カテゴリーに「三木市」があるのだが、
「みっきいふるさとふれあい公園」ばかりで、三木市には少しご無沙汰である。
つい先日、「みっきいふるさとふれあい公園」の起案部門で本家本元のまちづくり部に電話して1時間ほど電話でお話をする機会があった。
用件は、Yahooで毎日更新している写真ブログに三木の境界地に立つ標識をアップしたのだが、三木市に何本標識があるのか聞きたかったのである。
そんな話から次から次に話題は繋がって、1時間の長電話になったのだが、市役所の中にも熱心な若手は居るものである。お互いに話は尽きなかった。
9月1日に「みっきいふるさとふれあい公園」について発表会があります。是非聞きに来て下さい。 「じゃあ、行きましょう。」
ということで電話を切ったのだが。
「みっきいふるさとふれあい公園」はいいコンセプトだと思っている。
そんなことでこのブログの中にも、カテゴリーを作ったり、Yahooで写真ブログで毎日「三木の紹介」を続けているのである。
お役所でのこのコンセプトに対する広報戦略は、
気持の熱心さは認めるにしても、とても及第点を上げるわけにはいかない。
お役所独特のタテ型発想で、本来の広報というヨコ展開とは程遠い。
ただ熱心さだけは突出しているのだが、回覧板的広報の域を出ていない。
みんなが一生懸命やって、それを足したらよくなる筈という、「昔々の発想」は今のネット社会では通用しないのである。
提携都市の武雄があんなに上手くやっているのにと、コンセプトがいいだけに残念である。
今日の三木市HPに、よかたんの家族風呂の話しが出ている。
いい方向に動き出してよかったと思う。
みっきいふるさとふれあい公園のバナーもある。
先日、道の日には道路周辺の草刈や、清掃を「全市的な規模」で展開したはずである。
確かに、三木市のあちこちの道路わきやあぜ道も本当に綺麗になっている。
市民ふれあい部の小西さんのブログには、吉川総合公園のふれあい部の人たちによる清掃活動の様子が書かれている。
「ブログdeみっきい」というなかなかのブログも発信されている。
役所ではないが、市会議員の米田さんはブログの最後のほうででこんなことを言っている。
みんなそれぞれは、真面目に一生懸命なのである。それは十分認めます。
少し関連するのだが、昨日私は、防災公園の管理事務所に聞いてみた。
「お宅の管理範囲は?」想定どおりサッカー場やその周辺である。いつも本当に綺麗に整備され手入れも行き届いてている。
なのに、丁度隣の防災センターは、残念ながら草ぼうぼうである。見苦しいレベルである。
それも確か、ふれあい公園構想の中にあった三木から「せいたかあわだち草の一掃」をめざしたはずの「せいたかあわだち草」がぼうぼうなのである。
元々の造りが造園風に綺麗なだけに余計に目立つのである。
「もう直ぐ、草刈をする予定です。」と担当の方は仰った。
ここはここで予定通りに進行中なのである。
道を挟んで右、左の落差が激しすぎるのである。
それに追い討ちをかけるように、ブラジル選手団や日本代表選手が競技場に来るからだろう。
その道には「日本一美しいまちをめざす」というのぼり旗が目立つ本数でずらりと並んでいる。
少なくとも私には、「考えられない風景」であるが、そのように気のつく方は少ないのであろう。
道の日は8月10日であった。10日ほど前のことである。
全市に呼びかけての行動だったはずだ。except県管轄だったのだろうか?
選手団が競技場を訪れることは解っていた筈である。
「日本一美しいまちをめざす」のぼり旗を立てることも決まっていたはずである。
トータルで見ていた人や、部門は?
