星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

fortune cookies(6)

2008-10-09 01:56:20 | fortune cookies
 通夜の会場で美沙子姉さんを前に話していると、他の親戚にはない親密な感じがするのが分かる。私が勝手に慕っているだけなのかもしれないが、こういう気の乗らない冠婚葬祭の席で美沙子姉さんを見つけると本当にほっとするのだった。私は姉さんを至近距離で見つめながら、相変わらず美しい顔をしていると思った。この間会ったとき、それも確か2年ほど前の親戚の葬儀だったような気がするのだが、その時よりもやや皺が増えたような気もしたが、それは却って不自然な若作りとは無縁の年齢を重ねた魅力というものを表しているように思えた。そんなことを思っていると姉さんの旦那さんが近づいてきて叔母さんが呼んるからと言って二人は向こうのほうへ行ってしまった。

 席に残された私は通夜の式が始まる前に携帯をオフにしておこうとディスプレイを開いた。メールが来ていた。私にメールをよこすのは信次くらいしかいなかった。ここまで送ってきてくれたのだから当然通夜にいるはずだと知っているし、明日も会わないことになっているので何だろうと思いながら開いてみる。終わったらまた迎えに行こうかとあった。私はその文面を何度も読み、そして考えた。これはどういうことなんだろう。そのまままたうちに泊まっていくのだろうか。明日は告別式だし、それに明日、信次は娘をどこかへ連れて行く日になっていたのではなかったか。

 信次は離婚した妻との間に小学生の娘がいた。彼女の母親が土曜や日曜に用事や仕事があるときは信次が預かるということになっているらしかった。急に予定や仕事が入るのか約束があっても前日や当日キャンセルになることも多かった。それであまり土日は期待をしないようにと心掛けていた。明日もその予定だと聞いていたのだが、急きょ予定が変更になったのだろうか。信次の予定は急に変更することも多く、そういう事情があるということを承知で付き合っているのだから文句も言えないのだが、それでも時折、楽しみにしていたことが不意に中止になることがあると、私は遠足の当日が雨だった子供のような気分になった。面と向って文句は言わないし、大人げないと自分でも思っているが、それが態度に表れているときもあるらしく、仕方がないだろう、とその都度言われた。そんなことは自分でも分かっていた。

 娘がいつ訪れてくるか分からないという理由で、事前に連絡を入れないで信次のマンションへ行くと困った顔をされた。子供がいない私には分からなかったが、自分の父親に新しい恋人ができるということは断じてあってはならないことなのだろうか。そんな時私の心の中では薄暗いもやが発生した。もしかしたら信次は妻と離婚しているのではなく、単に別居しているだけなのではないか。もう別れているのであればどんな女と付き合っていようが関係ないのではないのか。不安は私の頭の中でどんどんと膨らんでいった。子供をどこかへ連れて行かなきゃならないから会えない、と言われると、本当に子供と会っているのだろうかと思うときもあった。性格の不一致で別れたということだったが、本当はそうでなく信次の浮気で別れたのではないのか。考え出すと思考は際限なく悪い方向に向かっていくのだった。

 それにしてもさっきここまで送ってきてくれたのにまた迎えに来てくれるなんて珍しい。どうしたのだろうか。信次は時々気紛れなところがあった。私が疑心暗鬼になるような発言を次々に平然と言ってのけるときもあれば、こうして意外な優しさを発揮するときもあった。その都度私は感情の波を上下させられた。疑問に思う点はたくさんあれど、優しい時があるから嫌いになれないのだった。そもそも私から信次を嫌いになるなんて考えられないことだった。悔しいけれど、信次が私を思う気持ちより私が信次を思う気持ちのほうが断然強いというのを意識せずにはいられなかった。信次が私から離れていくことに恐怖すら感じていた。メールを打とうと、参列席の椅子を立ってロビーの隅の人気ないところに向かった。

 時刻はいつの間にか通夜の開始時刻に近くなっていて、親族は続々と到着してきているようだった。久し振りに見る顔の親戚とすれ違うたびに、逐一挨拶をしながらロビーを横切った。私と顔が会って挨拶はしたものの私が誰か分からない人も何人かいて、そういう人はたいてい傍にいる別の親戚に、あらどこの娘だっけ?と耳打ちしていた。ほら、○○の、とその人が私の実の父親の名前を言うと、ああ、○○のねー、とそれだけで後に続く言葉を納得するのだった。私はこういうとき自分が悪いわけでもないのに非常に気まずい思いにとらわれた。久しく会わない親戚の誰かと会うたびに、私は過去の自分を瞬時に連想し、そして親戚の中での自分の微妙な位置を感じずにはいられないのだった。やっぱり信次の言葉に甘えて迎えに来てもらおう。瞬時にそう思い手短に返信文を打った。ありがとう。じゃあまた迎えに来てくれる?先ほど別れたばかりなのに私は無性に信次が恋しかった。

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