私が高校生の時、美沙子姉さんが結婚するということになり、その直前に女の従姉妹だけでお祝いのために集まろうという話になった。母方の兄弟姉妹には私と美沙子姉さんを入れて5人の従姉妹がいた。美沙子姉さんがいちばん年上で、私がいちばん年下だった。私達は美沙子姉さんや他の従姉妹が住んでいる地元の、若い人向けのカジュアルなレストランでそのお祝いお食事会を開いた。
私は美沙子姉さんが、アルバイト時代の不倫の恋に破れ、そして職場で知り合った、噂では背の高い素敵な銀行マンとの婚約も破棄になったことをその時既に知っていた。美沙子姉さんは当時地元にあった中堅建築会社の受付嬢をしていた。背も高くすらりとして顔立ちもはっきりとしていたから、きっと高感度も高くもてたのだろうと思う。当時学生だった私の目から見ても美沙子姉さんは素敵なお姉さんだった。親戚の中ではいちばんの美人だし、控え目なしゃべり方や落ち着いた雰囲気は、本当の年齢よりもずっと大人に見えた。たまに用があって美沙子姉さんの勤め先のある駅に行くときは、姉さんを訪ねるとお茶をおごってくれたり食事を御馳走してくれたりした。姉さんはいつもピンクの受付嬢の制服を着ていて、お昼の休憩時間になるとおいしいお店に連れて行ってくれたりした。
私は美沙子姉さんの婚約が破棄になったことは知っていたけれども、その理由まではその時は知らなかった。子供を堕ろしたのを知ったのはもっとずっと後のことで、当時は知らなかった。それなので今度結婚することになった人はどんな人なんだろうと興味津津だった。遠い親戚の紹介で知り合って、年が10歳ほど離れているということだけを知っていた。美沙子姉さんのお相手なのだから、うんと年上の素敵な男性なのだろうと勝手に期待をしていた。
集まった私たち従姉妹は、美紗子姉さんが自分たちの中でいちばん早く結婚するということもあって、結婚にまつわる話に興味深々だった。でもそれは結婚生活における肝心の要素ではなくてもっと表面的なこと、例えば結婚式にはどんなドレスを着るのかとかどんなところに新居を構えるのかとか、料理は自分で作れるのかとか、そういったことだった。結婚してみれば当然そんなことは分かるはずなのだが、そんなことは結婚においてちっとも大切な部分ではないのに、当時の私にとって結婚とはつまりその程度のことだった。自分に将来やってくる出来事として捉えることができないもの、そういうものだったのだ。
ドレスはこんなもの、お料理はこんなもの、結納はどんな風にしたか、彼の職業、お見合いの時の第一印象はどんなだったか、等私たちの質問は矢継ぎ早に美沙子姉さんに向かった。美沙子姉さんは特にはしゃぐ風でもなく、いつもの美沙子姉さんらしくゆっくりとその質問に答えていった。美沙子姉さんは結婚を前に不安がったり興奮したり緊張したりと、そういった態度が微塵も見られなかった。どちらかというと淡々としていた。まるで自分のことではない風に客観的にそれまでに起こったこととそれから起ることを説明しているように見受けられた。私はそんな美紗子姉さんの態度を見るたびに、やはりそれは恋愛結婚と見合い結婚の差なのではないかと思っていた。前に付き合っていた人とは職場恋愛だったのだろう。でも今度の人はお見合いだから、何というか美沙子姉さんは自分で自分を納得させているように私には見えた。私にはそう見えたのだけれど、他の従姉妹は姉さんが淡々と喋るのに過剰に反応して、きゃーとか熱いわねーとか仲いいわねとかいう相槌を逐一入れていた。
美沙子姉さんが結婚後は旦那さんのご両親の家に同居をするという話を聞くと、もともと持っていなかった結婚への憧れのようなものが、さらに無くなっていくのが自分でも分かった。美沙子姉さんの旦那さんの実家の二階の一部分、つまりふた部屋だけが美沙子姉さんとその旦那さんの居住部分らしかった。結婚したら今の受付嬢の仕事も辞めるらしかった。それは仕事を続けるとか辞めるとかの選択肢はなしに、結婚したら辞めるもの、との見解が当然とされているような話しぶりだった。
「あ、来たわ。」
本当は女だけで集まるというはずだったのだけれど、せっかくだから旦那さんになる人も紹介してよという話になり私たちはその人を待っていたのだった。そしてその人が今現れレストランの入り口に皆の注目が集まった。
