時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百五十)

2011-02-07 05:48:43 | 蒲殿春秋
そのような範頼が滞在する姉の邸では日々様々な供養が行なわれていた。
その供養を主催して行なっていたのが姉である。

範頼が姉の邸宅にやってきたときの供養のしていたのは、木曽義仲とその一党、それと平家一門であった。
その供養されるべきものに数日前一人がさらに加わった。
伊勢国で討たれた志田義広である。
頼朝と対立し、勢力を蓄えていた常陸国を出て義仲に味方して上洛
その後義仲に最後まで味方し、鎌倉勢に義仲が討ち取られてからは暫く行方をくらませていたが、この前伊勢にいることが分かった。そして伊勢守護大井実春らと合戦の末義広は討ち取られた。

━━あの御仁がのう・・・

範頼は幼少時一度志田義広に会ったことがある。
それ以降義広とは会ったのは敵味方に分かれて戦陣にあったときだけである。
野木宮の戦い、勢多の戦い・・・

思えば只一度だけの戦陣にあらぬ対面も叔父の義広は範頼に敵意むき出しであった。
だが、死んでしまえばそのことさえもある種の感慨をもって思い出される。

日々の供養は並大抵のことではない。
供養をする際は僧侶を呼ぶ。僧侶もただでは供養してくれない。
それなりの布施が必要である。
また、供養されるべきものに供えられるものも必要である。
そう、いつの世でも仏事は出費がかさむのである。

一条家の内情は決して楽なものではないようである。
それでも姉は供養し続ける。
かつて敵だったものに対して・・・

一度範頼は姉に援助を申し出た。
けれども姉はそれを断った。

「これは嫡女たる私の務めですから・・・」
そのように言って・・・

嫡女。
家を代表し、財産を管理し、祖先代々の祭祀を司るのがその家の当主の務め。
そしてその当主の権利の殆どを受け継ぐのが、後を継ぐべき男子ー嫡子である。

一方その家に生まれた女子で嫡女と定められるものがある。
その嫡女は一族の精神的な要となり、生まれた家の祭祀を当主や嫡子と共に行なう。
嫡女は他家に嫁いでも実家の嫡女であることをも要求される。

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