さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

佐伯裕子『感傷生活』

2018年09月16日 | 現代短歌
 二〇一一年から二〇一七年半ばまでの歌を集めたという。ざっと数えてみると、二九五首前後あった。これは三百首に満たない。作者は、特に寡作というわけではないし、雑誌に依頼されている作品もあるはずだから、厳選したのだろう。おそらく同想のものや、同じ素材の歌を大量に落としているにちがいない。それだけではなく、言いおおせて何かある、というような思いが強いのかもしれない。表現に向かう時の意志や意欲の持ちようが、そういう諦念に似た感覚をにじませたものになって来ている。

「あとがき」に、「いつのまにか、眼鏡のレンズに薄くて細い傷がついている。短歌を作るとき、私が掛けている眼鏡である。ほの暗いところでは気がつかないが、明るい碧空のもとに出ると、視界に小さな傷が浮きでてくる。ただ時の過ぎていくだけで、知らないうちに付いてしまう細い細い傷。このたび読み返してみた私の歌は、そのようなものであったのかもしれない。」とある。印象的な散文である。

樹のおおう空き家の窓にふと透けて椅子というものの切なき形

積乱雲の空より垂れてくる日差しすべてのものの老いを速くす

鈍くなる五感を言えばあるだろうまだ心がと諭されながら

 一首目の「椅子というもの」の四句目で早口になってから「切なき形」の「切ない」という語を導いてくる語の斡旋のしかたや、二首目の「積乱雲の空より垂れてくる日差し」という初句の重い歌い出しが、「すべてのものの老いを速くす」という「速さ」を言った結句に結びついてゆく語の斡旋など、どれも作者の感情の深度に根差しているものとして読むことができる。

春の馬おとなしければ馬場に降る桜の音を聞くばかりなり

唐突にドラックストアで干し草の香りをさがす感傷生活

 一首目のようなごく素直な印象の抒情歌や、二首目のタイトルとなった歌も、表立っては言わない作者の苦悩や屈折、悲しみが沈められていることが背後に感じられるのである。同じ一連から引く。

夜ごとに遊園地にわく錆などの分けの分からぬ悲をやり過ごす

悲には悲が嘘には嘘が救いなり六十年経てようやく分かる

 誰しも、諸々の思いを打ち伏せ、押しやりながら生きているものだ。私も六十年経てこういう歌のどこがよいのかということが、ようやく語れるようになった気がする。共感の共同体である短歌の世界というものに支えられてこういう歌がある。

戦争に溺れるこころ平和なる日々に溺れるこころと寒し

ネット社会に私は棲んでいないから君を凹ます空気を知らず

 敏感なこころと鈍感なこころが絡まり合いながら、この世というものは成り立っている。歌は、その敏感なこころに寄り添うものでありたい。

せつせつと取り戻したき母ふたり春浅き風に吹かれておれば

数知れぬオシロイバナのそよぐとき気味悪いほど見えわたる眼よ

ひとの恋それとはなしに見ているに列車ごといきなり地上に出でぬ

「このままじゃ死ねない」と若き日は思いその「このまま」が今は分からぬ

 佐伯の口から、歌で行き詰ったり、わからなくなったりした時は土屋文明を読む、という趣旨の言葉を聞いたことがある。おしまいに引いた歌は、直截で、思い切ったところがある。これは佐伯の消化してきた土屋文明の血統が感じられる歌とも言えようか。この世のあたらしい出来事はみな若い人のものであるように感じられる年齢に作者もなったということを、鋭い自己凝視をもって言い留めている。

皮膚に薄く包まれるゆえ出づるときたぶん心は匂うのだろう

すれ違う人に二度とは会えぬ街、東京に生きて人とはぐれぬ

 今度の歌集は、やや抽象的な祖父の記憶とはちがって、現実に肉体としての家族の多くを失った作者が、心の痛みのなかでかろうじてここまでは言い得たか、というような自認のもとに編まれた歌集であるような気がする。喪失ということは、これまで常に佐伯裕子の作品のライトモチーフであり続けた。

「一期は夢」と思い切るにはあまりにも懐かしく立つ太き欅は

さわさわとものいう欅うなだれる親子のうえに光こぼしぬ

 大事なもの、大切な物について語っているうちは、人は人であり続けることができる。佐伯裕子の歌は、それを読者に指し示すことが出来る力をもっている。
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山口誓子『遠星』

2018年09月13日 | 俳句
生きているのに毎日が忌日であるような、そんな方がおられる。それなのに、不思議とその毎日を明るくすごしている。それはなぜかというと、短詩型にかかわっているからである。あるいは、文学を読み続けているからである。これが文学、短詩型の効用というものである。これは芸能も同じだ。文学や芸能には拡散作用というものがあるので、そうしたいろいろな気分が伝播し、共感の場に抱きとられやすい。

