アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

光はあるのか在宅介護

2010年01月23日 | Weblog
 大学病院で診察を待っていました。向かいのソファーに、80歳ぐらいの老女と、50歳半ばと見られる女性が座っていました。二人は母と娘。娘が、母親を受診に連れてきたのでした。娘さんには、疲労の色が濃かった。
 母親は大声で娘に問いかけた。「あれ!父さん…どうした?」
 娘は聞こえないふり。
 母親は、さらに大声で、「父さんは、どうした?」
 放っておくと、いつまでも繰り返す。娘はあたりを見回して、自分たちを注目している人がいないかチェック。内科外来は、12の診察室が並んでおり、それぞれの前に、10~20人の患者が診察を待っている。つまり、およそ200人が待っていた。この2人の会話には、200人全員が聞き耳を立てていた。もちろん私は、メモを用意して聴いていたのだが…。盗み聴きではありません。聞こえるんだからしょうがない。メモしながら聴くのは、クセだからこれもしょうがない。

 娘は声を抑えて、「ディサービス」と、言った。
 2人の会話は断続的に続いた。
 認知症になり、その上耳が遠い母親は、一緒にいない父親のことが気になるらしく、しつこく父親の所在を追及した。耳が遠い人は、話し声が大声になるのです。自分の声が、自分に聞こえる音量で話すから。

 しつこく大声を出す母親に、娘がキレた。
 「父さんはホームに入れたでしょう!」トタンを爪で引っ掻くような声だった。もう、恥も外聞もない。聴衆が、200人でも2,000人でも怖いものなし。お父さんがいない理由は、デイサービスへ行ったからではなかった…。
 娘は父親を、ホーム(どんなホームなのかは不明)へ入れたことに、後ろめたさがあるらしい。キレル前は、見栄をはってデイサービスへ行ったと言ったのだろう。

 母親:「(詰問調で)どうして(ホームへ)入れたのさ?」
 娘:「歩けなくなったでしょ!」
 母親:「車椅子あったべさ」…認知症の母親ではあるが、こういうときにはしっかりつながっている。長年連れ添ったお父さん(夫)が、急にいなくなり寂しくてしょうがないのであろう。
 娘:「(車椅子を)誰が押すの…。2人の世話を私一人でやってきたんだよ!限界になったから、ホームへ入れたでしょ。ホームへ入れるまでに、何か月待ったの!夜、満足に寝たことなんて何年もなかったっしょ。私、もう疲れた…」
 待合室がシーンと静まりかえった・・・。医大付属病院の待合室にいるということは、皆さん重い病気をかかえておられる。それだけに、この母娘の会話が痛いほどよく分かる。できるだけ、人に迷惑をかけずに死にたい。

 母親は、しばらくすると、また同じ話を持ちだす。
 「どうして(ホームへ)入れたのさ?」

 ドクターのアナウンスで、私の名前が呼ばれた。私は、母と娘の話で金縛りになっておりましたので、すぐには動き出せませんでした。認知症になる前に死にたいが…人は、生きるのも大変ですが、良い形で死ぬのも大変なのです。