞬間に笑うだろう。

お節料理に地下牢がある

重箱を重ねてある高級な感じのするおせちかもしれないが、一番下を開けてみたら、その下に地下牢があった、という目くるめくワールド。

 ウエディングドレスのなかの含み損

これは、かなりきついブラックユーモアを感じさせられる句である。「含み損」はそれを着ているひとの肉体も含めて、ということになると、笑えないし、そもそも何が何の「含み損」なんだろう。結婚が、それとも結婚式が。それから「損」をしているのは、ドレスを着ている人、着せた人、着せられた人のうちの誰なのか。それにドレスのなかは、見えないものであるわけだから、その見えない何かを想像して、でもその見えない何かは「含み損」のようなものなのである、という、むずかしいなあ。よくわからないけど、笑ってしまう。

 性交の株価で言えば売るあたり

これも類句と言ってよいかもしれない。ちとお下品ではあるけれど、売り払ってしまって、せいせいしたい!のかな。こんなに値下がりしてるの、いらねぇよ。みたいな。

いい水は人が飛び込んだら消える

これは最初ちらっと見た時に、「いい人は水にとびこんだら消える」だとおもった。そのあと、すぐ読み直して誤解に気づいたけれども。水泳競技を見ているのかもしれない。それとも風呂場?もう少し高踏的な形而上の句として扱った方がよいのか。

星条旗専用空気清浄機

書き写してみて「せいじょうき」の駄洒落に気がついた。でも、アメリカ文化と国家の本質をつかまえた句のような気がしないでもない。日本に来て、秋の虫がうるさいと言って殺虫剤をまいていたドイツ人の話を何かの本で読んだのを思い出したが、アメリカ人にも多少そういうところがある。私が以前住んでいた近所には夏になっても蝉が鳴かない林があった。この「空気清浄」というのは、だからどうしても比喩として読めてしまう。そういう社会性は、作者はなるたけ排除している気配があるけれども、私はどうしても実社会に生きる感じに回収できる糸が一本ついている方が好きなんだな。

右胸のあなたが放火したあたり

一年とはロックスターが12人

この二句は同じページに並んでいる。一句目は川柳のスタンダードという気がするけれど、やはり親しみやすい好句で、二句目も一般読者に好評だろう。こういう句ばかり作っていてもおもしろくないから、前衛的な句づくりに向うわけだけれども、

こおろぎを支配しすべて裏返す

はじめこれはわからん、と思ったのだが、章題が「幼稚園」なので、もしかしたら、子供が「こおろぎ」の入った箱を引っくり返しているのかな、とも考えられる。でも、

Googleはとてもかしこい幼稚園

というのが同じ章の後に出て来るから、「こおろぎ」をどう読むか。相場?日本国民?グローバル世界?それとも自らのうちなる愚鈍さ?

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