ワング教会を見た後すぐにヴロツワフ(Wroclaw)を目指した。カーナビをつけていったにもかかわらず二回も道を間違え、午後3時ごろに町の東にあるキャンプサイトに着いた。英語の出来ないサイトのおじさんが町の地図をくれて近くに日本庭園が在るという。
サイトに落ち着くとすぐにカメラを持って日本庭園へ向かった。キャンプサイトの周辺はシチトゥニツキ公園の一角でこの公園はヴロツワフ市の一番大きくてきれいな公園といわれているそうな。
広大な公園の中の市街電車の線路脇に、大きな噴水のある池と円形コンサートホールそしてすばらしい日本庭園があった。ここはとっても人気のある場所らしく庭園内のいたるところに老若男女が憩い、大きな人造湖には太りに太った鯉がたくさん泳いでいた。庭園の説明によるとアライ・マンキチさんという庭師が働いていたという。この庭は1913年にガーデニング・アート博覧会で作られたものだとのこと。アライさん本当に良くやってくれました。日本人として誇りにしたくなるようなすばらしいところだった。
翌朝、サイトの前の電車乗り場から旧市街の角まで30分、旧市街はほとんどが車禁止のため、碁盤の目のように整った通りを歩いて,市庁舎へ着いた。この市庁舎は又なんとすばらしい出来だ。市庁舎の周りは色とりどりの高層家屋が立ち並び、大きなスクエアになっている。
隣接したスクエアにたくさんの花屋さんが露店をだしている。今まで田舎道を走ってたくさんの墓地も目に付いたが、ここポーランドのようにお墓が花で埋まっているところも珍しい。それにしても街中の墓地の前ではないところにこれほど多くの花屋さんはなぜ?と思わずにいられない。
この小人の像は市内の30箇所に設置されていて、私たちが見つけたのはたった2箇所だったけど、真剣に見てなかったからだと思う。それにしてもこのような楽しみを人々に与えてくれるとはどんな人たちなのだろう。
パノラマ・ラツワヴィッカ民族博物館には予約が必要で、2時半の予約を入れ、その間1時間半を近くの国立博物館へと教えられていったところがこれ、ポーランド現代美術の展示はやっぱりこれが美術とは思えないけど・・・・・
パノラマ・ラツワヴィッカ民族博物館は一体なんだか判らないけど、たくさんの人が30分ごとに行列を作っているからと予約し、二人で35ズロティを払った。丸い巨大な建物の地下から真ん中のらせん状の廊下を登ってゆくと360度の立体パノラマ画がひろがる。 全長120m高さ15mの戦争風景画で1794年帝政ロシアと戦って勝利をおさめたポーランド農民兵や軍隊のあらましを描いたもので二人の画家によって描かれたという。亭主と二人口をアングリ、こんなにすごい絵は見たことが無いねと3回も周ってしまった。ここには中国人団体客がいて皆さん大変興奮していた様子。
ヴロツワフの観光案内地図を見るとなんと教会の多いこと、数えてみたら25軒にも上った。だからたくさんの教会内も写したけれど、この砂上の聖処女教会のステンドグラスと最後に行った洗礼者ヨハネ大聖堂は写真の撮り甲斐がある。
洗礼者ヨハネ大聖堂 へ行く前の橋の欄干には錠前がびっしり並んで下がっていた。これは一体どうしたものか今でも不思議でならない。
洗礼者ヨハネ大聖堂は中も外観もすばらしく、どんな遠くからでも2本の尖塔が見える。そして高さ60メーターの塔にエレベーターがついていて、ヴロツワフの全景を見渡すことが出来、とっても感激した。又対の塔の鰐のガーゴイルが近くに見え、小さな冠をかぶったユーモラスな顔が思わず笑いを誘う。
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楽しく拝読させていただきました。
ポーランドにいたことがあるので、すこしお話しさせてくださいね。
花は何かといえば花を贈る習慣のためです。
たとえば空港に行くと、出迎えの人々の多くが花を持っています。
相手の人に花を贈るため。
この国では若い人の家でもたいがい花が飾ってあります。
ポーランド人は花とゆでたまごがないと生きていけない民族です。
ヴロツワフの小人は、この街に古くから伝わる小人伝説からです。
おそらくこの土地にいた古代の原住民がデフォルメされたものだと思われます。
たぶん、古ヴェンド人と呼ばれるイリュリア人たちではないかと言われています。
彼らの足跡には古い地名にも表れていてポーランド国内にはヴェネツヤという小さな街がありますが、オーストリアにはウィーン、イタリアにはヴェネツィア、など、すべて「(古)ヴェンド人の集落」という意味です。
彼らはいまのポーランドに住んでいましたが、ある時代からなぜか(おそらく気候変動のため?)集団で南下していってしまって、いまのアルバニア人がそのイリュリア人の末裔ではないかと言われています。
ラツワヴィツカ美術館の絵は、「ポーランド分割」の始まった時代にコシチューシコという将軍が率いるポーランド・ジャコバン党が庶民を集めて侵略者ロシアに蜂起を起こした際の最大の戦闘「ラツワヴィツカの戦い」の様子です。
このコシチューシコ将軍、民主主義のためにアメリカ独立戦争に参加した将軍で、ジョージ・ワシントンの副官として大活躍した人物です。
少女漫画的な美形ですし、ポーランドでは特に人気のある歴史的人物です。
アメリカ時代の自宅はフィラデルフィアにあり、博物館になっています。
スイスのゾロトゥルンに彼の最後の家があります。
クラクフの郊外の山の上には彼の建設した要塞があります。
彼は士族の選挙による王政と議会制つまり制限民主主義を廃止して、アメリカ的な大統領制を導入したうえでさらに全国民に平等に政治的権利を与える非制限民主主義の議会政治を唱えました。
中国人受けが良いのは、彼がこういったジャコバン的な人物だからかもしれません。
橋の錠前は日本の恋人岬とおなじ目的です。
お邪魔しました。
とっても為になるいろいろな情報をありがとうございました。ますますポーランドが好きになります。又いろいろご連絡ください。
主人公のプリンス・ユゼフ・ポニャトフスキとは、同じ民主主義者ながら意見がすこし違います。
コシチューシコのほうが急進的。
でも、ふたりとも池田漫画にぴったりの美形です。