何かを日々悼む気分で文字を読む(詠む)ような人に親和性の高い俳句というのは、あるだろうと思う。たとえば、山口誓子の『遠星』はどうか。

山口誓子の句集『遠星』(昭和二十二年刊)を読んでいると、海辺で病気を療養しながら日録的に作り続けた作品が、じわじわとこちらの読みの感覚を懐柔して来て、読者も自然と作品のなかでいっしょに生き始めるようなところがある。日々をよろこび、自然の生きものにやさしいまなざしを投げかける作者は、自ずと生き、かつ生かされている。むろん山口誓子らしく核となる自己は確固としてあるのだけれども、どこかで自然の中に自己を溶解させ、「放下」している。そこに尽きせぬ俳句型式自体の持つ魅力があらわれている気がする。

とりわけ小動物、蟹や、ちちろ、ツクツクボウシ、象虫、蟻地獄など、昭和十九年から二十年にかけての日本の海辺に住めば日常的に目にしたであろう生きものたちの姿が印象的である。この頃は猫ブームだが、蟹や象虫や蟻地獄をみてなごむ文化をみんなが取り戻してほしい。こちらは一文もお金がかからないから。

神これを創り給へり蟹歩む

穀象を蟲と思はずうち目守る

直截でへんに構えたところがない即吟、日常吟の集積は、敗戦前後の苦難の日々を、自らも病臥するなかで肯定的に生きた記録ともなっている。その辺をうようよ歩いている蟹に対する作者の気持の寄り方が、何とも慕わしい。

わが見るはいつも隠るゝ蟹をのみ

江の穢れ蟹はいよいよ美しく

 ※「穢」に「よご」と振り仮名。

溝遁ぐる蟹ありわれの行く方へ

 ※「方」に「かた」と振り仮名。

集中には有名な句がいくつもあるから、これを見れば、ああ、という方はおられるであろう。引いておくと、

海に出て木枯歸るところなし

炎天の遠き帆やわがこころの帆

こういう高名な句はそれだけで鑑賞するに値するが、この句集の持つ滋味というものは、千句以上もある句の世界に身も心も浸しながら、作者と同じ目の位置で、触覚的に捉えられた万物、生きとし生けるものの生動するリズムを体感するうちに自ずから伝わってくるものなのである。少年少女の姿も野性的ではつらつとしている。

早乙女ががぼりがぼりと田を踏んで

少年の跣足ひゞきて走りをる

 ※「跣足」に「はだし」と振り仮名。

おしまいに、全体に夏の句が多いので、夏らしい句をいくつか引く。

帆を以て歸るを夏のゆふべとす

くらがりの手足を照らすいなびかり

 ※ 9月17日に至らない文章に気がつき、前文を削除した。
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石川美南『架空線』

2018年09月04日 | 現代短歌
 尾田美樹の装画を使った装本がいい感じで、ページをめくりやすい。後記と目次をみて、「わたしの増殖」を真っ先に読む。これは柴田元幸訳のアラスター・グレイ作「イアン・ニコルの増殖」をもとにして作られた連作だという。引いてみる。

妬ましき心隠して書き送る〈前略、へそのある方のわたし〉

へそのないわたしは冷えと寂しさに弱くて、鳴らす歩道の落ち葉

 この二首は、この連作の三首めと四首めに位置するものだが、まさに石川美南がこれまで追求してきた世界を象徴するような作品ではないかと思う。つまり、「へそのある私」と「へそのないわたし」が分裂してしまって、ふたりは摩訶不思議なやりとりをするところに放り出される。

  イアンはしばし考え込んだ。
  「それって普通のことじゃないですよね?」

それつて案外普通のことよ わたしたちの昨夜に同じ記憶が灯る

めりめりとあなたははがれ、刺すような胸の痛みも剝がれ落ちたり

 ※「剝がれ」は「剥がれ」の正字の方を用いる。

〈他者〉といふやさしい響き 鉄塔の下まで肩を並べて歩く

これは二十首ある連作のうちの十一首目から十三首目まで。ここには、関係性というもののなかにしか存在しない〈他者〉と〈わたし〉についての、石川美南独特のウイットをこめたコメントが、いきいきと楽しげに展開されている。自分が二人いて、その各々が別れあって種々の対話をする場というのは、風通しもいいし、理想的な〈自己空間〉(※私の造語)なのであって、何か常にそういった仕掛けを求めて試行し続けている作者、というイメージが石川美南にはある。「〈他者〉といふやさしい響き 鉄塔の下まで肩を並べて歩く」、こういう自分についての距離の取り方ができたら楽だろうな、という夢を作者は語っているのであって、そこは軽妙というか、ノンシャランなので、ここに重くれた「私性」みたいなものを持って来る必要はない。だから、「めりめりとあなたははがれ、刺すような胸の痛みも剝がれ落ちたり」というのが、精神科の医者もいらないし、けんかもしなくてすむし、耐えがたいとなりのあなたと訂正不可能な私の今も、何とかここで「めりめり」と「はがれ」てしまえばいい。晴れた秋空のように爽やか。

