代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

オウム真理教と日本会議のあいだ

2018年03月23日 | 政治経済(日本)
 先日、地下鉄サリン事件から23年が経過。被害者や死刑囚たちのその後についての報道がされていた。
 TBSのニュースで、オウムの死刑囚たちと交流し続けている、被害者の会の永尾さんが(オウムにVXガスで殺害されそうになった方)、松本智津夫氏を除く、他の死刑囚については、「真実を究明するためにも執行すべきではない」「絶対に忘れないのは、中川智正。『なんでこんな男が』ってことに尽きるだろうな」と語られていたのが印象的だった。(以下のサイト参照)

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20180320-00000074-jnn-soci


 事件の後「何であんなエリートたちが、あんな犯罪に関与したのか」と散々議論されたものだった。

 じつは私の知人(友人ではなかったが)でも、オウムに入信した人がいた。

 彼は、お受験の偏差値が高かったという、偏差値エリートとしてのプライドと自尊心は高かったが、読書量も少なく、高校までに人生や社会について深い思索を重ねたことがなかったようだった。中味は薄っぺらく、考え方は幼稚だった。大学に入って、教養のなさが露呈し、それまで積み上げてきたプライドと自尊心が打ち砕かれた様子だった。
 教養のなさを覆い隠すためか、何か自分の理論的なバックボーンになるものを探し求めていたようで、彼はオウムに入ってしまった。オウムに入ることで、「自分は人より高いところにいるのだ」と、本人的に何か自尊心を取り戻せたつもりになったのだろう。

 哲学的な思索や仲間との議論などが不足し、偏差値だけが価値となってしまっているような人々は、大学合格という目的を達すると、自己喪失して浮遊してしまう。そうした若者たちがオウムに入信してしまったのではないか。

 当事の文部省の官僚たちも、そう考える人が多かったから、オウム事件を機に、偏差値至上教育を是正しようという気運が高まり、ゆとり教育が推進されていったのではなかったか。

 それが、いまやすっかり知識詰め込みの従来型の管理教育に逆もどり。もどる反動が行き過ぎて、戦前の教育勅語の時代にまで戻りたいようなのだ。
 私はゆとり教育の考え方は正しかったと思っている。

 組織の性格は違うし、それこそ一緒にしたら、私がテロに合ってしまうかも知れない。
 自尊心は高いが、自分に能力のない人々は、それを覆い隠すように、寄らば大樹と教条的な教義を掲げる組織に思考を預けてしまいがちだ。そうすると自分で考えなくてよいので楽になるからだ。そうした点で、日本会議に入る方々のメンタリティにも同質性がある。
 
 そうした人々に限って、その価値観に同調しない者たちに、脅しや恫喝を繰り広げる。前川氏の講演内容を調査するよう、文科省に圧力をかけた、池田佳隆議員と、赤池誠章議員、ともに日本会議の中核的な議員だ。

 赤池議員は、文科省がタイアップして製作された「ちびまる子ちゃん」の映画のキャッチフレーズに「友達に国境はな~い!」とあるのに噛みついて、文科省に猛公議して、圧力をかけたというのだ。常軌を逸しており、およそ常人には理解し難いのは、オウムがそうであったのど同様だ。
 日本だけ他とは違う選民であるという、およそ国際社会で通用しない神国思想で洗脳されない限り、このような発想は出てこない。そのような発想こそが亡国の元であるのに、愚劣な「愛国者」はそれに気づかない。

 物理的なテロではないものの、完全に言論テロリズムだ。偏狭で排他的な価値観を持つ者たちほど、その価値観に同調しない者たちをテロで屈服させたがる。いまこれを放置すると、本格的な国家テロの時代に突入するだろう。その果てにあるは亡国の二文字でしかない。
 
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7 コメント

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Unknown (tomnohara)
2018-03-24 16:36:34
>前川氏の講演内容を調査するよう、文科省に圧力をかけた、池田佳隆議員と、赤池誠章議員、ともに日本会議の中核的な議員だ。

