熊本県の小京都と呼ばれる風光明媚な人吉におじゃましたした。
なかなか予約のとれない 超人気「SL人吉」での旅です。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・濃いピンクが人吉市
博多から九州新幹線さくらで熊本へ。
熊本で「SL人吉」に乗り換え、目的地の人吉までは約2時間40分。
『人吉旅行日程』
6月6日(土)~6月7日(日)
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レポは、
その1≪SL人吉編≫
その2≪球磨川下り編≫
その3
≪まちなみ編≫・・今日です。
・・へと、続きました。
最後までご精読、ありがとうございます。
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SL人吉が人吉駅に着きました。
人吉は、九州山地に囲まれた人吉盆地に位置し、球磨川沿いの温泉と川下りで有名。
人吉・球磨地方の中心地。人吉藩相良氏の城下町として栄えました。
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≪人吉駅≫
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≪からくり時計≫
人吉城のお殿様が城下見物を行うという物語が、民謡「球磨の六調子」の音楽をアレンジした曲にのせて展開されます。
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≪人吉のマンホール≫
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≪国宝青井阿蘇神社≫
平安時代の大同元(806)年に創建され、平成18年に創建1200年を迎えました。
阿蘇神社の三神を祭神とし、鎌倉時代から明治維新までの約700年に渡ってこの地を治めた相良家歴代当主の保護により、たびたび改修が行われてきました。
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≪楼門≫
青井阿蘇神社に、現在境内中央に南北に並んでいる本殿、廊、幣殿、拝殿、楼門の五つの社殿は、初代人吉藩主相良長毎(さがらながつね)と重臣相良清兵衛(せいべえ)の発起により、慶長15(1610)年から18年にかけて造営されたものです。
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≪ツーショット≫
青井阿蘇神社のお濠のそばでお散歩中のカモの夫婦です。
ほのぼの。
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≪永国寺≫
人吉市にある幽霊が出たことで有名なお寺です。大本山総持寺御直末、肥後三十三観音第九番札所であり、本尊は釈迦三尊にして、曹洞宗蓬莱(ほうらい)山永国寺といいます。このお寺ができたのは大変古く、応永17(1410)年に、相良前続(さがら さきつぐ:相良氏第九代)が七地(人吉市)にあった東照山清明院を当地に移し、実底超真(じっていちょうしん、人吉市出身)を招いて開基としました。
お寺には実底和尚が描かれたと言われる幽霊の掛け軸が残され、本堂の裏には幽霊が出たという古池があります。
幽霊の掛け軸にお線香をあげてきました。
「掛け軸」と「古池」ご覧になりたい方は、
ここを、どうぞ。
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≪通称「幽霊寺」≫
永国寺は、明治10(1877)年に起きた西南の役の際、熊本から退却した薩軍の本陣となりました。5月30日に村山台地(人吉駅の北側)を占拠した官軍は、人吉城下を激しく攻撃します。人吉付近は大激戦地となり、この兵火によって寺院および幽霊の掛け軸以外の寺宝はことごとく燃えてしまったということです。明治24(1893)年になって現在の本堂が再建されました。
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≪武家蔵≫
人吉市の重要文化財。正面の門は人吉城の建築物で唯一残った堀合門。敷地内の屋敷は、人吉藩主の相良氏が、狩りの休息所として使っていた建物を移築したもの。
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≪焼酎蔵≫
球磨川の清流から生まれた人吉の球磨焼酎は、28の蔵がひしめきあっています。
ここは、繊月の焼酎蔵です。
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≪人吉城跡≫
日本100名城の一つです。
相良氏が鎌倉時代に地頭として人吉荘に赴任して以来35代670年の長きにわたり在城し、江戸時代には人吉藩の藩庁でした。国の史跡に指定されている熊本県人吉市麓町にある平山城跡です。
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≪大村横穴群≫
JR人吉駅のすぐ裏の崖にある27基の横穴群のことで、古墳時代後期(約1,400年前)の古代の墓です。
村山大地南側の阿蘇熔結灰岩の面に20数基群集して見られます。この中の7基に装飾があり、早くから学界にも注目され国指定史跡(大正10年3月3日指定)として保存してあります。装飾は、横穴の外壁に武具、幾可学文、動物などが彫刻として残っています。
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≪清流山水花あゆの里≫
小京都。と呼ばれるだけあって
宿のお料理がとても綺麗で、美味しかったです。
コラージュ、こしらえました。
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地図を見てもわかるように、人吉は鹿児島との県境にあります。
なので、人吉の皆さんは、熊本弁というより、鹿児島弁をしゃべっておられるようでした。
言葉を聞くと、ああ~南国に来たんだなあ~と、実感したことです。
「SL人吉」でおじゃました、美しい町。
お世話になりました。
その1人吉旅行≪SL人吉編≫7月9日記
その2人吉旅行≪球磨川下り編≫7月10日記
その3人吉旅行≪まちなみ編≫7月11日記
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人吉
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7月6~7日訪問
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今日はこの辺で