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余命宣告受けた患者3人 それぞれの心構えとその後の生き方

2017-12-19 | 今注目の話題

記事  NEWSポストセブン   余命宣告受けた患者3人 それぞれの心構えとその後の生き方

【余命宣告を患者はどう受け止めれば良いのか】

 がんなど命にかかわる病気にかかった際に、医師が患者に行なう「余命宣告」。基本的には病気が進行しており、治る見込みが少ない患者に対して告げられるが、医師から余命宣告を受けたとき、患者側はどう捉えればいいのか。帯津三敬病院の帯津良一名誉院長が話す。

「医師から宣告された余命は、統計データでしかないので、気にする必要はないと思います。積極的治療を行なうか、それとも『緩和ケア』を行なうか。その後の生き方を見直すチャンスくらいに捉えるのが良いのではないでしょうか」

 胆のうがんになり、2年前に医師から「余命1年」と宣告を受けた石田利明さん(69)は、生き方を見直した結果、余命を大幅に延ばした。

「『もう手術はできない』と言われたので、自分から余命を聞いたら『1年くらいです』と。頭の中が真っ白になりました。特に感情もなく、医師の言葉も頭の中を通り過ぎていった。ただ、『死ぬなら事故よりもがんがいいな』と漠然と考えていたので、命が残り僅かだと受け入れています。

 余命宣告を受けたのが2年前の2月。翌年の1月に娘の成人式があったので、まずはそこまで生きようと思いました。私は美容師なので、娘の髪結いや着付けをして祝ってあげたかったんです。

 その目標のために、マラソンなど運動をしていたら元気になって、いつの間にか2年経っていた。痛みや苦しみはありません。医者から見れば『生きているのが不思議』だそうです」

 家族の支えで“余命が変わる”ケースもある。杉浦千恵子さん(68)は、18年前に腎臓がんに罹った息子についての余命宣告を受けた。

「『余命半年。2年後の生存率は0%』と宣告されたときにはパニック状態になり、『そんな話は信じません』と思わず口にしていました。

 親でさえあれだけショックだったのに、これを本人に伝えたらどうなるのか……きっと症状が悪化するだろうと思い、余命のことは伝えず、いつも通りに接しました。2年を過ぎた頃からやっと、前向きに暮らせるようになりました」

 息子・貴之さん(46)は今も健在だ。当時の状況をこう振り返る。

「抗がん剤療法の副作用に苦しみ、手術の後遺症で腸閉塞にも悩まされました。いつまでこんな状態が続くのか、精神的に不安定な状態でしたが、おかげで色んな治療法に巡り合うことができ、今まで生きることができている。

 余命については、発覚の5年後に母から『もう大丈夫そうだから言うけど、実はあの時余命を2年と言われていたの』と教えられました。明るく話す母の表情を見て自分の病状を受け入れられましたが、発覚当時には余命を知らなくて良かったと思っています」

 彼らは、余命の問題について議論を深めるため、実名での取材に応じた。重要なのは、「あと何日生きられるか」より「残りの人生をどう生きるのか」なのかもしれない。※週刊ポスト2017年12月22号    

帯津良一 - Wikipedia

帯津 良一(おびつ りょういち、1936年2月17日 - )は、日本の医師、著述家、帯津三敬病院名誉院長。 埼玉県生まれ。東京大学医学部卒業。医学博士。東京大学医学部第三外科、都立駒込病院外科医長などを経て、1982年、埼玉県川越市に帯津三敬病院を設立。西洋医学に中国医学や代替療法を取り入れ、医療の東西融合という新機軸を基に、がん患者などの治療に当たる。人間をまるごと捉えるホリスティック医学の第一人者として、日本ホリスティック医学協会会長、日本ホメオパシー医学会理事長なども務める。

 


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