前川助平が何をもって退職したのか、ご理解されていないようである。

懲戒免職にしたかったが、退職金を満額受け取れる依願退職の形を取れたのはせめてもの武士の情けである。座右の銘が「面従腹背」で、現職課長の頃から寺脇研とグルになって、日本の教育行政をことごとくぶち壊してきた張本人であり、ましてや、暴力団が営業資金とする歌舞伎町のいかがわしい出会い系バーに週3で訪れ、時には連れ出していたという。
こんな輩に、公立私立を問わず中学生に向かって講演などさせてはいけない。
tomnoharaさま (関)
2018-03-30 22:18:14
 各教育現場がどのような目的で誰に講演を依頼しようが、養育現場の判断であって、国家が介入などしてはいけません。
 
>前川助平が何をもって退職した

 他の省庁も斡旋天下りだらけですが、何ら処罰されていません。他の方々、天下りした後、大手を振って各方面で講演してますよ。
 
ニッポンって長州のことだったの会議と地縛霊退治。 ( 睡り葦 )
2018-04-26 00:13:54
 
 以前、関さんがエコノミック・ヒットマンと呼んだヘイゾウ氏が妖怪化する前にヒットさせた本のタイトルに『経済ってそういうことだったのか会議』というのがあったことが記憶から浮かび、ヘイゾウ流とシンゾウ流とがあわさったのがニッポンなのかと思いまして。

 軍人勅諭と明治憲法とならぶニッポンカイギの三点セットの一つ、教育勅語を高橋源一郎氏が現代語訳にしてツイッターに載せています。氏のおかげではじめて教育勅語を通読することができました。以下に断りなく引用します。

高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:46:3
教育勅語①「はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。知ってました? とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ばかりでしたね」

高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:48:22
教育勅語②「きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下であるわけです。そこのところを忘れてはいけませんよ。その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです」

高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:51:19
教育勅語③「その点に関しては、一人の例外もなくね。その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと」

高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:53:33
教育勅語④「そして、友だちは信じ合い、何をするにも慎み深く、博愛精神を持ち、勉強し、仕事のやり方を習い、そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、徳と才能をさらに立派なものにし、なにより、公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃなりません」

高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:55:23
教育勅語⑤「もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください」

高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:57:46
教育勅語⑥「というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです

高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:59:29
教育勅語⑦「いままで述べたことはどれも、ぼくたち天皇家の偉大な祖先が残してくれた素晴らしい教訓であり、その子孫であるぼくも臣下であるきみたち国民も、共に守っていかなければならないことであり、あらゆる時代を通じ、世界中どこに行っても通用する、絶対に間違いの無い「真理」なんです」

高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 15:00:48
教育勅語⑧「そういうわけで、ぼくも、きみたち天皇家の臣下である国民も、そのことを決して忘れず、みんな心を一つにして、そのことを実践していこうじゃありませんか。以上! 明治二十三年十月三十日 天皇」

 「臣民」は「国民」とは異なるように感じますが、国民をそのまま臣民にしようとするのがニッポンカイギですから教育勅語の2017年現代語訳としては高橋源一郎氏訳が正しいかと思いなおしました。しかし、勅語の④と⑤の大方の部分を読むと、いまのシンゾウ王朝の股肱の臣下臣僚たちの行状にあらためて目が点になります。

 旧石器時代からの日本列島の歴史を見ますと、律令時代を含めてすべての民が天皇の臣下とされたのは、明治期以降になってからではないのかと思います。高橋源一郎氏の現代語訳のおかげで、教育勅語のなかの「天皇」は、仮面をかぶった長州であることが透けて見えてしまいます。

