欅並木をのぼった左手にあるお店

ちいさいけど心ほっこり、French!テイストなお店♪

色あせた兵隊の人形

2012-05-20 | une nouvelle
玄関を出るとき、靴箱の影に見えていた兵隊の人形。
色あせた人形を手にとると、かくれていた思い出が鮮明に伝わってきて。
しあわせだった家族の肖像が。あの頃のさわやかな日ざしが。
恋をしていたあの頃の胸のうちが、まるで昨日のことのように・・。
ポケットに人形を入れて、車を走らせる朝。
いつもの並木道がタイムスリップしたかのように、あの頃の情景が・・。
スピードをゆるめ、眺める先は以前よく通っていた彼女の家。
人形をふたりで持って吹き替えの会話を楽しんだ。
あの時の物置小屋はもうなくなっていて・・。
道のはずれに車をとめて、上をむき目をつぶると。
あの頃の愛しい人が声をかけてくる。

"兵隊さん、兵隊さん。わたしをお嫁さんにして下さいな。
その帽子がとってもかわいいから。
好きになるのに理由なんていらないわ。
まんまるの帽子にわたしは恋をしたのよ。"

やさしい悪魔の使い

2012-05-20 | une nouvelle
月のヒカリに照らされたお城。
ビロードのカーテンのそばで動いている物影。
あなたは誰です?
悪魔の使いです。
カーテンのむこうからあらわれたのは、背の高い紳士の影。
わたしに何の用です?
ひとつご忠告をしに、うかがいました。
悪魔がわたしに何の用ですか?
わたしは悪魔の使いですが、星の動きによって世のすべての邪悪な働きに関わっているわけではないのです。
王女はベッドから起き上がり、不審な目で紳士を見つめます。
ご忠告ですか。あなたがわたしに何を?
その頭のふさぎを、やわらげるためにです。
悪魔の使いが? そうおっしゃりながら、実はわたしの心を混乱させに来たのでは?
紳士は膝まずいて、
どうぞ、お聞き下さいませ。わたしはけっしてそのようなことで訪れたわけはないのです。
王女はじっと見つめながら、
どういうことかわかりかねますが、ご忠告とは何です?
あなた様の心についてです。その頭にもたげているものを解き放ちに・・。
どういうことです?
紳士はやさしく語りはじめます。

太陽のヒカリは清くて美しい。すべてが整然としていて汚れがありません。
しかし、人の心とは太陽のようでありたいとは願っていても、その質を異にするものなのです。
もちろん美しさや正しさはあってしかるべきですが、迷いや憂い、悲しみも含まれての、心なのです。
悪魔の使い。わたしたちのイメージである、邪悪なもの、嫉妬、恨み。これらも心の色として当然あるものです。
心はすべての色を含んで深いヒカリをなしているのですから、正と悪。明と暗。というふうに対極をなすものではありません。
ですから、すべてを含んで作用することこそ健全な心。心の本来の働きなのです。
巧みなズルさを行っても、それが悪い作用をおよぼすとは限らない。
鋭い嫉妬をおぼえようとも、それが悪に手を染めるきっかけにはならないのです。
心とはそういうもの。ですから、心の闇に嫌悪をむけることはないのです。
聖の部分にのみ好意をむけることもありません。
すべて含んで自分の心となしているもの。光であっても闇であっても愛すべき自分の一部であることを、知っていただきたいのです。
それからは、意思が決めること。行動こそがこの世での大切な選択となるのですから。

あなたは誰からの使者です?
あなた様を思う、名もない使者です。もちろん悪魔の使いです。影の世界に生きる者ですが、あなた様の苦しみはこうして解かれることを、お知らせしたかったまでです。
王女はじっと考えている風でしたが、やがて、口もとに笑みを含ませて、
深みのある心ですか。そんな自分を愛するように、言われるのですね。
心とはそういうものです。
なにか気持ちが楽になったような気がします。また、いずれ訪れてくれることはありますか?
わたしは悪魔の使いです。闇がいつかあなたを惑わすかもしれません。遠くから見守っているのが一番の愛であるかと・・。
悪魔の使者はやさしいのですね。
その言葉を胸に、闇へ消えていきます。どうか、心の深みを知り、自分を慈しんでいただけるように・・。
突然、窓から強い風が入ってきて、カーテンが揺れると、人影はなくなり。あとに残るのは静寂と月あかりのみ・・。