どこかが抜けているのである。
みんな善意で、それぞれは言われたことを、或いは自分たちの発想を一生懸命やっているのである。
「タテ型の発想」からは、幾ら努力しても解決しないのである。
「みっきいふるさとふれあい公園」は、全市を巻き込むプロジェクトであろう。
9月1日の発表会の席上でも市長以下、多分口ではそのような主旨のことを言われるに違いない。
全市を巻き込むといことは、ヨコ型でしか解決しない。「発想の転換」なくしては実現しないのである。
このブログ、発表会の検討の「たたき台」としてアップします。
役所の方も何人かは必ず読んで頂けると思います。
日本のタテ型社会の弊害に対する想いで、なにも三木市に限ったことではありません。
「三木市」はそんな枠外であって欲しいと、切に願うものです。
世の中の一般の人たちは三木市の各部門の動きを見ている訳ではないのです。
それらがトータルされた「みき」をイメージするのです。
それをリードするには「三木市」のはずです。
「みっきいふるさとふれあい公園」ばかりで、三木市には少しご無沙汰である。
つい先日、「みっきいふるさとふれあい公園」の起案部門で本家本元のまちづくり部に電話して1時間ほど電話でお話をする機会があった。
用件は、Yahooで毎日更新している写真ブログに三木の境界地に立つ標識をアップしたのだが、三木市に何本標識があるのか聞きたかったのである。
そんな話から次から次に話題は繋がって、1時間の長電話になったのだが、市役所の中にも熱心な若手は居るものである。お互いに話は尽きなかった。
9月1日に「みっきいふるさとふれあい公園」について発表会があります。是非聞きに来て下さい。 「じゃあ、行きましょう。」
ということで電話を切ったのだが。
「みっきいふるさとふれあい公園」はいいコンセプトだと思っている。
そんなことでこのブログの中にも、カテゴリーを作ったり、Yahooで写真ブログで毎日「三木の紹介」を続けているのである。
お役所でのこのコンセプトに対する広報戦略は、
気持の熱心さは認めるにしても、とても及第点を上げるわけにはいかない。
お役所独特のタテ型発想で、本来の広報というヨコ展開とは程遠い。
ただ熱心さだけは突出しているのだが、回覧板的広報の域を出ていない。
みんなが一生懸命やって、それを足したらよくなる筈という、「昔々の発想」は今のネット社会では通用しないのである。
提携都市の武雄があんなに上手くやっているのにと、コンセプトがいいだけに残念である。
今日の三木市HPに、よかたんの家族風呂の話しが出ている。
いい方向に動き出してよかったと思う。
みっきいふるさとふれあい公園のバナーもある。
先日、道の日には道路周辺の草刈や、清掃を「全市的な規模」で展開したはずである。
確かに、三木市のあちこちの道路わきやあぜ道も本当に綺麗になっている。
市民ふれあい部の小西さんのブログには、吉川総合公園のふれあい部の人たちによる清掃活動の様子が書かれている。
「ブログdeみっきい」というなかなかのブログも発信されている。
役所ではないが、市会議員の米田さんはブログの最後のほうででこんなことを言っている。
みんなそれぞれは、真面目に一生懸命なのである。それは十分認めます。
少し関連するのだが、昨日私は、防災公園の管理事務所に聞いてみた。
「お宅の管理範囲は?」想定どおりサッカー場やその周辺である。いつも本当に綺麗に整備され手入れも行き届いてている。
なのに、丁度隣の防災センターは、残念ながら草ぼうぼうである。見苦しいレベルである。
それも確か、ふれあい公園構想の中にあった三木から「せいたかあわだち草の一掃」をめざしたはずの「せいたかあわだち草」がぼうぼうなのである。
元々の造りが造園風に綺麗なだけに余計に目立つのである。
「もう直ぐ、草刈をする予定です。」と担当の方は仰った。
ここはここで予定通りに進行中なのである。
道を挟んで右、左の落差が激しすぎるのである。
それに追い討ちをかけるように、ブラジル選手団や日本代表選手が競技場に来るからだろう。
その道には「日本一美しいまちをめざす」というのぼり旗が目立つ本数でずらりと並んでいる。
少なくとも私には、「考えられない風景」であるが、そのように気のつく方は少ないのであろう。
道の日は8月10日であった。10日ほど前のことである。
全市に呼びかけての行動だったはずだ。except県管轄だったのだろうか?
選手団が競技場を訪れることは解っていた筈である。
「日本一美しいまちをめざす」のぼり旗を立てることも決まっていたはずである。
トータルで見ていた人や、部門は?
