パパと呼ばないで

再婚した時、パパと呼ばないでくれと懇願した夫(←おとうさんと呼んで欲しい)を、娘(27)「おやじ」と呼ぶ。良かったのか?

街結君と太郎君⑥

2016年07月16日 | 野望
「スマート」での勉強会は、見事に功を奏し、オレは7割の男に昇格した。
太郎が「オレって法学部志望やめて教育学部に変えようかな」などどほざいている。
確かに、この点数の変化は、太郎の、詐欺まがいの計画のおかげだが、
テストの点数が上がった直接の理由は、周囲の女子の目をシャットアウトする勢いでオレがひたすら勉強したというだけのことだ。
とはいえ、たかがテストの点数が上がったというだけなのに、「人間、やればできるもんだな」なんてことを考えたりもした。
ママ猿の機嫌もよく、「今度、太郎君をうちに連れてきてよ。
会ってみたいわ~」と、頼まれたりなんかもした。
しかし、誘ったところ、太郎の返事はいまひとつ乗り気のない感じだった。
「まちゆいんち、遠いんだろ?オレ、電車酔いするんだよなあ。」と、ホントなんだかウソなんだか、子供じみた理由でやんわり断られた。
そんな太郎だったくせに、ひょんなことからうちに来ることになる。

夏休み初日、その日はちょうどオレの両親の結婚記念日で、両親が朝からデートに出掛けるから
オレは「適当に何か食え!」と言われてて、でも、オレは一人で食べ物やに入るのが嫌だから弁当でも買おうと思っていたが
終業式の日に、太郎に聞いてみたのだった。
太郎は、食べ物屋の候補としてあげた「回転寿司」に異常に反応した。
「うちのかあちゃんもじいちゃんもばあちゃんも、ナマモノ食わないから、回転寿司って行かないんだよ。
スマートの常連の、ほら、カコイさんっているだろ、あの人に、ずいぶん前に一度連れて行ってもらったことがあるんだ、回転寿司に。
感動したよ、オレ、あまりに旨くて!
まちゆいんちの近くにも回転寿司あるのか?
ここらへん、ないだろ、回転寿司。いいなあ。
だったら、オレ、付き合うよ。電車酔いは、寿司のためなら耐えられると思う。」
そして、普通なら一回乗り換えで二時間くらいの道のりを、途中で数回降りて休憩しながらやっとたどりいた太郎を、オレは回転寿司にご案内した。
電車酔いしたすぐ後に、飯食えるのかと聞くと、とにかく乗り物から降りさえすればけろりと治るらしい。
電車だけダメなのかと聞くと、車もバスもダメ、飛行機はまだ乗ったことがないからわからんがおそらくダメだろう。
自転車やゴーカートは大丈夫だという。
二人で、ものすごい勢いで寿司の皿を積み上げながら、食べる食べる食べる。
太郎が、「これ、何?」
指差す先には、注文用のタッチパネル。
「回転寿司って進化してるんだなあ。」と言いながら、うに、いくら、中トロ、生タコをタッチタッチタッチ。
「まちゆいが食ってる、その肉みたいなのは何なんだ?」
「牛塩カルビ」と言いながら、次の皿を取ると、また太郎が「なんじゃそりゃ?」
「チャーシューねぎまみれ」
「まちゆい、さっきはサーモンばっかり食ってたよな。」
「いやいや、太郎さん、同じものではないのだよ。
最初に食ったのがノーマルなサーモン、次に炙りサーモンを食い、期間限定バジルチーズのせサーモンを食ったのだ。
もし、生サーモンが回ってきたら、それを〆にとっておく。」
太郎が、あきれ顔で「スシと言ったらマグロだろ?
そして、回転寿司なら手が出るうに、いくらを食うべきじゃないのか?
せいぜい妥協してウナギまでだろ。
なんで、酢飯にカルビなんだ?
エビアボカド?ここはカリフォルニアか?
スシを食えスシを!」と言いながらも
「いや、まてよ。ということは、刺身の食えないかーちゃんも全然オッケーだよな。
あとで、どこに店があるが調べてみよう。
なるべく近くにあればいいけどなあ。せめて電車で5駅。
そしたら、じいちゃんばあちゃんも連れてきて、梅しそキュウリ巻きとか、納豆巻きとか食ってもらって、
オレはスシをがんがん食う。
え?うどんもあるの?ケーキも?
そういえば、さっき、メロンが回ってたな。
