ナベジー

1998年12月24日 | 会社・仕事関係

 年齢は六十五、六か、うちの会社に契約社員の渡辺さんという人がいる。
 誰がいい始めたのか、陰で彼のことを会社の人たちは「ナベジー」という。
 背は、私(170センチ)より十センチぐらい低く、小太りとまではいえな
いが痩せてはいない。顔は四角く、長方形だった顔にバランスよく配置されて
た目、鼻、口が、正方形に押しつぶされたような顔をしている。笑うとかわい
いが、怒るとゴミ袋をかぶせて、生ゴミとして産廃のコンテナに放り投げたく
なる。
 私が入社した頃、いろいろつまんないことで怒鳴られた。なんでそこまでい
うか、というようなことまで、口から嵐のように唾を吐き出し罵倒してくる。
 他の社員からも嫌われていた。彼のいうことは正論だ。だけど、日々の仕事
の現実を考慮に入れると、彼のいう正論だけでは物事は進まない。
 私は、あるときこっぴどく罵られ、つくづく会社に行くことが厭になったと
きがある。ナベジーは、来年の3月で契約が切れる。そのときには、絶対、契
約更新しないように上司にいおうと思ってた。
 先週の月曜日、他の人の都合がつかなく、しかたなく私は彼の仕事を手伝う
ことにした。
 彼の担当は、パーツの発送と第四倉庫の管理だ。
 うちの会社でパーツといってるのは、交通事故などで割れたとき、補給する
ガラスのことをいう。これがけっこうある。
 普通のものは、ナベジー一人でも梱包出来るが、ワゴン車のリアウィンドウ
となるとそうもいかない。なにしろ大きいので、大きいダンボールに入れるだ
けでも大変だ。
 十二月の受注は四十二枚あった。私は、半日もあれば終わると考えてた。と
ころがなかなかめんどくさく、その上重いのではかどらなかった。
 午後から梱包始めて二時間ぐらいは、二人とも黙って作業していた。三時に
一服し、五時に休憩した頃からナベジーの口数が多くなった。私に心を許し始
めたか。
 私の会社は、来年で創立十周年になる。ナベジーは、何年前に入社したか知
らないが、かなり会社の裏の事情に詳しかった。そういう話を聞きながら、頷
くことが多かった。私は真剣にナベジーの話を聞いた。
 ナベジーは、自分の昔の話もした。北海道で生まれ、小樽の近くの会社に就
職し、何年かして関東に転勤になり、そこでその会社を退職した。それから、
寅さんがしていたような“テキヤ”を五十過ぎまでやっていて、うちの会社に
来たらしい。入社したときは五十を過ぎていたので、正社員になれなかったと
いう。
 話に夢中になり、ナベジーは手が疎かになることもあった。私は、手を休め
ず、いとおしい気持ちでナベジーの語るのを、聞いてた。
 その“語り”には、今の会社の愚痴あり、社会への苦言あり、人間への諦め、
愛があった。
 私は、ナベジーが好きになった。
 その日以来、ナベジーは私に対して、人なつこく話しかけてくる。少~し面
倒くさいが、それまでのナベジーに対する態度とは違って、私はあったかい気
持ちで、ナベジーの話を受け入れるようになった。
 今でも、ナベジーはみんなに嫌われている。それを知っているのか知らない
のか、彼は、態度を変えない。ある意味で偉いと思う。
 こうなったら私だけは、ナベジーのよき理解者でいよう。

 それにしても、あれだけリアウィンドウ(他のウィンドウガラスもだ)がパ
ーツとして注文があるということは、それだけ交通事故かなんかでガラスが破
損しているということだ。恐いことだ。
 昨日、ゆず湯にしたゆずは、このときもらったものだ。

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