 宗教つまり神を政治支配の道具にすることは古来からの定番です。しかし、神とはもともと人びとに愛と救いを惜しみなく与え、慈しむことによって帰依崇拝を受けるものであるはずですが、長州の仮面神は民の幸いや救いなどいっさい念頭になく、ただただ自賛して一方的に臣従を求めるわけで、偽神の馬脚をあらわしていることが高橋源一郎氏訳でよくわかります。

 彼らは、ニッポンの経営にゆきづまったあげく、「長州三点セット」によって内外に対する残虐な戦時体制支配による自転車操業に陥り、あげくの果ては臣民をすべて米軍勢力に差し出したわけです。なんと・・・今なお。
 GHQのウィロビー、すなわちのちのCIAによって地縛霊化した長州がふたたび私たちに憑依すべく姿をあらわしたのがニッポンカイギであるわけでしょうから、ゾンビバスターズを編成しなければなりません。「ヤツらを地獄に送り返せ」と。それは冗談?ですが、いまどきクラシカルに響くであろう理性と科学性が「国民」にとって重要であると、御二連記事からつくづく思います。
日本会議再考。 ( 睡り葦 )
2018-04-28 17:46:47

 先の投稿に先立って日本会議に関する最近の新書本を数冊読みました。日本会議は、その両方が明治神宮の宮司を事務総長としていた「日本を守る会」(1974年設立)と「日本を守る国民会議」(1981年設立)が統合して、1997年5月30日に設立されたとあります。
 「国の腐った芯である日本国憲法を変えること」が最重点目標であることが設立大会の会長式辞において示され、宗教心と表現される狂熱を持って「くすぶる戦前への回帰願望」(青木理『日本会議の正体』)に衝き動かされているとのこと。このイデオロギーとしての「戦前回帰への情念」(山崎雅弘『日本会議』サブタイトル)の経済社会的基礎にあるものはいったいなんだろうと考えてしまいます。

 思い起こしますと1997年は、いわゆるバブル崩壊後にあらわれた経済社会の大転換期でした。1990年以降の株価急落につづき1993年から地価下落が顕著になって積み上がった不良債権が社会全体にのし掛かかるなか、政府が金融機関の護送船団方式を放棄した1995年に戦後初の銀行倒産(兵庫銀行)が起きました。
 ようやく回復しかけていた景気が1997年4月の消費税増税(3%から5%へ)で腰が折れ、1997年5月からヘッジファンドによる売り浴びせの餌食となったタイ・バーツが夏には無惨に崩れて以降、堰を切ったように旧NICs= NIEsを崩壊させたアジア通貨危機によって世界経済が大混乱に陥りました。そのなかで、11月3日に三洋証券が、11月7日に北海道拓殖銀行が、11月24日に山一証券が次々に破綻するという事態になり、翌1998年10月には日本長期信用銀行が破綻しました。

 そのあたりから想像を越える規模と次元の銀行再編が始まり、BIS規制によって企業と銀行との安定持ち合い関係が崩壊し、企業は株主(=海外投資家)のものであるというパラダイムが支配するようになって、以降リストラと非正規雇用が常時蔓延して世の中が大きくさま変わりしていったわけです。
 毎日毎日、目の前の世界がまるで万華鏡のように転変するのに翻弄されたことが記憶から浮かびます。が、そのときは日本の政治経済の変化の表層しか見ていなかったわけです。そこまで目が及ばなかったことを、デヴィッド・ハーヴェイ著『新自由主義』(作品社、2007年)の付録として収載されている渡辺治氏の論考『日本の新自由主義』からピックアップして、あらためて考えてみました。

 1980年代における米欧における新自由主義への転換と時期を一にして、鄧小平によって市場経済に転換した中国が90年代には、廉価で豊富な労働力にめぐまれた資本主義(国家資本主義)大国として世界市場で台頭し、ソ連と東側世界の崩壊によって世界が米国一国覇権のもとでグローバルな競争市場と化すなかで:

(1)日本資本主義が蓄積体制の危機に逢着し・・新自由主義化を余儀なくされるのは、90年代に入って・・・以降のことであった。(298頁)

