サンタ・マリア・デル・カルミネ教会を訪ねた目的は、ペトロの生涯をテーマにした壁画「聖ペトロ伝」を見るため。
ただ、この教会を有名にしたのは、残念ながらペトロではなくアダムとイブのようだ。
その絵とは、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の「聖三位一体」を描いたマザッチョの「楽園追放」(上/右)。
テーマは、旧約聖書の創世記の一場面、アダムとイブが禁断の実を食べたばかりに神の怒りに触れ、エデンの園を追放、泣き叫びながら逃げまどう姿を生々しく描いている。
この画の向かいに、もうひとつのアダムとイブ、マゾリーノの「原罪」(上/左)がある。
マザッチのそれに比べ、静的で繊細なタッチであることが見て取れる。
ただ、圧倒するのはやはり、礼拝堂の左右の壁面二段に描かれた「聖ペトロ伝」(中=左壁/下=右壁)。
マゾリーノが託され、マザッチョとともに描き始めたのが1425年頃、マザッチョ夭折後は、マゾリーノが独りで続け、そして、最後はフィリッピーノ・リッピに受け継がれ、1481年頃ようやく完成を見たという。
左壁の下段中央は、マザッチョとリッピの共作「王子を蘇生させるペトロ」とマザッチョ「説教するペトロ」。
右壁の上段中央は、マゾリーノの「病者を療すペトロ」と「タビタを蘇生させるペトロ」、下段中央は、リッピの「ペテロの磔刑」と「ネロの前で尋問されるペトロとパウロ」。
礼拝堂の左右の壁併せて12の場面のうち、アダムとイブの2面を除く10面がペテロの伝承をテーマにしている。
ただ、その中で、ペトロがイエスと一緒に描かれたのは、左壁上段中央のマザッチョ「貢の銭」だけ。
“ 皇帝に税金を納めるのは律法に適って・・・ ” と、聞かれたイエスが、“ 何故わたしを試そうとするのか ”(マルコ12章13-17・新共同訳)と応じた場面で、画家自身も描かれているという。
その聖人ペトロの伝承場面、聖書に目を通していないと理解が難しいようだ。
古くは14世紀の初頭、ジョット工房の手になるパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂の「キリスト伝」やアッシジの上手教会の「聖フランチェスコ伝」など、当時の教会の殆どがこのような壁画や太陽に輝くステンド・グラスを通して、聖書世界を、イエスの教えを、伝えていたことが窺える。
ルネッサンスの黎明期から、幾度かの中断があったものの半世紀余の歳月を費やし、聖人の足跡を伝えるべく努力した芸術家集団がいたことに想いを馳せた。
「こうして見るとね」「うん」「ペトロって、ただのおっちょこの泣き虫じゃないんだ」だって!
Peter & Catherine’s Travel Tour No.324