時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百七)

2009-08-30 20:47:39 | 蒲殿春秋
その日の早朝、鎌倉の蒲殿源範頼の邸では縁起物が並べられた。
そして古来より続く出陣の儀式が執り行われた。
厳かなその儀式が終わると範頼と彼に付き従う者達は妻、舅、姑、義弟たち、そして留守を守る者達に見送られて邸を後にした。
あえて振り返らない。
再びこの邸に帰ってこれるかどうかは分からない。
しかし、振り返ると二度とここに戻れないような気がする。

再び生きてここに戻ってくる、その決意があるからあえて振り返らない。

妻の瑠璃はいつもと変わらぬように見送った。
いつもと同じように見送ったならばいつものように夫が戻ってきてくれる気がした。

郎党の家族たちも夫々の想いを抱えながら夫を、父を、そして息子を送り出した。

範頼はまっすぐに大蔵御所へと向かう。

兄である鎌倉殿に出陣の挨拶をするためである。

大蔵御所に着くと今回の軍目付である土肥実平が既に範頼を待っていた。
実平と合流してから頼朝に面会する。

挨拶にきた二人を頼朝は満足気に見つめた。
「おお、六郎なかなかの大将軍ぶりではないか。」
自らが贈った錦の直垂を着こなしている弟を頼朝は誉めた。
「は!」
と範頼は返答する。

「良いか、六郎このたびの軍は何事も土肥次郎と相談するのじゃぞ。」
「はい。」
「土肥次郎、よろしく頼む。」
「ははっ」
二人は揃ってかしこまった。

「それから六郎、申し渡しておくことがある。」
「はっ」
「そなたと九郎は、わしの代官である。そして大将軍である。
此度はさまざまな者がわが鎌倉勢に与力するであろう。
中には官位や領地ではそなたたちより格上のものも参陣するやもしれぬ。
だが、忘れるな。わしは朝廷より東海東山の支配を任されているものであるということを。
そのわしの代官であるのじゃ、そなたたちは。
いかようなものが与力しようとも、朝廷から認められた鎌倉殿の代官である以上
そなたはいかなるのもの下風についてはならぬ。そなたより官位が上の者であっても、じゃ。そなたが下風に立つということはわしが下風につくと同じことじゃ。
鎌倉殿代官として常に陣中の最上位に位置せねばならぬ。
そのことを決して忘るるな。しかと肝に銘じよ。」

頼朝は瞳に強い力を込めて自らの代官となる弟を見つめた。
「はい。」
範頼は兄に気圧されたかのように返答した。
「土肥次郎もこのことを深く心に命じられよ。」
「はっ」

頼朝からさまざまな引き出物を渡された範頼と土肥実平が大蔵御所を出たときには陽がすっかり高く上っていた。

かくして鎌倉殿の代官源範頼とその軍目付土肥実平は都の木曽義仲を攻めるべく鎌倉を後にし、西へ向かった。

寿永二年(1183年)も間もなく暮れようとする頃のことである。

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