(2)・・90年代に入って日本の現代帝国主義化が始まった。・・アメリカは日本が軍事的分担を行うことを強く求めることとなった・・・(310頁)

(3)・・90年代に新自由主義化と帝国主義化の二つの改革を同時に遂行する・・・ことは、・・・大きな困難をもたらすこととなった。・・その第一は、日本の帝国主義復活への同意の調達が、とりわけ困難をともなっていたことである。・・第二は、新自由主義が帝国主義に不可欠の深い国民統合を掘り崩し・・基盤を脆弱化せざるを得なかったことである。(311頁)

 なるほど1997年の日本会議の登場は、この(3)の二つの困難の解決をめざしたものであったわけです。現アベ政権のもとで、政財官学メディアにおいては、日本会議はその使命を完璧に果たしたやに思われます。
 トランプ、プーチン、習近平、そして文在寅、金正恩という役者がそろった世界とアジアにおいて「日本会議日本」がどのような位置に立ってゆくかという問題は措き、興味深いことは:

 帝国主義と新自由主義が共通項とすると思われる「強者の残虐な恣意と弱者の見返りなき隷従と被搾取」に、主観的観念論と神秘主義、いわば宗教的要素を加えると、戦前の「軍人勅諭、教育勅語、明治憲法」の三点セットによる統治原理となることです。宗教の非合理による支配、これは支配層の果てしない腐朽と弛緩を生みだすことは洋の東西と時代を問わず、歴史があきらかにしていますし、なぜかいまそのような匂いが濃厚にします。

 アベ官邸支配による「日本会議の世の中」になってからは、戦前から戦後への社会の大きな変化とは寄生大地主が消えたことだけになると焦ってしまいます。
 明治期はまず地主が資本を蓄積して企業に投資して、やがて産業資本の集積が財閥という金融資本になったようにむかし習ったと思います。産業資本主義が持つべき合理性や科学性を戦前日本の社会がまったく帯びることなく、王権神授どころか生きた天皇を神にしてしまう神権政治が国を病膏肓に陥れたのは、イギリスにおいて土地貴族と結託したブルジョアジーが民衆を宗教によって支配することを考え出したことにいささか対応するものかと、伊藤博文の明治憲法制定時の演説を見ながら首をひねっています。

 ともあれ、市場原理であれ、株価原理であれ、万世一系原理であれ、いわゆる不労階級が孜々と働く民衆を支配するのに論証や検証が無用の、宗教というべきものを持ってきて「まず信じろ」と頭ごなしに言うのは戦前戦後おなじだと思えます。
 迂遠に思えようと、自然科学であれ、社会科学であれ、人文科学であれ、さらに企業活動実務であれ、若い人々が科学的精神と探究心をみずから育てるようにサポートすることがきわめて大切なことなのだと、つくづく。
日本会議再々考。 ( 睡り葦 )
2018-04-30 18:08:39

  戦後に日本会議の「種」を根づかせるのに重大な役割を果たしたのがGHQにおけるチャールズ・ウィロビーの存在であることに言いようのない歴史の悪意を感じます。

 日本語版Wikipediaの根拠、典拠が示されてはいない記述によれば、GHQにおいてウィロビーは:

(1)政治犯として投獄された板日本共産党幹部の釈放、労働組合活動の奨励をはじめとして日本の民主化を推進する民政局のコートニー・ホイットニー准将とケーディス大佐を敵視し、縄張り争いを繰り広げた。

(2)右翼の三浦義一、旧軍の河辺虎四郎らを使って反共工作を進めた。

(3)治安維持法の廃止と特高警察の廃止に強く反対し、特高警察の機能を温存するために内務官僚の石井栄三、加藤陽三と共謀して公安警察を設置することを後押しした。

(4)極東国際軍事裁判において、第一次裁判で裁かれた東條英機ら28名の他にいた22名のA級戦犯容疑者の釈放要求を行い、二次・三次の裁判から免れさせた。

(5)帰任するオランダのベルト・レーリンク極東国際軍事法廷判事に「この裁判は史上最悪の偽善だった。・・・日本がおかれていた状況と同じ状況に置かれたのなら、アメリカも日本と同様に戦争に出たに違いない・・・」と語った。

