時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百四)

2009-08-19 06:08:39 | 蒲殿春秋
出陣が迫ったある日範頼は軍目付の土肥実平と共に自らが着する甲冑を眺めていた。
この期に及んでも範頼はこの甲冑を着する自分が想像できなかった。

「土肥殿、どうもこの鎧見事すぎないか?」
「と申されますと?」
「立派すぎて私には似合わないような気がする。」
と範頼は率直な感想を口にした。
範頼は普段から地味目のものを着る傾向にある。

「何をおっしゃいますか。大将軍たるものこの鎧を堂堂とまとうて頂かなくては示しがつきませぬ。
失礼ながら、蒲殿は大将軍でなおかつ鎌倉殿の弟御であらせられます。鎌倉殿代官としてはこのくらいのものを当然のこととしてまとっていただかなくてはなりませぬ。」
「しかし・・・」
「蒲殿、弓矢取るだけが合戦ではございませぬ。
戦の装束もまた戦ですぞ。
大将軍の装束が粗末ですと敵に侮られまする。また人々の口の端に上ると世の人々の失笑を買いまする。
そしてなによりお味方に侮られます。」
「・・・・・」
「武将たるもの勝つほうに味方したいというのが本音でございまする。
趨勢次第で勝てるものならばいずれにも味方する、それが武士というものでございます。
ですから、勝てそうな気配をいうものを作り出す必要がございまする。
幸い現在鎌倉殿は東国の沙汰を朝廷から命じられまた坂東においては大きなお力をお持ちです。
されど数年前まで流人であられた鎌倉殿の権威は絶対的なものではございませぬ。
情勢次第では武士達はまた誰に与力するかわかりませぬ。
ですから、いかなる手段と使ってでも鎌倉殿のお力の強さを見せる必要があるのです。」
実平は範頼をじっと見つめる。
「鎧もその一つでございます。
他の誰よりも見事な鎧を着て鎌倉殿のお力の強さをここで蒲殿に示していただきたいのです。」
「・・・・・」

「戦はすでに始まっております。敵に対する戦の前に味方をいかに従えるかという戦が・・・」

土肥実平の言葉に範頼は軽くため息をはいた。

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ps.
ここ数日夏風邪にかかって更新が遅れておりました。
体調管理の大切さを痛感させられた数日間でした。みなさまお体を大切になさってください。