Reiko's Travel 記事と現在の英国事情

在英51年、2020年7月未亡人になって以来、現在英国事情と過去の旅行の思い出を記載。

東ヨーロッパの旅 9 カルバリア・ゼブジドフスカ

2011-08-24 14:03:57 | 東ヨーロッパの旅 2011




アウシュヴィッツ強制収容所のある駐車場の前から700メートルにホテルが経営するキャンプ場があった。広い芝生の庭にトイレ、シャワー食器洗い場のブロックが在り一泊60ズロッティ(約13ポンド)ロビーではインターネットも使えるというから停まってゆっくりした。インターネットが使えるなら少しでもブログを書き加えたい。
翌朝ここから60Kmほど南東に行ったところに世界遺産に登録されたカソリックの礼拝堂が在るというので、一日をゆっくり過ごし又このホテル・キャンプサイトへ戻ってくることにした。
このあたりは南へ行けば行くほど山が迫ってくるため、道路も上がり下がりが激しくなる。






カルヴァリア・ゼブジドフスカは1999年に世界遺産に登録された17世紀の礼拝堂で、ほとんど原型をとどめているという。ここはカソリックの巡礼地でここをイエルサレムに見立て28箇所の礼拝堂が建てられたと言う。坂道を長々と登ったところでやっと開けた礼拝堂は小雨模様もありほとんど観光客がいなかった。




金を主体とした装飾の礼拝堂内では今しもミサが行われている最中で、白衣に身をつつんだ神父が前の長いすに座っている信者たちに話しかけている。その説教は始めは話し言葉で途中からメロディがつき聞いていると何を言っているのかはわからないにしても、まるでミュージカルを聞いているみたい。ヨーロッパでミュージカルが発生したのもこういうところが基礎だったのかも知れないとやたらとうれしくなった。神父はバリトン・テノールでなかなかいい声をしていた。
亭主はあれはテープに吹き込んだ声に違いないと自説を曲げない。






礼拝堂の横から奥へ入ってゆくと廊下にびっしりと飾られた写真はこの礼拝堂で復活祭に行われるキリストの受難と復活を現実の生身の男性に演技させているところだった。キリストがどんな人だったかは誰も知らないが、一応髪とひげの長い男性が十字架をかづいて歩いてゆく。
復活祭には十万人の人たちがここを訪れるという。








1979年と2002年には故ヨハネ・パウロ2世がここを訪れた写真が飾られて在った。又礼拝堂の前に巨大な彼の像が立っている。




礼拝堂の後ろは四角の広い中庭の周囲に、巡礼者の宿泊施設があった。現在は6kmの巡礼路が整備されて公園になっているという。ここの案内書もなくインフォメーションも無くてこの礼拝堂以外に見るものも無かったのでお昼過ぎにはアウシュヴィッツのほてる・キャンプサイトに帰ってきた。





帰り道の左に見える山の向こうは、チェコではなくてスロバキアだと知った。


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