 英語版のWikipediaには、日本語版では削除された、「MacArthur affectionately referred to him as "my pet fascist.”」という記述がのこっています。また、日本語が流ちょうであった(became fluent)ことが記されています。
 ウィロビーがファシズムに明確な親和性を持ったのは第一次世界大戦後にプエルトリコに滞在していたときらしく「He received the Order of Saints Maurice and Lazarus from Benito Mussolini's Fascist Italian government. In the 1920s Willoughby was an admirer of Spanish General and future dictator Francisco Franco, calling him the "second greatest general in the world”.」との記述があり、さらに「He met him in Morocco and then delivered a speech to him at a lunch in Madrid.」とあります。

 英語版Wikipediaでひろったウィロビーの事跡を示す朝日新聞記事と共同通信の記事がありました。

 朝日新聞 1983年8月14日(日)19面「細菌部隊の戦犯免責 マッカーサーが保証 元GHQ担当者が証言」
<ニューヨーク十三日 = 小林(泰)特派員>

 陸軍「七三一部隊」について、GHQ側として最も早い時期に調査にあたった元米軍医中佐マレー・サンダース博士(七三)は、十三日までに、記者(小林特派員)との数回のインタビューに応じ、これまでベールに包まれていた終戦後の調査経過を始めて明らかにした。

― 戦犯免責の取引は関知していたか。

 イエス。四五年の秋だった。GHQの私の上司だったウィロビー少将に相談し、二人で総司令官室に行った。マッカーサーをはさんで私たちが座った。その時のやりとりは、よく覚えているが、次のようだった。

ウィロビー 「七三一部隊の解明は、彼らを戦犯に問わないという保証をしてやらないとうまく進まない。サンダース中佐がその保証をしてやっていいですか」
マッカーサー 「それでよろしい」

「米、731部隊側に現金 1947年 人体実験データ目的 米公文書で判明」
2005年08月15日 <ワシントン14日共同>

 文書は四七年七月十七日付のGHQ参謀第二部(G2、諜報部門)のウィロビー部長のメモ「細菌戦に関する報告」と、同月二十二日付の同部長からチェンバリン陸軍省情報部長あて書簡(ともに極秘)。神奈川大の常石敬一教授(生物・化学兵器)が米国立公文書館で発見した。

 両文書によると、ウィロビー部長は、七三一部隊の人体実験を調べた米陸軍省の細菌兵器専門家、フェル博士による部隊関係者への尋問で「この上ない貴重なデータ」が得られたと指摘。「獲得した情報は、将来の米国の細菌兵器計画にとって最大限の価値を持つだろう」と、G2主導の調査結果を誇示している。具体的な名前は挙げていないものの「第一級の病理学者ら」が資金工作の対象だったと記載。一連の情報は金銭報酬をはじめ食事やエンターテインメントなどの報酬で得たと明記している。

 ・・・と、あります。

 ナチスと戦って厖大な民衆と兵士の犠牲を出したのはロシアであり、ノルマンディー上陸作戦は欧州での大勢が決したのちにおこなわれたことをあわせて思い起こしますと、米軍は日本のそれを含めてファシズムと真に敵対していたのではないのではないか、と疑います。
 おそらくこれが現在に至る構図を敷いたのではないかと思われます。現在の日本において、閣僚のほとんどと国会議員の大半が日本会議に属するということを含めて。

 自民党を生みだした保守合同は、ウィロビーが創設に関与したというCIAの指導工作と資金によっておこなわれと聞きますが、日本会議の誕生の背後にあるものを取材と調査によって浮かびあがらせたものは残念なことにまだないように思われます。
終わりに。日本会議メンタルの問題。 ( 睡り葦 )
2018-05-03 13:13:07