どこかが抜けているのである。
みんな善意で、それぞれは言われたことを、或いは自分たちの発想を一生懸命やっているのである。
「タテ型の発想」からは、幾ら努力しても解決しないのである。
「みっきいふるさとふれあい公園」は、全市を巻き込むプロジェクトであろう。
9月1日の発表会の席上でも市長以下、多分口ではそのような主旨のことを言われるに違いない。
全市を巻き込むといことは、ヨコ型でしか解決しない。「発想の転換」なくしては実現しないのである。
このブログ、発表会の検討の「たたき台」としてアップします。
役所の方も何人かは必ず読んで頂けると思います。
日本のタテ型社会の弊害に対する想いで、なにも三木市に限ったことではありません。
「三木市」はそんな枠外であって欲しいと、切に願うものです。
世の中の一般の人たちは三木市の各部門の動きを見ている訳ではないのです。
それらがトータルされた「みき」をイメージするのです。
それをリードするには「三木市」のはずです。
市での横の繋がりのなさは、こういうところでもあるように感じます。
回覧板的な広報とは、言い得ておられて、5月の広報にこの構想の記事は出ていますが、貴方以外から盛り上がらないところをみると、ポイと捨てられているのではないでしょうか。
ブログで、三木の方々が連携しあうというのも、横の繋がりかもしれません。
かくいう私は、コメントのみでしか参加させていただいておりませんが…。
おもしろいコンセプトだと思いますので、発展していってほしいものです。
みんなそれぞれ、自分の持ち場を一生懸命に頑張る。
こういうシステムには日本人は非常に向いています。
それが生産増大、品質向上といった従来の生産型管理社会では機能して日本の経済を支え、ひいては生活の向上に繋がりました。
豊かな社会の中で、
ソフトを中心にしたネット社会ののなかでの施策の展開には、今までと違ったスタンスでの取り組みがない限り、難しい施策や目標は実現しません。
今の課題は、単にモノを造るとか品質の向上を目指すとかの単純なものではなく、人の心の満足の部分という難しい課題だと思っています。
人々の価値観が多様化した中で、従来同様の、例えば協議会組織の確立などは、組織までは出来ますが、仮に組織が出来たとしても、そこで本当に求めようとしている真の目的は多分実現しないでしょう。
従来のタテ型発想は、単純であった生産管理社会では有用であったのですが、今のインターネット社会では機能しません。インターネットはご存知の通りヨコ一線です。上下もありませんし、中心すらないのです。
コメントを頂いて非常に嬉しく思います。
どんどん繋がればいいのです。
三木は本当にいい環境下にあると思っています。
「美しい」という言葉の持ついろいろなことが、景観においても、人々の生き方においても活かせる、本当に「日本一美しいまち」になり得ると信じています。
市役所の方も何人も知っていますが,いい方ばかりです。
極端に言うと、真面目すぎます。自分の職務から外のに一歩も踏み出さない真面目さはタテ型の典型です。
タテ型では大きな仕事は絶対に出来ません。
市役所から外。三木市民よりは三木市民以外へ。
他の市へ。外に視点をおいた活動こそ、三木のイメージ向上には必要と思います。
武雄と何の関係もない「がばいばあちゃん」を。
単なる他県の一市民のrfuruya1を。今度は台中です。
樋渡さんの視点は常に外向きです。
広報とは外に向かってこそ機能するのです。
身内の人たちに知らせるのを「回覧板」といいます。
残念ながら、日本には広報の解るトップは極々僅かです。
広報が本当に解っていれば、物事は実現するのです。
そのために「みっきいふるさとふれあい公園」は格好のテーマと思っているのです。
一番いいところは、三木市民以外が主役になれる可能性があるからです。
これこそが大きな武器なのでが、理解して頂けるでしょうか。
長々と書きましたが、
「ひょっとして」役所の方の目に触れるかもと思ったからです。
佐賀北は「ひょっとしました」
三木も「ひょっとして欲しい」ものです。
今年の盆前に”三木鉄道”三木駅に行ってまいりました。
1967年に、一度この駅に来ましたが当時のままで
驚きました。
来年春に廃業と聞いていますが、年間赤字6,000億円のこの鉄道を何とか出来ない物かと思いました。
市政の財政悪化は何処でも同じ。この鉄道で三木市の
観光に少しでも役立てる事は出来ないのでしょうか?
また、現在の様なディーゼル車ではなく、小さな蒸気機関車(20トンクラス)を走らせる事が可能であれば楽しいですね!