 ということで、はじめから読みだして、読みながらいたくご機嫌になって、しかもだんだんハイになってきたところで駅に着いたので一昨日は読むのをやめた。何首か引いてみよう。

〈とぶ〉よりも〈降りる〉が大事 踵からこの世へ降りてくるスケーター

呼ばれたらすぐ振り返るけど 本棚に擬態してゐる書店員たち

音もなく悲しみ積んでくる象に誰も背中を向けてはならぬ

なだらかな肩にめりこむ蔦の跡 話せば長いけれども話す

 いろいろな種類の歌があって、それぞれに楽しめる。
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まだまだ暑いので (一部訂正)

2018年08月28日 | 現代短歌
 二〇一八年の夏はことに暑かったので、すずしく秋の扉を開けてくれるような歌を読みたいと思う。伊藤一彦歌集『遠音よし遠見よし』から。

林中に黄蓮華升麻の花食べし鹿うつくしくなり秋待たむ
  ※「升麻」に「しようま」と振り仮名。

下句の句割れが、「鹿うつくしくなり」という様式的な語の運びにアクセントを与えて、当たり前にならないようにしている。

からみあふごとくに見えてからむなく水は仲間と渓谷走る

飲むときに千年を超ゆ水彦の棲むと思へる渓流の水

 雨が降ってから川の水となるまでに千年もかかるという水は実際にあるそうだ。「からみあふ」ように見えて「からむな」き水が、「仲間と渓谷」を「走る」のだという。これを読む時に生まれる幸せな感じはなんだろう。ここには伊藤一彦の円熟した歌境がある。先頃、この歌集につづけてもう一冊歌集を出したばかりの著者である。あれは詞書が読み物としておもしろい本である。この『遠音よし、遠見よし』にもそういう要素はあって、若山牧水に関係して作られた歌で、解釈に迷うような歌には、たいてい詞書が付けられている。

  「海越えて鋸山はかすめども此処の長浜浪立ちやまず」(『砂丘』)

かすみたる鋸山をながめつつ小枝子がことを思ひ出でしか    伊藤一彦

 詞書として引いてある短歌に『砂丘』とあるのは、牧水の歌集のことで、「海越えて鋸山はかすめども」とあるのがなかなかよい描写句。「小枝子がこと」は「小枝子のこと」、「思ひ出でしか」は、「思いだしたか」の意。

 著者には2015年刊の『若山牧水 その親和力を読む』という好著がある。牧水が惹かれた小枝子という女性は、かの大歌人に身を賭した恋をさせるほどのすばらしい女性だったとはとても思われない。それは若気のいたりと言ったら気の毒なような、不幸なこだわりであったが、そのあたり伊藤一彦の本を読んでみたら、また別種の感慨を得られるかもしれない。

 ※今見たら、「思ひ出でしか」のここでの私の訳が書き間違っていた。動詞「思ひいづ」連用形+過去の助動詞「き」の連体形+疑問の助詞「か」で、「思い出したのか」。これを「思い出した」だと、牧水でなくて作者が思い出したことになる。「しか」を「き」の已然形ととっている。それもまったくのまちがいとは言えないが、しかし、ここは牧水の気持をおもいやっているのだから、疑問形であろう。
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「スクエア」ゼロの日本の都市、これで「おもてなし」ができるのか?

2018年08月20日 | 緊急拡散依頼
 今日は、六時頃に藤沢市の南口に降りて少し離れたコンビニの方にまわってみると、一台分のパーキングのある一角に外国人の若者がすわって楽しそうに缶ビールを飲んでいた。近くに外国人がよく利用するホテルがあるせいだが、要するに「スクエア」がないので、彼らはその代用の場所をすぐと見つけているのだ。そういうセンスや嗅覚において、彼らはきわめて優秀である。

 以前、江ノ電の向かいの階段の途中にあるベンチでも、アメリカ人らしき年輩の男がすわってごきげんでいるのを見たことがある。よく見つけたな、と感心した覚えがあるので、思い出した。お金を使いたくない滞在者に冷たい都市、それが日本の都市である。

 マンションがそうだけれども、縁側をなくした余裕のない都市文化、それが現代の日本では一般的なのである。私は、今後も日本に観光客を呼び続けたいなら、東京オリンピックまでに、少しでもこの点は解消しておかないといけないと考えている。スローガンは、都市に縁側を、だろうか。

この文章にかぎって、このコラムに興味を持った人には拡散をお願いしたい。
 
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