路駐のことで隣人と争う

2016年12月30日 | 健康・病気

昨日の早朝、私はいつものようにラジオ深夜便を聴いていた。
3時台「日本の歌こころの歌」は加藤登紀子だった。
聴き終わってラジオを消した。
眠ろうとしたがなかなか眠れない。
今年1年間での一番の悩みは、家の道路を挟んだ隣人の路上駐車だった。
隣人は昨年の春に引っ越してきた。
その家の人は、自分の車を持っていて家の駐車場に停めている。
その他に、その家の道路には、会社から借りている(と思う)軽ワゴン車を停めている。
夜はずーっと、昼間 は仕事がないときは道路に停めている。
自分の軽乗用車を乗って行くときは、軽ワゴン車を道路に停めたままだ。
私が家の駐車場から車を出すときその軽ワゴン車があるので、
その前でバックして切り返して出ることになる。
いつもその軽ワゴン車が邪魔だと思って暮らしている。
軽井沢にいて、月に2度ほど埼玉に帰ってくる生活をしているときはそれでもいいと思った。
9月からこっちで暮らすようになると、路上駐車している隣人に腹が立ってきた。
毎日、道路に軽ワゴン車があるのです。
去年の秋頃からだったか、道路に2台の軽ワゴン車を連日停めるようになった。
どうも息子が来て停めているようだった。
軽ワゴン車が2台停めてあるとさすがに、私の車が駐車場から出られない。
女房が、「車を2台停めないでもらえますか」とある朝、丁寧にお願いしにいった。
昼間は仕事に行くので車はない。
しかし、夕方になると2台停めてある。
私は腹が立って、その家のインターフォンを鳴らした。
するとそこの奥さんが出てきた。
この奥さんは、生け花をやっているようで、引っ越してきた頃私に、
「生け花展をやっているので見に来て下さい」とチケットをくれた。
私が「ここに車を2台停められると、私の車が出られないので停めないで下さい」とお願いすると、
「気の小っちゃい男ね。********************」と大きな声で怒鳴ってきた。
私はその剣幕にびっくりした。
これが生け花をやっている女性の言葉なのかと驚いた。
そのあとあの人たちがハンセイしたのか、軽ワゴン車は1台になった。
しかし、それからも路上駐車は続いた。
私にとっては邪魔です。
でも、隣人とは争いたくないのでしようがないか、と諦めて昨日まで我慢してきた。
これまでもいろいろ考えてきた。
この辺を管轄している警察署に手紙を書いて路駐を取り締まってもらおう、とか。
やはり、近所とは仲良く暮らしたい、とか。
できればつまらないいざこざは起こしたくない。
昨日の早朝も、私はどうすればあの家の人が路駐をしないでくれるかと悩み続けた。
結局、結論は出ないままに朝になってしまった。

昨日、女房と朝食を食べているときに、
「今日、弟がお母さんのところに寄るんだって」という。
義弟の奥さんの実家が秩父で、そこに行くときに毎年義母のところに寄っている。
「それじゃ、うちにも来てもらいたいね」私はいった。
私の家は、秩父に行く途中にある。
中古の家を買って綺麗にして住んでいるところを、義弟夫婦に見てもらいたかった。
女房が母親に電話してそのようなことを話すと、義弟が来るという。

私の家と道路を挟んだ家の道路に、隣人の軽ワゴン車が停まっている。
義弟が車を停めると、道路がふさがってしまう。
女房がその家に、うちに客が来るのでそちらの車を少しの間どかして欲しいとお願いにいった。
女房が帰ってきたが、その家の車は動く気配がない。
もうすぐ義弟夫婦が来る時間が迫ってきたので私がその家に行った。
インターフォンを押すとその家のご主人が出てきた。
私が、車をどかして欲しいというと、「置くところがない」と顔を尖らせていう。
「うちは、たまにしか客が来ないのでそのときは道路に停めさせて下さい」というと、
なんだかんだいって拒絶をする。
私の後ろにいた女房は、そのことを予想していたのでスマホに警察署の電話を登録していた。
「お宅は、毎日車を道路に駐車している。駐車違反ですよ。警察に電話しますよ」というと、
「ああ、電話してくれ」と隣人が怒鳴る。
女房は、警察に電話した。
                           (つづく)


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2 コメント

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Unknown (KANDA)
2016-12-31 18:34:36
よくある日常の出来事ですが、一般人の無神経さ・図々しさ・身勝手さと、九想さんの人の良さ・善良さ・控え目さがよくでています。これだけは最低限守って生
きいこうとする九想さんの倫理がよく滲み出ています。生きることが煩わしくても生きてゆかざるを得ない現実、ならば善良に真面目に生きようという姿勢がよくで
ています。こういう実話短編は秀逸です。読んでいいなと思います。漱石が国民的作家になりつづけているのも、根底に倫理・道徳があるからです。百田云々なんぞの脚色作為だらけの小説なんぞは九想作品に及びもしません。では、よいお年を!
返信する
ありがとうございます (九想)
2017-01-01 02:10:06
KANDAさん、明けましておめでとうございます。
> 生きることが煩わしくても生きてゆかざるを得ない現実、
そうですよね。まったくそのとおりです。
そんなことがありまして、長野県から埼玉県に移ってきました。
きちんと生きていくことは、めんどうです。
もう私は64歳です。
この世から消えて行く年齢に近づいています。
静かに消えて行こうなんて考えているのですが、
心のどこかに、いやこのまま静かに消えてはいけないという思いがあります。
なかなか心は枯れませんね。
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