すげーな。もうファミレスじゃん。いや、オレはファミレスより好きだ。」
大興奮である。
喜んでもらえたようで良かったよ。
だが、果たしてママ猿にもらった金で足りるかなあ。
やっと、皿を取る手が止まり、お茶を飲みながら
太郎が「実はさぁ、まちゆいに話したいことがあったんだよね、二つばかし」と
少し神妙な顔で言う。
夏休み初日の回転寿司やはどんどん混んできたので、じゃあ、うちに帰って話そうぜということで、店を出て、自転車に二人乗りして帰る。
なぜかオレが後ろの荷台だ。
太郎は、自分が運転しないと酔うと言い張る。
こうなると、単に三半規管が弱いということじゃなさそうだな。
うちに到着して、玄関の鍵を開けると、バタバタとママ猿が出てきた。
「え?なんでうちにいるの?おやじとデートじゃないの?」と驚くオレを無視して、
ママ猿が叫ぶ。
「えっ?あれ?ケンちゃん?ケンちゃんだよね。えーーーーっ、あーーーーっ、
大きくなったねえ~
ケンちゃんママ、お元気?」
オレが「何言ってるんだよ、こいつは太郎、オレがよく話してるだろ?
同じ高校の太郎だよ。」と言いながら、苦笑いして太郎の方を見ると、
太郎もオレを無視して
「ご無沙汰してます、まちゅママは全然おかわりなくて、いや、幼稚園の頃より
ますますお若くなったみたい。」
呆然としてるオレを玄関に置き去りにして、二人はリビングへと入っていく。
ママ猿が「ケンちゃん、すっごく大きくなったけど、顔は幼稚園の頃と変わんないわ。
特に、その眉毛。尻尾がくるんってなってるのよねえ~」
やっと靴を脱いでリビングに入ったオレを見て太郎が
「まちゆいは、オレのこと、全然気づいてないんですよ、幼稚園が一緒だったってこと。」
いや、だから、意味が分かりませんってば。
お前は太郎だろ。
ママ猿は、ケンちゃんだって言ってて、太郎は太郎で、昔ケンちゃんがママ猿を呼んでた時みたいに「まちゅママ」って呼んで・・・
っつーか、何で知ってんだよ、その呼び方。
つか、お前はだれなんだよ。
太郎が、いや、ケンちゃんが、いや、太郎が・・・と混乱してるオレにイスをすすめながら
「おれんち、母子家庭だって言ったろ?
幼稚園を卒園する時に、親が離婚したんだ。
そりゃもうどろっどろの離婚でさぁ。
母親が、オレの名前の健太郎の健の字を見るのも嫌だって。
オレのオヤジが健作って名前で、そこから一文字とって健太郎だったんだけどさ。
で、名字を自分の旧姓に戻して、それでも怒り治まらずで、オレの名前の健の字を取っ払って改名したんだ。
で、実家の近くのアパートに引っ越して、今に至るってわけ。
オレはさ、すぐわかったよ。入学式の時に、まちゆいのこと。
でも、お前、少し雰囲気変わったよな、幼稚園の時とは。
幼稚園の時のおまえって、もう、ヒーローだったもんな。
みんなお前のことが大好きで。」
オレは、テーブルを叩いて立ち上がり、勢い余ってイスは後ろに倒れた。
「おもしろがってたのかよ。こいつ、にぶいなあ~いつ気づくのかなあって。
なんか地味になったなあ。オレがこいつを変えてやるとでも思ってたのかよ。」
太郎は太郎で「おもしろがってなんかいないよ!
自分がニブちんで気付かなかったくせに、何怒ってんだよっ。
怒りたいのはこっちだよ。
まちゅママ!知ってます?
こいつ、わざと勉強もしないし、オシャレもしないし、目立たないように目立たないようにしてるんですよ。
やれば、何でもオレより出来るくせに、人生なめちゃってますよ。
好きでもない女の子と付き合って、でも、そんなこと女の子にはバレバレだから女の子もかわいそうですよ。」
何言ってんだ、こいつ。オレはもう、なんだかわからんがめちゃくちゃ腹が立って、
わぁわぁ好きなだけわめいてから自分の部屋へこもった。
だいぶ経ってから、玄関で太郎がママ猿に挨拶して帰っていくのが聞こえた。



街結君と太郎君①
街結君と太郎君②
街結君と太郎君③
街結君と太郎君④
街結君と太郎君⑤
コメント (2)
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