発想を明るくする。若々しくする。心身溌剌になる。
生まれて来る発想はつねに若々しい。
老いてお爺さんしていても、それでも若々しい発想を誕生させることは可能だ。
わたしの若々しい発想誕生は、6月1日の澄み切った大空との、合作だ。
大空の明るさに合わせて、わたしの目を明るくする。こころを明るくする。
発想の卵から、海底の蛸の赤ちゃんのように、卵の巣の膜を蹴破って、初々しいわたしの赤ちゃんが次々に誕生してくる。
*
今日を、いい日にしよう。その発想を誕生させる。
発想を明るくする。若々しくする。心身溌剌になる。
生まれて来る発想はつねに若々しい。
老いてお爺さんしていても、それでも若々しい発想を誕生させることは可能だ。
わたしの若々しい発想誕生は、6月1日の澄み切った大空との、合作だ。
大空の明るさに合わせて、わたしの目を明るくする。こころを明るくする。
発想の卵から、海底の蛸の赤ちゃんのように、卵の巣の膜を蹴破って、初々しいわたしの赤ちゃんが次々に誕生してくる。
*
今日を、いい日にしよう。その発想を誕生させる。
いいこと尽(づ)くめの中に居る。ふかふかして来る。わたしの内なる宇宙が膨張する。ふかふかにしてふくらんで、広がる。広々と広がる。
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爽やかな6月の朝の、おいしい風の中に居る。いいこと尽くめの中に居る。
祝福の中に居るわたし、それを、瞑想する。万物の祝福の、ただ中に居られるわたしを、浮かび上がらせる。
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そう見ようとすれば、そうなっている。
それを確認して、嬉しがる。
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青く青く澄んだ6月の大空が、わたし宛に放っている大きな大きな祝福たち。それを此処から見ている。わたし宛だから、わたしが受け取るのが理にかなっている。
せっかく今日を生かされているんだものねえ。それを反故(ほご)にしてしまう手はないよね。
プラスをプラスに受け取ってしまう。
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プラスをプラスに受け取れると、有り難みが加わる。
天にも地にも有り難うを言いたくなる。風にも、有り難うを呟いていたくなる。
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わたしを元気にしようと企んでいるものたちが、見えて来る。企みが見えて来る。ここかしこに見えて来る。
茄子が茄子の畑にいて、紫の小さな花を着けている。透かし百合が庭にいて、全身1mをきりりとしている。
夜が明けた。昨日が今日になって、新しくスタートしている。わたしもわたしを新しくすることにする。
午前6時半、気温15℃。風はない。6月の庭の風景がどれもおだやかだ。
日が昇って来て、快晴を提示提供する。それに受けて、わたしもわたしを快晴にする。胸を大きく広げて深呼吸する。おいしい。
身心一如。身と心は一つである。一つになって動いている。別物ではない。調和を欲しがる。互いを尊重する。
身が病めば、身をおもんぱかって心が病む。引き摺られて、マイナス発想ばかりしてしまうようになる。身心の心中事件が起こる。
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身が、健康であれば、心が健康になる。しかりしかり、逆もしかり。心が、健康であれば、身が健康になれる。この手がある。
心の健康が身の健康をリードしてくれる。リードしてくれるようになる。身心を一如にする。
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なじり合い、誹り合いを止めて、互いを讃美し合うのである。互いを肯定して、尊重し合うのである。
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互いの健康を讃美し合うのである。これで身心はラブラブ関係になれる。
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大空の健康を目に見せてあげれば、心の目がうなづくことになる。6月の緑滴る山々の健康を、鼻に吸わせてあげれば、心の鼻がおいしいおいしいを叫ぶ。
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負の循環を止めて、肯定の循環にしてあげれば、身心は寄り添って来る。
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6月1日。土曜日。爽やかな朝が来ている。
爽やかな朝が来ているので、このお爺さんはそんなことを考えた。爽やかになれる考え方を構築してみた。構築は自由である。己が采配をしているだけだから。