星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

天使が通り過ぎた(12)

2007-12-20 02:22:06 | 天使が通り過ぎた
 緩やかな坂道を少し登っていくと、坂の途中に予約をしていたホテルがあった。ホテルという名前が付いているが和洋折衷のモダンな雰囲気を持った旅館という趣だった。綺麗に手入れをされた庭の石畳を玄関まで進んだ。フロントにいた男性に笑顔で迎えられチェックインをする。目に飛び込んできたロビーはガラス張りの中庭が見渡せる静かな空間だった。和風の生地でできた心地よさそうなソファがゆったりと配置してあり、天板の黒光りした大きなテーブルや数箇所に置いてあるアンティークの和箪笥やランプなどが落ち着いた印象を与えていた。私はひと目見てこの雰囲気が気に入ってしまい、知らない土地をひとりで来たという緊張がほっと緩み、そのせいか急に体に疲れを感じた。

 案内された部屋はそれほど広くはないがロビーと同じ趣の落ち着いた部屋だった。私は数日前電話を入れて、ダブルの部屋からシングルに変えてもらったはずなのだが、どう見てもこれはダブルの部屋だった。
「あの、連れが来られなくなってしまったので、シングルでお願いしますとご連絡したはずなんですが・・・。」
 私は部屋の真ん中に配置してある大きめのベッドを見ながら言った。
「ええ。ご連絡いただいておりましたがお部屋が空いておりましたのでこちらをご用意させて頂きました。このままお使い頂いて結構ですので。料金はシングルで申し受けておりますので、気になさらないでください。」
部屋を案内してくれた女性がにこやかに答えた。もしかしたら他の部屋が満室で変更しようがなかったのかもしれない。
「そうですか。ありがとうございます。」
「お部屋の備品はお一人様しかご用意しておりませんので。よろしいですか。」
「わかりました。」
 女性は一通り部屋の設備や夕飯や翌朝の食事の場所などを説明して部屋を出て行った。ドアを閉める音がすると、その後はまったく物音ひとつしなかった。

 静まり返った部屋にいると、自分がひとりでいるということを急速に意識しだした。通彦と一緒だったらどうしていただろう。ふたりでくっついてああだこうだと話をしていただろうか。私はもう通彦のことは抜きにして旅行を楽しむのだ、と半ば強引に思い込もうとしていたが、それはやはり不自然なことだ。行く先々でここに通彦がいれば、と想像せずにはいられなかった。まして今回は初めてきちんと行けるはずだったお泊りの旅行だった。まるまる二日間一緒にいられる、ということはそれまでになかったことだったし、一晩中一緒にいるということも、今までになかった。表には出さなかったけれども、遠足を翌日に控えた子供のように、私は特別な期待感をもって今回の旅行を楽しみにしていた。それなのに。私は今日1日の間だけでも何度も何度も思ったように、やはり自分がひとりで勘違いをしていたことが恥ずかしかったと思った。通彦が私とどう別れようかと算段しているとき、私はお気楽な想像をして浮かれていたのだ。通彦が私と一緒にいてもつまらないと思っているなんて露知らずに。

 窓の外を見ると、日はやや傾き始めていたがまだ夕暮れには少し早い時間だった。とりたてて何をすることもないので、そうすると夕食までの数時間がひどく長い時間のように感じられた。ライティングデスクの上にあったパンフレットやら冊子やらをぱらぱらめくってざっと目を通した。すぐ近くを散策しようかなという気がちょっと起きたが、気疲れしていたこともあって何だかどうでもよくなってしまった。私は一人用のソファに深く沈んで目を閉じた。正直に言えば、楽しめる、という状態からは程遠いという気分だった。

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2 コメント

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こころの揺れ。 (だっくす史人)
2007-12-21 14:54:09
こんにちは。
登場人物の心の揺れを描くのは難しものです。いつもながらそこが上手く表現出来ていて感心します。
「夕凪」の時の主人公の逡巡とは異質です。あの作品では、命と主人公の抱えている棘のごとき問題が控えていました。
この作品では、第三者からは時が解決するよ、とか、また別の恋をすればどうってことはないよ、で済まされてしまいそうです。だから書くのはとても難しい。強くなろうとする自分とやはり立ち直れないでいる己との葛藤が描かれています。ある意味では「夕凪」よりも書くのが難しいのかもしれませんね。
でも心配いりません。順調です。これからもこの調子で書いてください。では、また。
(ちょっとえらそうな、コメでした。どもども)。
ためになります。 (sa0104b)
2007-12-21 20:53:50
だっくすさん、いつもありがとうございます。
そうですね。振られた女の話というのはありがちだし、夕凪、のような分かりやすいテーマがないかもしれません。それだけこの話はつまらないかもしれません。
でも、この主人公も色々と抱えているのです。それは些細なことかもしれないけれど本人にとっては重大なことです。
だっくすさんのコメントで、私はいつもどれだけ勇気付けられているか・・・本当に感謝です。
頑張ります。

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