 関さん、ふと思い立って見ましたら、2016年12月刊の関さんの赤松小三郎本にアマゾンに読者評が2018年になって六つ寄せられており、2018年の4月に三つ続いて現時点で最新のもの(今週です!)に「この本は10年後も読まれ続けるであろう予感すら感じさせる素晴らしい本」とありました。
 この言葉に率直に感動しました。けれどじつは、いま目の前で見ている日本が過去のものとなるであろう100年後において記念碑的著作として読まれるであろうことを確信しています。

          ☆☆☆

 日本会議の内的生理(メンタル)は、明治以降に日本人の普遍的特性として上から形成されたメンタリティの鋳型としての「自己同一化」から生まれたものであり、それを再利用しようという狡知によりなって立っているように思えます。彼らが活性化しようとしている日本人の民族性に明治以降刷り込まれた同一化症候群は、「強いもの」に自己愛を投射する同一化であり、児童心理学者のアンナ・フロイトが提唱したと聞く「加虐者への自己同一化」であるように思います。

 この外的権威に対する同一化心性は、軍人勅諭、教育勅語の強制によってインプリントされたものですが、人工的な民族性として現在まで引き継がれているように思われます。戦前の菊が、戦後はハーシー(ズ)のチョコレート、それからマクドナルド、そしてディズニーランド、そのすべての背後にあるアンクル・サムに代わっただけで。

 たしかに、偏差値的ポジショニングに同一化したあと、大学に入り偏差値がアイデンティティをもたらす機能を果たさなくなると、偏差値によって形成された平板なプライドを枯らさないために異形の外的権威に同一化の拠りどころを求めるようになるというのは、なるほどそうであろうと思います。
 思いますに、自己喪失の危機において絶望することを知らなかった、あるいは知ろうとしなかったことが大きいのではないかと思います。あらがいようなく拒まれ否定された自己、ブラックホールのように襲いかかる恐怖が、自己を他に同一化して逃れる余地のない絶望をもたらすことを、そのはるか手前で回避するだけの知恵を持っていたのでしょう。

 1997年に日本会議が既存の支配勢力を統合することによって対処しようとしたものは、新自由主義的統合と帝国主義的統合が直面した危機でした。いま見えつつあることは、2007/8年世界金融危機に対する超金融緩和策の麾下にあるアベノミクスの惨憺たる破産の露呈と、米軍産覇権の溶解の始まりです。

 日本人の統合特性として人工培養された同一化症候群にキャピタライズしようとする日本会議的精神運動に対して、個人の主体性と個性の尊重、すべての人間のまず精神的な平等、科学的精神の主導性、すなわち明治維新というかたちを結果的にとった日本の「近代化」において本来追求されるべきであったことを赤松小三郎が示唆していることを老若男女が体することを期待します。

 右と左の闘いではなく、上と下の闘いであることを悟って(ブレディみかこ『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』光文社新書、2017年、185ページ)。
明治維新で日本人は児童化した? (関)
2018-05-06 11:11:42
睡り葦 さま

 コメントありがとうございました。
 自己愛からくる「加虐者への自己同一化」・・・・・・なるほど。心理学的分析は奥が深いですね。
 しかし明治維新がもたらした人工的民族性が、今後も再生産されてしまうのであれば、もはや未来には絶望しかありませんね。
 長州に奪われたニッポンを取り戻さなければという決意を新たにします。
 御記事、そのまま新しい記事として転載させていただきます。

>「この本は10年後も読まれ続けるであろう予感すら感じさせる素晴らしい本」
  
 あの本は実質的に睡り葦さまはじめ、コメントを寄せて下さったすべての皆様との共著です。また皆さまのすばらしいコメントのおかげで、興味を持ってくれた読者も多いと思います。
 引き続きなにとぞご指導のほどよろしくお願い申し上げます。
 

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