アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

落書きは 建造物損壊罪(最高裁) でもなぜ悪いの?

2008年07月03日 | Weblog
  落書きは 建造物損壊罪 でもなぜ悪いの?

 何かあると、累犯とか模倣犯が現れる。フィレンツェの落書きが話題になったら、新幹線車体への落書き、ガードレールへの落書き・・・まだしばらく続きますよこれ。
 日本の最高裁は、過去の裁判で「建物の外観や美観を著しく汚損し、原状回復に困難を生じさせたのは、損壊に当たる」とし、建物への落書きに建造物損壊罪を成立させました。落書きで最高裁まで争ったという事例も凄いのですが・・・もともと、落書きについては明確な司法判断がなく、拘留(30日未満)と科料(1万円未満)の罰則しかない軽犯罪法違反を適用するだけでしたけどね。最高裁まで行った落書きは、公衆トイレの外壁に、赤や黒のスプレーペイントで、「戦争反対」「反戦」などと書いた件でした。「戦争反対」も「反戦」も、良いことです。だけど、何でトイレの壁への落書きなんだ!いいこと言っても、主張する手段が大間違い。懲役1年2月、執行猶予3年は、妥当だと思います。ん?落書き自体より、書いた内容への判決の要素があるのかな?暴走族の、「夜露死苦(ヨロシク?)」「×××参上」などの落書きなら、これほど重くなかったかもね?
 今、日本の恥といわれている、世界遺産、イタリア・フィレンツェの大聖堂の落書き・・・ 
 <書いた人が特定された分>
1 岐阜市立女子短大学生
2 京都産業大学生
3 私立常磐大高校(水戸市)野球部監督
 いずれも、学校名、自分の名前を書いてきた。野球部監督は、自分と奥さんの名前を漢字で書き、ハートマークで囲んだそうだ。「落書きすると幸福になれると聞いたから…」とか。
 学校名や名前を書いたら、バレるの当たり前。つまり、罪の意識が低かったというより、皆無だったということでしょう。(だから良いということではありません。)

 還暦パパがイタリアへ行ったのは、もう30年も前ですが、名所旧跡は落書きだらけでしたよ。薄れた落書きの上にさらに落書き。落書きの厚塗りってとこで・・・。間違いなく今も30年前と同じだと思います。国中が世界遺産といったところですから、「落書き自体が壁」と化していると思います。

 世界遺産、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。特徴は、世界最大の石積みのドーム。ゴシック建築、初期のルネサンス建築の代表ですよ。最初の聖堂は、4~5世紀の建設。現在の大聖堂は、3代目で、13世紀の後半に140年以上の歳月をかけて建設されたとのこと。緑、白、ピンクの大理石を使っているあたり、イタリアらしいゴシック様式が強調されていると思いますが…ド素人の感想です。何しろこのド素人は、ゴシックとゴシップを間違えた人ですから…「噂様式の建築ってなに?」って。建築の専門家は別の見方があるかもしれません。

 歴史上の出来事は、なにしろ、4世紀からの聖堂、大聖堂ですから、史実なのか、創作なのか分からないけれども、際限なくあります。「神曲」のダンテもこの大聖堂で活躍していたことがあるようです(神曲の「地獄篇第十九歌」還暦パパは、そんな難しい本を読んだことはありませんが、モノの本では、子どもが洗礼を授ける大理石の水盤で溺れかけたところを、ダンテが斧で水盤を壊して助けた。その後、水盤を壊したことで非難されたとか…ダンテとしては、水盤と子どもとどっちが大切なんだと不本意だったのでしょう。あえて、地獄篇に書いたのですから。不満を著書で訴えるあたり、ダンテも普通の人間だったんだなあと…笑えますよね)

 予想通り、「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」の壁には、日本語の落書きの量をはるかに上回るイタリア語、英語、何語か分からない多様な言語の落書きがあると報道されています。そのためか、イタリアの世論は、「日本人の恥知らずめか!」などとは思っていないようです。 
 7月1日付の現地新聞(レプブリカという新聞)は、常磐大高校(水戸市)の野球部監督が解任された問題について、日本は、「休みの日でも、地球の反対側にいても落書きは許されない」と処分の厳しさを指摘、監督に同情的です。

 京都産業大学は、書いた本人と、傍観していた2人に謝罪文を書かせ、イタリア大使館を通じて大聖堂のあるカトリック教会に届けるという。これ、いいですねえ。「謝罪文!」このような事後措置、ともすれば日本から忘れ去られようとしている習慣です。大聖堂関係者もイタリア国民も、「元同盟国日本」をあらためて見直すと思います。落書きはまずかったけど、謝罪文で日本の良さを見せることが出来る。結果としてよかったよかった!(「結局良かったのか!」とツッコミを入れてください。)

 岐阜市立女子短大学もすでに謝罪していますが、大聖堂側は、「律儀な謝罪に感心した」と語っているそうです。また、「わざわざ消しに来なくても、自分たちで消すから」とも言ってきたそうです。しかし、数か月経った今も消した様子がないとか。まあ、その程度の扱い・・・気にしないところがいかにもイタリアらしい。これが、チリだったら逮捕でしたね。数年前、イースター島のモアイ像に名前を彫って逮捕された日本人観光客がいましたから。

 落書きはどうして悪いのでしょうか。還暦パパとしましては、この質問にも答えなければなりません。数年前、教育関係の大きな団体の大会で(その中のパネルデスカッションでのことだったと記憶しています。私は、考え方が違うので、その団体には入っていませんでした。)、子どもから、「なぜ人を殺してはいけないんですか?」という質問が出された。パネリストほか、参加者の誰もがその質問に答えられなかった。亡くなられましたが、元文化庁長官の河合隼雄さんは著書の中で、「(なぜ人を殺してはいけないか)それは、神様がダメダと言ったから」という完璧な回答を示しておられました。還暦パパとしましては、「リセット不能だから」と答えますね。落書きも、消したとしても、100%もとの状態にはなりません。リセット不能。だから悪いのです。

 落書きって、道路の水たまりに集まるタバコの吸い殻と似てませんか。

1 コメント

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すばらしい指南! (カー)
2008-07-04 14:58:39
「リセット不能だから」という回答、実に見事だと感じました。
自分も同様のことを聞かれたら、還暦パパさんの回答を参考にしようと思います。
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