人力でGO

経済の最新情勢から、世界の裏側、そして大人の為のアニメ紹介まで、体当たりで挑むエンタテーメント・ブログ。

小説というバーチャルリアリティー・・恩田陸「夜のピクニック」

2008-12-01 10:58:52 | 


高校受験を間近に控えた息子が、
私立の志望校をいろいろ悩んでいます。
私が受験の時にポピュラーだった高校名をいくつか上げると、
「いやだよ、そこ、男子校だもん。」と、瞬殺。

確かに男子校はムサクルシイ。
男子校に行った私が言うのだから確かだ。
夏は汗臭い。混雑した通学バスはまさに匂い地獄だった。
ラノベやアニメの様な、楽しい高校生活を夢見る息子が
共学を目指すのは当然といえよう。

夏休みに、息子に読ませようと思って、
文庫本を10冊まとめ買いしました。
結局、息子は「灼眼のシャナ」と「とらどら」に夢中で、
10冊全部、私と家内で読む事となりました。
その中に恩田陸の「ネバーランド」と「夜のピクニック」がありました。

恩田陸・・・いろいろな所でその名前を眼にしますが、
読んだ事がありませんでした。
(そんな作家ばかりですが)

10年程前に、宮部みゆきに嵌った事がありましたが、
宮部みゆきの少年物が、比較的にライトなテイストで、
創作された物語を強く意識させるのに対して、
恩田陸は細かなエピソードを繊細に積み上げて
青春の一瞬の輝きや、気持の揺らめきを浮かび上がらせていきます。
(二人とも顔が似ていると思うのは私だけ・・・?)

「ネバーランド」は年末年始、地方の名門男子校の寄宿舎に居残った4人の少年の話。
それぞれに、心に秘めた秘密を持ち、
何日かの共同生活の中で、打ち明けていくという話。
たった何日かの間に、4人は信頼できる友情で結ばれ・・
ん??あらすじだけ書いてくと、とてもあっりがちな小説だな・・。
でも、恩田陸の筆になる、それぞれ個性的な男の子達と、
くだらないけれども魅力的なエピソードによって、
4人があたかも実在するかのような、
隣に彼らが居るような、息遣いのような物を感じさせます。

「夜のピクニック」は地方の進学高校の恒例行事で、
24時間、全校生徒がひたすら歩く・・・という物語。
共学高校の話なので、淡い恋愛や、男同士、女同士の友情が絡み合い、
「ネバーランド」よりも少し色彩感が豊富です。

高校3年生の西脇融は、父親の愛人の娘の貴子と同じクラスになってしまいます。
父親が亡くなり、母と二人、決して豊かとは言えない暮らしの融と、
自立した母親が事業を成功させている、貴子。
本妻の子でありながら、劣等感を覚える融と、
あくまでも真っ直ぐな貴子。
融は貴子と距離を取り、無意識に鋭い視線で貴子を牽制します。
そんな二人の関係が、24時間に間に、微妙に変化していきます。

始めは元気いっぱいで、友人とふざけながら歩いていますが、
日も暮れる頃には、疲労もたまり、お互いに励まし合いながらの行軍となります。
極限の疲労は、ある意味感覚を研ぎ澄まし、
あるいは心の枷を麻痺させ、
友人同士も妙な連帯感の中から、
だんだんとお互いの秘密を漏らしていきます。
そして、一昼夜の行進の後、二人は・・・。

読者は読後、24時間を彼らと共に歩き通した錯覚を覚えます。
融を、貴子を、そしてその友人達を、
身近に感じて、愛おしさを覚えて本を閉じます。

冬の寄宿舎を取り巻く景色が、風や光が、
24時間の行程を去来する風景が、夕日や星空が、
恩田陸の小説にリアリティー以上の物を与えていきます。
バーチャルな空間、バーチャルな時間を。

読者はその綿密に描かれた世界の中で
自分達の高校生活を追体験し、
あるいは、通ったことの無い共学高校を初体験します。

何故、恩田陸の描く景色が、これ程までにリアリティーを持つのか・・・
それは、風景も風も光も、物語の登場人物の眼を通した風景、
肌に触れた風だからではないでしょうか。
客観的な風景描写とは対極にある、徹底して主観的な景色。
高校生活の、今でしか見ることの出来ない景色。
そんな、描写がちりばめられているから、
こんなにも、物語に没入してしまうのでしょうか?

事件らしい事件など何も無くても
あるいは、派手な事件など無い方が、
小説を身近に感じる好例では無いでしょうか。

今、息子に、あるいは将来娘に最も読ませたい小説です。