ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

生意気な奴 ‐ ウフィツィ美術館

2011年05月23日 |  ∟イタリアの美術館

 再びのウフィツィ美術館、後編はドイツ・ルネッサンスから。
 イタリア・ルネッサンスの宝庫ウフィツィ、数少ないもののドイツ・ルネッサンスの作品も架かる。

 まずは02年の待降節、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークで堪能した、ドイツ美術史上最大の画家とされるアルブレヒト・デューラー。
 カタリナ、彼自身をイエスに擬した 「<1500年の自画像>」(アルテ・ピナコテーク蔵)を描いたが故に 「生意気な奴!と評する彼。

 Photo_4その彼の 「東方三博士の礼拝」(写真上)が架かる。

 本作は、初期のデューラーが手がけた祭壇画の代表的なもので、背景に描かれた小屋や円形アーチの建築物によって強調される遠近法を用いた空間処理など、ヴェネツィア留学の成果が随所に表れているとされる。

 このテーマ、多くの画家は聖母子を中央に描いているが、彼は意図的に三賢王を中央に置いた。

 左端の聖母子の前で跪き、イエスが手を伸ばしている箱を持つのが  “ アジアと老年 ” を表すメルキオール、背後に立つのが  “ アフリカと青年 ” を表すガスパール。
 そして、絵の真ん中、“ ヨーロッパと壮年 ” を象徴するバルタザールに聖杯を持たせ、画家自身の顔を描き込んでいる。
 彼女、「また、生意気に!と呆れながらも 「やっぱり上手!と感心しきり。

 写真よりも 「はるかに実物が際立つ」ことを実感させるのもこの画家の特徴、「写真ごときで、俺の絵が判ってたまるかい」と、荒い鼻息が聞こえてきそう。

Photo_5  ヴィーナスなどの裸婦を官能的に描き続けたドイツ・ルネッサンス期の画家ルーカス・クラナハの 「アダムとエヴァ」(写真下)もこの部屋に架かる。

 この画家、余程このテーマが好きだったようで、実に18点も描いたらしい。

 この絵の場面、ペトロ のような朴念仁でも判るが、あえて説明すれば、齧りかけの林檎を手に 「あなたもいかが?と挑むように視線を投げかけるのが悪魔の化身の蛇に唆されて禁断の実を齧ったエヴァ。

 アダムは頭をかきながら、「いやあ、そんなことしたら、おいらを土(アダマ)から作ってくれたヤハウェ(神)の父ちゃんに」とたじろいでいる。

 結局、据え膳喰わぬは男のと都合のいい理屈をつけて喰っちゃったアダム。
 昔も今も変わらぬ男女の業、「実に興味深くも示唆深い?としたり顔のペトロに 「付ける薬がない!」と嗤う誰か。

 初期ルネサンス絵画の祖マザッチョが、フィレンツィエの<ブランカッチ礼拝堂>に、泣き叫びながら<エデンの園>を逃げ惑うふたりを描いてから時は流れて丁度100年、聖書の読み方も変わるものですなあ、皆さん!
 Peter & Catherine’s Travel Tour No.329

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