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私は美沙子姉さんが、アルバイト時代の不倫の恋に破れ、そして職場で知り合った、噂では背の高い素敵な銀行マンとの婚約も破棄になったことをその時既に知っていた。美沙子姉さんは当時地元にあった中堅建築会社の受付嬢をしていた。背も高くすらりとして顔立ちもはっきりとしていたから、きっと高感度も高くもてたのだろうと思う。当時学生だった私の目から見ても美沙子姉さんは素敵なお姉さんだった。親戚の中ではいちばんの美人だし、控え目なしゃべり方や落ち着いた雰囲気は、本当の年齢よりもずっと大人に見えた。たまに用があって美沙子姉さんの勤め先のある駅に行くときは、姉さんを訪ねるとお茶をおごってくれたり食事を御馳走してくれたりした。姉さんはいつもピンクの受付嬢の制服を着ていて、お昼の休憩時間になるとおいしいお店に連れて行ってくれたりした。
私は美沙子姉さんの婚約が破棄になったことは知っていたけれども、その理由まではその時は知らなかった。子供を堕ろしたのを知ったのはもっとずっと後のことで、当時は知らなかった。それなので今度結婚することになった人はどんな人なんだろうと興味津津だった。遠い親戚の紹介で知り合って、年が10歳ほど離れているということだけを知っていた。美沙子姉さんのお相手なのだから、うんと年上の素敵な男性なのだろうと勝手に期待をしていた。
集まった私たち従姉妹は、美紗子姉さんが自分たちの中でいちばん早く結婚するということもあって、結婚にまつわる話に興味深々だった。でもそれは結婚生活における肝心の要素ではなくてもっと表面的なこと、例えば結婚式にはどんなドレスを着るのかとかどんなところに新居を構えるのかとか、料理は自分で作れるのかとか、そういったことだった。結婚してみれば当然そんなことは分かるはずなのだが、そんなことは結婚においてちっとも大切な部分ではないのに、当時の私にとって結婚とはつまりその程度のことだった。自分に将来やってくる出来事として捉えることができないもの、そういうものだったのだ。
ドレスはこんなもの、お料理はこんなもの、結納はどんな風にしたか、彼の職業、お見合いの時の第一印象はどんなだったか、等私たちの質問は矢継ぎ早に美沙子姉さんに向かった。美沙子姉さんは特にはしゃぐ風でもなく、いつもの美沙子姉さんらしくゆっくりとその質問に答えていった。美沙子姉さんは結婚を前に不安がったり興奮したり緊張したりと、そういった態度が微塵も見られなかった。どちらかというと淡々としていた。まるで自分のことではない風に客観的にそれまでに起こったこととそれから起ることを説明しているように見受けられた。私はそんな美紗子姉さんの態度を見るたびに、やはりそれは恋愛結婚と見合い結婚の差なのではないかと思っていた。前に付き合っていた人とは職場恋愛だったのだろう。でも今度の人はお見合いだから、何というか美沙子姉さんは自分で自分を納得させているように私には見えた。私にはそう見えたのだけれど、他の従姉妹は姉さんが淡々と喋るのに過剰に反応して、きゃーとか熱いわねーとか仲いいわねとかいう相槌を逐一入れていた。
美沙子姉さんが結婚後は旦那さんのご両親の家に同居をするという話を聞くと、もともと持っていなかった結婚への憧れのようなものが、さらに無くなっていくのが自分でも分かった。美沙子姉さんの旦那さんの実家の二階の一部分、つまりふた部屋だけが美沙子姉さんとその旦那さんの居住部分らしかった。結婚したら今の受付嬢の仕事も辞めるらしかった。それは仕事を続けるとか辞めるとかの選択肢はなしに、結婚したら辞めるもの、との見解が当然とされているような話しぶりだった。
「あ、来たわ。」
本当は女だけで集まるというはずだったのだけれど、せっかくだから旦那さんになる人も紹介してよという話になり私たちはその人を待っていたのだった。そしてその人が今現れレストランの入り口に皆の注目が集まった。
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