雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

雑音に耳を貸すな

2007-04-28 05:58:46 | 樋渡啓祐さんのこと
「雑音に耳を貸すな」 小野田滋郎さんの送別会の席で、小野田さんが 「私にくれた言葉」 である。

小野田さんは、私の生き方に大きな影響を与えてくれた人で、このブログでも何度か触れた。
あのフィリッピンの小野田中尉の弟さんである
世の中にはこんな素晴らしい人が居るのだと、そう実感させてくれた。
今年、年賀状が来なかったが、噂によると亡くなられたとか。 心からご冥福を祈りたい。

私が20代後半頃のことだが、
何事も出来すぎる小野田さんを 「何かと悪く言う人も多かったので」
その時は、ご自分のことを言っておられるのかと、思ったりしていた。

自分が年をとって、当然ながら会社の中の仕事も、そこそこ中枢に属するようになった。
さらに、90年代に入ってからは、実績もよく社内だけでなく業界や、日経などにも取り上げられたりすると、大学の先生からのインタビューが入ったりして、自分でも信じられないような展開になったのである。


ところが、外の評価とは別に、身近なところからの雑音が聞こえ出したのである。
「雑音に耳を貸すな」 と言った小野田さんの言葉を、このときしみじみと思い出し、自分の行く方向をきっちりと確かめ直したのを覚えている。

このブログで、はじめて樋渡啓祐氏について触れたとき「その意見や仕事の進め方に、共感を覚えたのは小野田さん以来と言っていい。」と感想を述べている。
まだその頃はこんなに身近に樋渡さんと繋がるとは、夢にも思っていなかった。



先日の「武雄市長物語」。

佐賀新聞の古賀史生記者の特集記事の中に採り上げられている問題について、珍しく樋渡さんがコメントをされている。

物事上手く行き過ぎると、その時「雑音」と思われるものが出てくるのである。
意見を言っている人たちは「雑音」でなく、それが「正論」であると信じておられるのだと思うが。

「具約42」についても、その冒頭に書かれて下線が敷いてある基本コンセプトの部分には関係なく、個別の問題ばかりを取り上げるのは、「雑音」と見られても仕方がないと思うのである。


その冒頭には
「武雄に生まれて良かった、育って良かった、帰ってきて良かった」といった「ぬくもり」のある元気な、新、武雄市を市民と共に一緒に造り出す。

次世代につながる風格ある都市づくりのために、10数年、舵取り役を行いたい。


と明確にステートメントが記されている。
樋渡さんの市政の1年目は、この「基本コンセプトに示された方向に聊かの狂いもない」、
他のまちに住むものから見ると羨ましいばかりの実績だと思うのだが。


何度も、明言している樋渡ファンの私から、 2年目をスタートされた樋渡啓祐市長に、

小野田滋郎さんが、私に贈ってくれた 
「雑音に耳を貸すな」 の一言を贈りたい。
コメント (2)
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